第89話 どうしてくれるんだよ
凛子先輩の家にお邪魔させてもらうのは今日で二回目。
前回も部活終わりに二人きりだった。
「お邪魔します」
「うん」
前に来た時と同じく綺麗な家に、俺はあげてもらう。
だがしかし、靴を脱いで中へ入ろうとして、俺は躊躇した。
「すみません。多分今日の俺汚いですけど」
「あ、そっか。動いたもんね」
宮永先輩との一対一は試合時間として大した時間ではなかったが、それでも派手なプレーも見せたし、汗をそれなりにかいている。
特に足だ。
サポーターやら分厚い靴下やらを履き重ねていたため、においが気になる。
そんな俺に凛子先輩は苦笑した。
「気になるなら洗う? こっちおいで」
案内されるまま風呂場に連れられる俺。
「靴下脱いでそこに座って」
促された通りに座ると、凛子先輩がシャワーの温度を調整し始めた。
「ちょっと待ってください、凛子先輩が洗うんですか?」
「嫌だった?」
「……そういうわけでは」
じわっと足にお湯をかけられ、変な気分になる。
そっと俺の足に触れる凛子先輩の手。
……俺は何をさせているんだろうか。
「足おっきいね」
「身長がデカいので」
「そっかそっか。柊喜君って可愛いからたまに背が高いの忘れちゃうんだよね」
この人は出会った時からずっと可愛いって言ってくるよな。
俺のどこに可愛げがあるのだろうか。
宮永先輩の例でも分かる通り、基本的に俺は先輩に嫌われながら生きてきた。
だからこうして可愛がってもらうのは新鮮である。
泡を立てながら俺の足を洗う凛子先輩は言った。
「本当にありがとう。顔に出さないようにしてたけど、正直困ってたんだよね」
「男子にあんな絡まれ方したらみんな嫌ですよ」
「そうだよね。あはは」
いじりやノリも、行き過ぎると迷惑この上ない。
何事も加減を見極める必要があるのだ。
「ってか臭くないですか? マジで自分でやりますから……」
「いいんだよ。それよりも、足痛くない?」
「いえ……っ」
「痛がってるじゃん」
右足首をちょっと捻られ、変な声が出た。
心配そうに見つめられたので正直に答える。
「多分ブロックした時とダンクした時の着地ですね。あとはステップバックした時の緩急に自分の足が耐えられなかったというか。スキルは落ちませんが、身体能力はだいぶ劣化してたみたいです」
「……ごめん」
「なんで謝るんですか」
凛子先輩は何も悪くない。
全ては俺が勝手にやったことだ。
痛みに繋がるようなプレーをしなくとも、あの人程度になら勝てた。
それを強行したのは、単純にカッコつけである。
自業自得なのだ。
「そんなことより、喜びましょう。これでもうあの人たちに絡まれることはありませんから。下手なことしようもんなら、今日のギャラリーが止めてくれます」
「……」
「あの人も不用意ですよね。自分から証人を集めるなんて」
「そうだね」
足を洗い終えて、俺達はリビングに行く。
と、凛子先輩が冷蔵庫から袋を持ってきた。
中には俺の好きなお菓子やジュースが入っている。
「これは……?」
「お礼だよ。どうせ勝つだろうから用意してたんだ。あ、好みはあきらに聞いたからあってると思うけど」
「なるほど」
道理で俺の好物が揃っているわけだ。
「ごめんね、気の利いたプレゼントとか思いつかなくってさ」
「いやいや、そんな気を遣わないでくださいよ! これもめちゃくちゃ嬉しいですから。そもそもこんなお礼をしてもらうようなことはしてませんし」
何度も言っているが、当然のことをしたまでだ。
恐縮して何度も頭を下げる俺。
そんな俺をじっと凛子先輩は見つめる。
「え?」
「……この前、僕は言ったでしょ? 君が特別だって」
「はい」
合宿二日目の事だ。
二人きりで学校から帰っていた時、突然言われて焦った。
「僕ね、色んな女の子とキスしたって言ったじゃん?」
「そうですね」
「でも、実は男の子とキスしたことってないんだよ」
「はぁ……?」
キス魔はキス魔でも、対象は女子に限るって事か。
でも俺、入部初日にキスしていい?って聞かれたよな。
え、なんで?
確かめるように目の前の先輩の顔を見て、絶句した。
察した。
初めて見る赤い顔の先輩に、この後何を言われるか予想できてしまった。
「実は柊喜君が初めてだったんだ、その……男の子でキスしたいなって思った人」
「……そう、ですか」
「初対面なのに、おかしいよね。あの日帰ってから、自分の言動を思い返して驚いたんだ。なんでそんなこと思っちゃったんだろうって」
「……」
「で、気付いたの。多分これが一目惚れだって」
「……は?」
一目惚れっていうのはあれか?
美人とかを一目見て、一瞬で恋に落ちるあれか?
でも俺、全然イケメンじゃないんですけど。
困惑する俺に先輩は苦笑する。
「まぁちょっと違ってさ。多分柊喜君の事を本当に子どもみたいに思っちゃったんだよね」
「かなり子ども扱いされましたからね」
「そうそう。でも、だんだん柊喜君が頑張り屋さんで、僕達に真摯に向き合ってくれる人だって知ってさ、イメージが変わっていった」
「……」
「今日、カッコよかったよ。ありがとう。部活で大して活躍もしない僕なんかのために体を張って守ってくれて」
「関係ないっすよ。大事な仲間です」
「ふふ、活躍しないってところを否定しないのが柊喜君らしい」
凛子先輩は楽しそうに口を押えて笑った。
そんな仕草に、何故か目が吸い付く。
美人なのはいつも通りだが、今までのいつにも増して綺麗に見えた。
「好きだよ」
不意打ちだった。
一瞬意味が理解できなかった。
頭が追い付いたのは、視界に捉えた凛子先輩の真っ赤な顔を見てからだ。
若干涙目で、目を逸らしながら、頻りに手で風を送っている。
「うわ、言っちゃった」
「……え?」
「聞こえなかった?」
「……いえ」
伝えられた言葉の意味を理解したからこそ、自分の口が上手く動かなかった。
緊張しまくって、短い言葉しか出てこない。
そしてとんでもなく顔が熱い。
と、凛子先輩は恥ずかしそうにはにかみながら続けた。
「柊喜君の事、嘘じゃなくて本当に好きになっちゃったんだよ。本当にもう……どうしてくれるんだよ」
俺は今、告白をされた。
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