第187話 独り言コーチング

「はいこれ、試合の映像」

「……撮ってたのか?」

「うん。お母さんが試合見に来てくれててさ。それで撮っててくれたんだ。多分柊喜に見せるためだと思うし、あげる」

「ありがとう」

「いえいえ~。私が大活躍した一試合目がおすすめっ!」

「ちゃんとじっくり見るよ」

「……そう言われるとちょっと緊張しちゃうな」


 俺にとって休み明けの月曜。

 クラスに試合のディスクを持ってきてくれたあきらに俺は深々と頭を下げた。

 そしてチラッと隣の空いた席を見る。


「姫希は……疲れたから月曜休むって言ってた」

「はぁ、自由だな」

「あはは。実際今日はすずも家で寝てると思うし、真面目に学校に来てるのは一年だと私だけかな。先輩はちゃんと来てると思う」

「あの人たちももう受験生になるからな」

「そうだね」


 まぁ、休むことに文句はない。

 試合後ってのはあり得ない程体がだるくなるもんだ。

 それも三試合してるわけだしな。

 俺も中学の時は試合の翌日とか、平気で休んでいた。

 そもそも学校に来ても眠気や筋肉痛等で勉強にならないし。


 それに対して……俺は幼馴染の顔を見る。

 いつも通りだ。

 目が合うとニコッと笑いかけてくる。

 その笑顔が可愛くてつい目を背けてしまった。


「お前は休まなくて良かったのか?」

「元気になった柊喜と一日でも早く会いたかったんだもん」

「あぁ、そう」


 ちなみにあきらとの会話は周囲に聞かれているが、特に誰も首を突っ込んでは来ない。

 俺とあきらが幼馴染なのは結構な奴が知っているからな。

 俺はともかく、あきらには友達が多いから。

 きょとんとした顔でこちらを見つめている女子が一名視界の端にいるが、それも別にいいだろう。

 そいつは今日も手に本を持っている。


「柊喜、元気だね」

「お陰様でな。マジでありがとう。元気出たよ」

「みんなにお礼言わなきゃね」

「本当にその通りだ」


 別にあきらだけではない。

 すずも唯葉先輩も凛子先輩も、そして朝野先輩も。

 あと、今回一番感謝すべきは姫希かもしれない。

 あいつが保健室に行けと言ってくれたからインフルエンザが発覚したのだ。

 あのまま俺がやせ我慢して部活に行っていたら、全員に感染していたかもしれない。

 特にこいつらは何かと距離が近いしな。

 今だってあきらは隣の姫希の椅子を奪って俺の至近距離に座り直している。


「そういえば柊喜、今日はご飯持ってきた?」

「いや……パンでも買おうかと」

「病み上がりなんだからちゃんとしたもの食べてよ。って事でこれ」

「え」

「あはは。抜け駆けだねっ。でも今日は体調もあるし例外。それに学校に来ない子が悪いんだもん」


 あきらは俺に弁当を置いてそのまま去って行った。

 折り込んで短くなったスカートから、健康的な太ももが見える。

 男子がそれを目で追っているのが分かった。


「……恋はバトロワだな」


 よくわからないことを呟きながら、俺は頬を掻いた。



 ◇



 今日は試合翌日という事もあり、部活自体を休みにしていた。

 そのため、俺はすぐに帰宅してあきらから貰った試合のディスクをすぐに見た。

 入っているのは三試合。

 初日の二試合と、その翌日の準々決勝だ。


 ちなみに準々決勝は負けている。

 相手は秋の新人戦の準優勝のチームだったため、まぁ順当に敗北してしまった。

 だがその結果は悪くない。

 点差も41対87だったらしく、ほぼダブルスコア。

 新人戦の時にそのチームより弱いチームに十倍の差をつけられて負けていたわけだし、成長は感じる。


 というより、出来過ぎだ。

 俺は少し寂しい気持ちになっている。

 俺なんかいらないじゃんという、ちょっとした疎外感だ。

 コーチがいなくてもこれだけ結果が出せるなら本当に不要な存在である。


 そんな事を考えて青くなりつつ、俺は試合をつけた。

 そして、じっと見る。


「そこは左サイドを見なきゃな。あきらだけ探しててもダメだぞ姫希」


「すず、リバウンドに行くのは良いが、そのせいでディフェンスに戻るのが遅れてる。この辺の判断は教えなきゃな」


「唯葉ちゃんはサボるのが下手だな。余計なところで体力を使ってる」


「凛子先輩、相変わらずパスが悪いな。頭が良いから出すタイミングとコースは良いのに、シンプルにボールを投げるのが下手だ」


「今度はシュートしか考えてないな。もっとドリブルとかパスも見せなきゃ動きを読まれるぞあきら」


 色んな場面で俺は独り言を言いながらメモを取っていく。

 気になるシーンは何回も巻き戻して見た。

 そして対策練習を考え、再びペンを取り、そしてまた試合を見て。


 気付けば午後十一時を過ぎていた。

 帰宅してから七時間くらい試合を見ていたらしい。


「ふぅ」


 俺は一息つき、そのまま震えが止まらない自分の体を抑えた。


「これ、いけるぞ」


 試合を見るまではアレだったが、見てから俺は確信した。

 いける。

 もうこのチームは、県内トップレベルの力がある。

 今回の試合だって俺がベンチに座っていたら、いくらでも言えることがあった。

 あまり外野から好き勝手言うのは好きではないが、もしかすると俺がいれば準々決勝だって勝てたかもしれない。


 そりゃ細かいところで見ればまだまだだ。

 基礎的なパスやドリブル、シュートのスキルは唯葉先輩以外相変わらず論外。

 流石にレイアップくらいは決めてくれるようになってきたが、それでもフリーで七割ってところだ。

 県優勝なんて笑わせんなと言われかねない。

 だけど、それだけじゃない。

 基本的にうちは全員が何かしら特化しているし、それにもう一つ圧倒的な強みがある。

 それは何度も言っている仲の良さだ。


 試合の映像内で、何回もみんなに語りかける唯葉先輩の姿が見えた。

 うちには頼れるキャプテンがいて、その元で団結できるのだ。

 これ以上の強みはない。


 だからこそ、申し訳なさもある。

 俺のせいでこんな結果で終わらせてしまった。


「明日から、楽しみだな」


 だけど、ずっと申し訳なさそうにするのも良くない。

 面倒くさいだろうしな。

 人としてどうなのかとは若干思うが、俺は堂々と明日からもコーチングをする。

 そして、次こそもっと高みを目指すのだ。

 優勝はそう遠くないと、俺は思ったから。


「とりあえずご飯作るか」


 まずは俺の生活からどうにかしないとな。

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