第33話 幻のストーカー
先輩の言葉を聞いて、俺は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
適当に苦笑しながら言う。
「何言ってるんすか? 嫌だなー」
「へらへら作り笑顔で誤魔化そうとしてる?」
「……そもそも誰にされてるって言うんですか」
「わざわざ言わなきゃわからない? 放課後によく姿を見かけたり、休日に反対の歩道を歩いていたりしたあの子だけど」
「……」
逃げ場を完全になくされて言葉を失う。
ここまで言われては犯人は一人しかいないからな。
っていうか、やはり一昨日に見た幻覚は現実だったのか。
恐らく青い顔をしているだろう俺に、城井先輩はふぅとため息を吐いた。
「日曜日、僕たちはスーパーに寄ったじゃん? 実はあれは柊喜君の元カノちゃんらしき子を見かけて気になってさ。彼女が店内に入るのが見えたから僕たちも追いかけたんだ」
「……」
「会うとやっぱりあの子でさ。『柊喜君の元カノの子だよね?』って話しかけたら、案外気さくに返してくれて。ちょっと話した感じは良い子だよね」
未来は人見知りしないし、誰とも笑顔で会話できる。
明るくて誰とでも仲良くなろうとするのだ。
そういうところに惹かれていた。
「彼女曰く、柊喜君を探して歩いてたんだって。どこかで会わないかなー、会いたいなーって」
「キモいっすね」
「その気持ちだけなら健気で可愛いんだけど、やり過ぎだよ」
異常だ。
付き合っているときはそんな事一度もしたことなかったのに。
何故別れた後にこんな奇行に走るようになったんだろう。
そもそもフッたのはあいつだし。
先週の部活待ち伏せと日曜の件だけなら、まだストーキングなんて……と笑って流せたかもしれない。
しかしながら、昨日の事もあるので流石に笑えない。
これはマジな奴だ。
「大丈夫?」
「……ばっちりおっけーです」
「そんなわけないでしょ」
普通に窘められた。
「あのね、とりあえず先生とか保護者にだけでも言った方が良いよ?」
「いやいや」
「もはや犯罪だから。絶対言わなきゃダメ」
「……言いたくないっす」
「なんで?」
真剣な顔で聞かれて、俺は頬を掻く。
「ちょっと刺激的なフラれ方をしたので、それもバレるのは恥ずかしいっていうか」
「……はぁ。困るのは柊喜君だよ?」
「そうですけど」
城井先輩が圧倒的に正しい。
いつもはふざけた事しか言わないが、今日に関しては全て正論だ。
だがしかし、事を大きくしたくない。
何故なら、保護者が出てこなければならなくなるから。
父親の手を煩わせるのはなんとしても避けたい。
さらに面倒な事態になるのが目に見えている。
と、そんな俺達の元に帰ってくる宇都宮先輩。
「どうしたんですか? 二人とも真面目な顔して」
「遅いよ唯葉! おなか壊してるの?」
「ち、違うよ。ただちょっとトイレが混んでて……」
どんな嘘だ。
先輩が入ってから誰も出てこなかったぞ。
そんな茶番はさて置き、ひとまず注文の品を受け取って落ち着く。
「なるほど、あの件ですか。わたしも異常だと思いますよ」
「……俺、愛されてますね」
「愛じゃありません! このままだと刺されますよ?」
「笑えない冗談はやめてくださいよ」
どうしてこんなことになったのか。
面倒な話だ。
「いずれどうにかしますよ。そもそも、他に男ができればすぐに俺への興味なんて無くしますって」
「心配ですよ、わたしたち千沙山くんよりお姉さんなので」
「ははは、冗談を」
「千沙山くん!?」
どうも宇都宮先輩が先輩だという事実を処理しきれない。
絶対嘘だと思っている。
いつか彼女の身分証明書等で本当の生年月日を暴いてやりたいところだ。
「そういう宇都宮先輩の恋愛はどうなんですか?」
「わ、わたしですか? わたしは、その、あの……」
「唯葉は男の子のマスコットだもんね。クラスでも『唯葉たん』って呼ばれてるし」
「ちょ、ちょっとやめてください! わたしの先輩としての威厳が」
そんなもん最初からないですけど。
と、笑いながら二人のやり取りを見つめる。
しかし、宇都宮先輩はパッと俺の方を見た。
「でもちょうどいい機会です。宇都宮って呼ばれるのはちょっと苦手なので下の名前で呼んでください」
「わかりました唯葉」
「せめて”ちゃん”くらいつけて!」
「唯葉ちゃん」
「あー、いいですね!」
名前を呼ばれてニコニコしながらハンバーガーを頬張る唯葉先輩。
口をつけた後にそれが城井先輩のモノだったと気づき、もごもごしながら焦っている。
可愛いな。
ちゃん付けすると余計に小学生にしか見えなくなった。
「僕の事は凛子って呼んでくれて構わないよ」
「わかりました城井先輩」
「……うっざ」
「はは」
まぁ呼び方なんかどうでもいい。
俺としてはバスケが上手くなってくれればそれでいいのだ。
唯葉先輩の口に着いたソースを指で拭って舐めとる凛子先輩を見ながらそんな事を考えた。
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