第77話 タイマン勝負

 校舎を出て駐輪場へ向かうと、まだ二人はその場にいた。

 余裕そうな笑みを浮かべる宮永先輩に、本当に足を震わせて対面していた未来。

 一体どうなっているのやら。


 俺と凛子先輩の姿に気付いた二人は、互いに驚いたような顔を浮かべた。


「しゅー君……」

「お前はいつまでその呼び方をするんだ」


 じっと目を見て問うと、向こうから目を逸らされた。


 と、そんな俺達に宮永先輩は聞いてくる。


「どうしたんお前ら。まだ練習してたっけ?」

「凛子先輩の忘れ物を取りに来ただけです」

「なるほど」

「先輩はなんで学校に?」

「別に? ただ用事がキャンセルになって暇だから、フラフラで歩いてるだけ」


 そう言えば、先ほども予定があるかのように急いで帰っていたな。


「未来と何を話してたんすか?」

「元カノの会話を詮索するのは感心しねーなぁ」


 ニヤッと笑う宮永先輩を見て、今度は未来が口を結ぶ。

 うーん。

 こうなるとわざわざ追及するのも気が引けるな。

 それに、言いたがらないという事は俺に対して言いにくい内容であると考えられる。


 黙って考える俺の代わりに、凛子先輩が苦笑した。


「先輩が後輩女子いじめるのは感心しないよー?」

「逆だよ。俺がいじめられてんの」

「なるほど」

「ッ!?」


 すぐに頷いた俺に、未来が目を見開く。


 驚く意味が分からない。

 俺の中のお前の評価なんてそんなもんだ。


 しかし、宮永先輩はへらへらしながら続ける。


「千沙山にちょっかいかけるのはやめろってさ。今この子に怒られてたとこ」

「はぁ?」

「いやその……えっと」


 今度は俺が驚く番だった。

 てっきり俺を陥れる算段を立てていたのかと思っていたが、まさか俺を庇おうとしていたとは。

 しかも否定しないし。


「でも、それじゃつまんねーんだよ」


 俺と未来の奇妙な間を切り裂くように、宮永先輩は続ける。


「俺達は竹原と凛子が付き合うのを見たいんだよなぁ。だからさ、正直お前が邪魔なんだよ」

「はぁ……?」

「で、今さっき未来ちゃんと話してて思いついたんだけど、勝負しねーか?」

「勝負?」


 リアルでは聞きなれない単語に首を傾げた。

 やはり、この前、凛子先輩の家で危惧したような展開になるのか。

 先輩グループによるボコボコリンチタイム。

 一人で全員返り討ちにできるかは微妙なところだ。


 だがしかし、先輩の話は俺の予想を超えていた。

 もっと馬鹿らしかった。


「お前、バスケ部の植木と1on1やれよ。それで負けたら女バスコーチ引退、どう?」

「植木君は男バスのキャプテンだよ」

「あぁ」


 知らない名前に困惑していると凛子先輩が教えてくれた。


「仮にもコーチやるんだったら、せめてうちの高校で一番バスケ強くないと締まらねーじゃん?」

「それはそうですね」


 一理あると思った。

 俺にあるのは過去の栄光だけであり、現在の力量は不明。

 以前、唯葉先輩には言ったが、コーチをするんだったらそれ相応の実力は兼ね備えておきたい。


 コーチングスキルと実力に大きな関係があるのかは微妙だが、人を導くならそれなりの肩書が欲しいという俺のプライドだな。


「で、俺が勝ったら?」

「その時はもう凛子にもお前にも、当然女バスにもちょっかいかけねーよ」

「そうですか」


 まぁそれなら一応交換条件にはなっているか。

 手を引いてくれるなら願ったり叶ったりだ。


 と、そんな俺に凛子先輩が声を出す。


「え、ちょっと柊喜君、受ける気?」

「いややりませんよ、少なくともこの条件じゃ」

「条件って?」


 聞いてきた宮永先輩に、俺は答える。


「対戦相手が何の関係もない男バスキャプテンって意味わかんなくないっすか? 当事者は俺と宮永君達でしょ? だったら当人間で済ますのが常識だと思いますけど」

「……俺が相手になれって?」

「それが筋でしょう」

「ははっ、確かにな」


 先輩は据わった目で笑った。


「いいよ、そうしよう」

「じゃあ引き受けます。時間も場所もそっちで決めてくれて構いません」

「随分余裕だな」

「中学時代を知っているので」


 俺の言葉を聞いて、宮永先輩は何の言葉も返さずに背を向け、そのまま自転車に跨って帰って行った。

 話は終わりである。


「あ、えっと……私も」

「……あぁ。なんかその、ありがとな」

「……それじゃ」


 同じく帰って行く未来の背を眺める俺と凛子先輩。

 二人でしばらくその場に立ち尽くした。

 九月の夕方は未だ生温くて気持ちが悪い。

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