第71話 臭い臭い柊喜クン
俺は、ずっとから回っていたのかもしれない。
誰も望んでいないことを強要していたのかもしれない。
コーチをしてくれと言ったのはあきらだった。
その時のあいつはなんと言っていたか。
確か、教えられる人もいないし、モチベーションが低迷しているせいで人数すら集まらないとか言っていたような気がする。
バスケも上手くなりたいとは言っていたが、具体的な目標はなかった。
唯一聞いた言葉と言えば、キャプテンの口から出た『一回戦突破』だけ。
つまり、その程度である。
それなのに俺はどうした。
目標として『全国大会に出場するぞ』を掲げた。
ガチガチの部活を強要したのだ。
あいつらは本当に望んでいたか?
誰かそんな大きな夢を語っていたか?
本当は五人揃って試合に出て、楽しめればそれでよかったんじゃないのか?
バスケが好きって、ただそれだけの感情だったんじゃないか?
それを、俺は……。
そして思い出す俺が熱でダウンした日の事。
あきらは気付いていた。
全国大会が俺のリベンジであることを。
そう、目標はあくまで”俺”のリベンジだった。
エゴでしかない。
から回っている。
求められてもいないことを一生懸命やってるつもりになっていた。
わざわざ放課後の時間を潰してまで、姫希に強引にバスケを教えて。
あいつはそんな事を望んでいたのか?
もう何もわからない。
「入るわよ……。って、何してんのよ」
部活から帰ってきた後、二階の自室でぼーっと考えていた。
下のフロアでは女子がシャワーを浴びたりと、継続して合宿が行われている。
声が聞こえたので顔を上げると、姫希だった。
珍しく髪を下ろしている。
「うわ、ひっどい顔だし汗臭い部屋ね」
「……どうも」
「なんでそんな辛気臭いのよ」
臭い臭いうるさい奴だ。
しかし、何故か座り込んでいた俺の横にちょこんと座る姫希。
「……もしかしてさっきのウザい先輩の言葉に落ち込んでるのかしら?」
「落ち込むって言うか、事実だなぁと思って」
「はぁ?」
姫希の声音が急に鋭くなった。
何事かと横を向くと、睨まれている。
「なに君、もしかして今更、あたし達が望まない練習をしてるとでも思ってるのかしら?」
「……違うのか?」
「あったり前でしょ! 馬鹿なの君? そもそもやりたくない練習にくるような奴らだと思ってるの?」
最悪の言葉だが、納得できる部分はあった。
確かに嫌なら練習なんて来ないよな。
特にすずや凛子先輩なんて、初日の様子見で逃げ出しただろう。
「あたしは本気で勝ちたいわ。あのチームで、勿論柊喜クンとも一緒に」
物凄い衝撃だった。
グッと目の裏を押されるような、よくわからない感覚に襲われる。
意味が分からないが、涙が零れそうだった。
「な、なによ、人の顔をまじまじ見て」
「……ありがとう。そうだよな。勝ちてえよな」
「そりゃそうでしょ。あいつがおかしいのよ。部活やってて勝ちたくて頑張ってる人に冷めた目で何語ってるのかしらね。気持ち悪い。大っ嫌いよ」
「お前嫌いな奴多いよな」
「デリカシー無さ過ぎる奴が多いだけね」
「それは確かに」
姫希と話していると、いつの間にか心がスーッと軽くなった。
やはり俺は間違っていなかったのだ。
姫希はそのまま続ける。
「あたし、本当はバスケでちゃんと勝ちたかったの。だけど自分が下手だからって決めつけて心に偽ってた。捻くれて勝てるわけないなんて言ってた」
「そうだったな」
「だけど、君はそんなあたしに活躍の機会をくれたの。お前ならできる、お前が必要だって言ってくれたの。ほんとに、嬉しかったの……!」
姫希は大真面目に言葉を重ねた。
なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
「だから意味わかんない奴の言葉なんて無視しなさい。それに、あたしは君の指導方針に概ね賛成なの」
「本当か?」
「……ちょっと触られるとドキドキしちゃうだけよ」
「……気をつけます」
いつもみたいに嫌そうに顔を顰めるわけでもなく、ただ恥ずかし気に言われるとスムーズに謝罪が出た。
少し指導の際の距離感を考えた方が良いかもしれない。
と、そんな事を考える俺に姫希が咳払いをした。
「で、でも、わかってるの。指導にボディタッチは最低限必要だって。だからこれからも、よろしく」
「はは、どっちだよ」
「ふん。あたし、シャワー浴びてくるから。柊喜クンも後で浴びなさい。臭いわよ」
「はいはい」
部屋を出て行く姫希の後ろ姿を見ながらふと思った。
そう言えば、一緒に勝ちたいだなんて言われたの、初めてかもしれない。
小学校の頃からやっていたのに、不思議な話だ。
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