第175話 交換会

「って違う。今日は他にやりたいことがあるんだよ!」

「あぁ……」


 ドラマを見ていたはずなのに急に立ち上がって言ったあきら。

 それを受けて全員が各々の動きを止めた。


「じゃあ、始める?」

「あんまり遅くなっても仕方ないしね」


 なにやら話し始めた女子達に俺は苦笑を漏らす。

 何をしたいのかは家に招き入れた時点で気づいていたからな。

 だって、全員なんか持ってるんだもの。


「プレゼント交換しよっ」


 クリスマスパーティの王道とも言える提案に、俺と唯葉先輩はキッチンから離れてみんなの方に近づく。

 そう、プレゼントを用意しているのがバレバレだったからな。


 そもそも俺とあきらは毎年プレゼント交換をしている。

 割と小さい頃からクリスマス行事みたいな、そういう類の親の愛情を受けたことがなかったし、ずっと沢見家でパーティ的なものを行っていたのだ。


 ちなみにサンタさんからプレゼントをもらったことはない。

 これは俺が良い子じゃなかったからだろう。

 親がいないから、などという理由ではないはずだ。きっと。

 だってサンタさんはサンタさんだもんな。うん。


「と言っても、私達は柊喜にしかプレゼント用意してないけど」

「は?」

「日頃のお礼って奴だよ。ねっ?」

「そうそう。今考えると僕らってすごく色んなものを柊喜君から貰ってるのに、あんまり還元できてなかったからさ」

「そんな……っていうかそれじゃあ交換会とは言わないだろ」

「まぁまぁ」


 ありがたい話だが、恐縮である。

 俺はみんなにそんなに何かをあげられたとは思えないし。

 逆に部内をかなりかき回した事もあった。


 しかし、遠慮する俺はあきらに強引にソファの中央に座らされた。

 どうやら強行する気らしい。


 初めに俺の前にやってきたのはあきらだった。


「はいこれっ」

「随分とデカいプレゼントだな」

「開けてみて」

「……おぉ、コートか!」

「どう? 柊喜こういうの似合うと思ってさ。この前お母さんと探したんだよ~」


 渡された紙袋に入っていたのはコートだった。

 それも結構高そうな奴。

 流石長年一緒に居た幼馴染という事で、デザインは完全に俺好み。

 自分でも買いそうな、でもちょっと似合うか勇気が出なくて手が出せないような、絶妙な感じだ。

 マジで嬉しい。


「いいのか? こんなにいい物」

「うんっ。あ、ちゃんと着てね?」

「勿論。本当にありがとう」


 高校生の財布からは出ないプレゼントだが、恐らくおばさんが結構出してくれたのだろう。

 今度お礼に何か持っていかなきゃな。


「あきら、ガチじゃん」

「そりゃ好き人に贈るものだもん」

「……」


 珍しく目を丸くしているすず。

 そんなに本気でプレゼント選びをしてくるとは思わなかったという顔だ。

 まぁ、普通はそうだよな。


「次はあたしから。あきらみたいに高くないし、消耗品だけどこれあげるわ」

「おっ! アイマスクか。いいね」

「毎日疲れてそうだから、これつけて休みなさい」

「助かる」

「……なんか悪かったわね」


 姫希はきまり悪そうな顔でそう呟いた。

 流石にガチ梱包されたコートの後で普通にアイマスクを渡すのは、渡す方も微妙な気分だろう。

 これも意外に高いし、ありがたいんだけどな。


「めちゃくちゃ嬉しいよ。家で寝れなくて授業中寝てる日もあるし」


 姫希は授業中の俺も見ているから、そういう配慮もあるのだろう。

 とかなんとか考えると、姫希なりに色々考えてくれたことが伝わる。

 じんわり、心温まるいいプレゼントだ。


「これつける時、毎回姫希の顔を思い出してお礼言うよ」

「それはやめて。なんかちょっと嫌」

「なんだよそれ。まぁ、ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」

「うん」


 正直な話、あきらとは毎年の積み重ねがあったからまだしも、全員からお高い衣類を渡されるのは俺としても気が引ける。


 と、その次に来たのはすずだ。

 その手には紙袋が握られている。


「これ、食べて」

「お菓子か?」

「ん。クッキー焼いてきた。色んな味がある」

「おぉ!」


 そうだ。

 忘れてはいけないが、すずは料理が上手なんだった。

 普段の言動からは想像できないが、意外と家庭的なのがこの黒森鈴という女の子である。

 彼女は顔を赤らめながら続けた。


「あの……結構大変な思いして作ったから味わって」

「大変な思い?」

「ん。すずの愛情込めようと思って裸エプロンで焼いた」

「……」


 いらない情報が聞こえて俺は言葉を失う。

 いや、聞いた俺が悪かったのか。


「弟に怒られて大変だった」

「当たり前よ! ってかあんた、変なもの入れてないでしょうね?」

「勿論」


 姫希とすずのやり取りを薄っすら聞きながら、俺は渡された袋に目を落とす。

 これ、裸エプロンで焼いたの?

 嘘だろこいつ。

 そもそも今は十二月末の極寒だぞ。

 正気の沙汰とは思えない。

 それに、裸エプロンって……。


 と、そんな事を考えていると。


「しゅうき、今すずの裸エプロン想像した?」

「え、いや」

「心配しなくても嘘だから。たまには揶揄ってみたかっただけ。ちゃんと下以外は着てた。えへへ」

「下も履け。風邪引くぞ」


 滅茶苦茶だ。

 ツッコむ気にもならない。

 ただ、本人が楽しそうに目を細めて笑っているのを見ると、なんだかこっちも笑みが零れてくる。


 そしてすずの次にやってきたのは凛子先輩だった。


「はい、僕からは手袋」

「ありがとうございます!」

「ごめん。何あげたら喜ぶかわかんなくて、面白みのない物しか渡せなかったよ」

「いや、そんなことないです。明日から使います」

「あはは、ありがと」


 そう、これだ。

 高校生同士が渡すクリスマスプレゼントって、こういうのだろ。

 別に全員のプレゼントに文句をつける気なんてないし、どれも気持ちが伝わって嬉しかった。

 だけど、少々色が濃すぎた。


「ちなみに凛子、これ選ぶのに数日前から自分のお兄さんに逐一相談してたんですよ」

「あ、ちょっと唯葉、そういう事言わないよ?」

「だって、毎日あれじゃないこれじゃないって教室で頭抱えてるとこ、可愛かったんですもん」

「はぁ、クールに渡そうと思ったのに~」


 裏話を聞くと嬉しさが倍増だな。


 さて、そんなこんなで四人からプレゼントを頂いた。

 凍えるような季節だが、胸はぽかぽかだ。

 こんなにあったかいクリスマスは初めてである。


 最後に唯葉先輩がラッピングされた袋を持ってやってきた。


「わたしからはこれです」

「……あ、筆箱」

「えへへ。お気に召すかわかりませんが、良かったら使ってくださいね。あと一本シャーペンも」


 俺が今使っている筆箱はボロボロだった。

 そしてシャーペンも壊れていた。


「ほら、前に気付いてましたから」

「一緒に勉強した時ですね」

「そうです! だからプレゼントはこれしかないと思って」

「大切にします」

「はい。わたしだと思って優しく使ってくださいね」

「……え?」


 よくわからない事を言われて俺は返答に困った。

 と、同じく違和感を覚えたらしい凛子先輩が後ろで口を挟む。


「なんかえっちだな唯葉」

「ハッ!? えっと、そういう意味ではありません! ぜんっぜん、テキトーに使ってくれて構いませんから!」

「はは、大事にしますよ。ありがとうございます!」


 もう何を言っても変な意味にしか聞こえない。

 この二人、いつもながら相性が良いな。

 どちらとも頼れる先輩だ。



 ◇



「みんな、本当にありがとう。全部めちゃくちゃ嬉しかった」


 プレゼントをみんなから貰って俺は改めて礼を言った。

 ちなみに朝野先輩からのもあって、それは唯葉先輩が預かってくれていた。

 中身はブラックサンダーの詰め合わせだった。

 バレンタインの義理チョコみたいだ。

 ありがたく食べさせてもらう。


「今日はすずのクッキーと朝野先輩のブランクサンダーを食べるし、唯葉先輩から貰った筆箱とシャーペンで課題やって、姫希のアイマスクを使って寝る。そして明日はあきらから貰ったコートを着て、凛子先輩から貰った手袋をつけて部活に行く」

「フル活用だね」

「勿論だ」


 だって本当に嬉しいんだから。


 と、ここで終わらせたらダメだよな。

 再びゆっくりドラマでも見ようというムーブに入り始めたみんなを、俺は咳払いで止める。


「プレゼント交換会だろ?」

「え?」

「俺からも一応用意してたんだ。って言っても、みんなみたいに手の凝ったもんでもないが」


 プレゼントを貰う予定はなかったが、俺から渡す予定はあったのだ。

 というわけで、別室からブツを持ってくる。


「これって……」

「全員で試合の時につけてくれ」

「リストバンドっ!」


 あきらの声に苦笑しながら、俺は頬を掻く。


 俺からのプレゼントは全員同じで、緑色のリストバンドだ。

 ちなみに色はうちの高校のユニフォームカラーに合わせた。

 みんなから貰った物と比べると色々見劣りするかもしれないが、一応これでも悩んで購入した物である。

 喜んでくれると嬉しい。


「……嬉しい」

「そっか」

「ん。一生大事にする。ずっとつける」

「試合の時だけで良いし、洗濯もしろよ?」

「……ん」


 すずは早速手首につけてくれた。

 そして全員満面の笑みでそれぞれ話してくれている。

 喜んでくれたみたいだ。


「夏の終わりから練習してきたが、結局俺達は五人しかいないし、その面で他のチームより不利なのは絶対に揺らがない。だけど、俺はこのチームが一番仲が良くて雰囲気も良くて、最高だと思ってるから」


 これからも楽な道ではないだろう。

 多分何回も負けるし、その度に泣くかもしれない。

 だけど、そこで折れたらダメだ。


「苦しくなったらこのバンドを見てくれ。そして思い出してほしい。俺達はみんな仲間だから。全部分け合って、それでやっぱり、最後は勝とう」


 どこのスポーツ漫画だよって感じの台詞に我ながら鳥肌が立ったが、思っていることは本心だ。


 とかなんとか、最後は若干しんみりしてしまったが、こんな感じでプレゼント交換は終わった。

 一応交換という体裁も保てたと思う。

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