第84話 アリウープ

 その日の部活、珍しく早い時間から練習を開始していた凛子先輩とレイアップの練習をしながら会話する。


「明日らしいね、例の勝負」

「思ったより早かったです」

「宮永君自信満々だったよ。クラスでも盛り上がってたし」

「……えぇ?」


 いつからそんな大事になったんだ。

 あのグループと俺達女子バスケ部だけの問題だと思っていたのだが、知らないところで話が大きくなっていたらしい。


「なんでもいっぱい練習したらしい。男子バスケ部に入り浸って勘を取り戻したとか」


 正直、俺とあの人の差はたかが数日の練習で埋まるほどのモノではない。

 俺が言うのもなんだか微妙ではあるが、数年は練習しないと互角にはならないと思う。

 一応俺は小学校低学年の頃から六年近くやっていた積み重ねがあるわけで、中学の三年間しかプレイしていないあの先輩とは練習量が違うのだ。


「というか、私語してないで練習しますよ。はい」


 促してシュートを打たせる。

 と、いつもは手を出して邪魔する程度にとどめていたが、なんとなくブロックしてみた。


 体育館入り口まで飛んでいくボールを眺める凛子先輩。


「それ、明日もやるの?」

「勿論。負けたら失うものがありますから、俺も本気で臨みます」

「こんなブロックされたら心折れるよ」


 勝負に勝つには相手の心を折るのが手っ取り早い。

 圧倒的な実力差を見せつければ、向こうから戦意喪失してくれるからな。


 とかなんとか考えていると、転がっていったボールを姫希が拾う。


「相変わらず大人げないディフェンスね」

「明日の相手は近い体格の先輩だ。胸を借りるつもりで頑張るよ」

「……嫌味にしか聞こえないわ。あーぁ、あの宮永とかいう先輩かわいそー」


 つまらなさそうにボールを投げ渡してくる姫希。

 勝負を仕掛けてきたのは向こうなのに、何故俺がこんなに言われなくちゃならないんだ。

 腹が立つのでこいつの今日のランメニューは倍にしておこう。


「でもちょっと楽しみよ。君が本気でバスケやってるところ見たことないもの」

「体育の授業もサボってたからな」

「ねぇ、ダンクとかできたりするのかしら!?」


 若干目を輝かせながら聞いてくる姫希に俺は苦笑した。


「できるにはできるけど、条件があってさ。ドリブルしながらだと多分無理なんだよな」

「アリウープならいけるってこと?」

「そんな大技はちょっとキツいけど、押し込むくらいならな。試してみるか?」


 俺は控えめに頷いた姫希にボールを渡した。

 好奇心を抑えられないって感じだな。

 まぁわからなくもない。

 日本人高校生でダンクなんて、そう簡単にお目にかかることができる芸当じゃないからな。


「え、えっと?」

「お前が良い感じの場所にボールを放ってくれ。それを俺がねじ込むから。これもパスの練習だ」

「……わ、わかったわ」


 緊張の面持ちでボールを持つ姫希。

 そしてニヤニヤしながら俺達から距離を取る凛子先輩。

 ちなみに他の部員はまだ着替え途中である。


 俺は助走をつけてジャンプする。

 若干欲しい場所には届かない微妙な位置にパスが飛んできたが、ご愛敬。

 ややきつい体勢でボールを受け取り、それをそのままリングに押し込んだ。


 怪我しないようにそっと着地すると、すぐに後ろから声が漏れた。


「本当にできたわ……!」

「パスの位置は悪かったけどな。俺の身体能力に感謝しろ」

「むかつくわね。台無しじゃない。……せっかく結構良い感じに出せたと思ったのに」


 なんて言いつつ、興奮が抑えられないのか口角が上がっているのが面白い。


「柊喜君って本当に凄い子だったんだね。部活初日にボクって呼んでごめんね」

「そういえばそんな事もありましたね」


 懐かしい話だ。

 あの頃はみんなやる気も感じなかったし、下手くそだったし、態度も悪かった。

 それに比べて今は……!


 一番闇を抱えていた姫希は、こんなに目を輝かせてバスケに夢中になって。

 テキトーな練習ばかりしていた凛子先輩も、誰よりも早くコートに立つようになって。

 あ、ヤバい。ちょっと嬉しい。


「明日は良いところ見せますから」

「そのダンク決めなさいよ。あのキモい先輩出し抜けるわよ」

「いや、だから言っただろ。俺はドリブルしながらじゃ……」


 言いながら思った。

 ドリブルしながらのダンクが無理ってだけで、アリウープみたいに押し込むだけならいけるんだよな。

 という事は、試合中に自分でそういうシチュエーションに持っていけば……。


「なぁ、こういうのはどうだろう? ——」

「……ふふ、柊喜君は悪いこと考えるねえ」

「超面白そうじゃない! 凛子先輩、これあきら達にも黙っておきましょう!」

「そうだね。みんな驚いて倒れちゃうよ」

「成功確率はそう高くないと思いますけどね」


 俺達は三人でこそこそ意地悪い笑みを浮かべながら話した。

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