第51話 潜入、ゴブリン王国

『このフードとマントを使え。我の仲間ということになり、ゴブリン達から警戒されなくなろう』


 風水士はそう言って、人数分のマントをよこした。

 わいわい身に着ける。

 ゴワゴワしてるな。


『アーマーボアの毛皮をなめしたものだ。これだけで、人間が使う生半可な鎧よりも頑丈であり、さらに我の環境利用闘法を邪魔することがない』


「便利だなあ」


「ゴブリンなのに敵じゃないっていうのは不思議な気分だな! でも風水士だし、味方だな!」


 エリカが相手の属性で敵味方を分けている!


「拙者はそういう偏見は持ってないでござるよ! ほら、なんかゴブリンとかオークとかの異種族でもマシな人格のがいると信じてたでござるよ、これっくらい」


 指先でほんのちょっぴりくらいの量を示すホムラ。

 それって信じてないってコトでは?


「金は出るのか? 出るならやろう」


 アベル、ゴブリンにすら無心するのか。


『相変わらず面白い連中だなあ』


 風水士はしみじみと呟いた。


「というか風水士、話が早いんだけど。もしかして俺を知ってる系? カイナギオみたいな?」


『ああ、カイナギオは貴様の弟子だったな? まだ生きているのか。人間どもも案外平和なのだな。それで青魔道士。貴様の言っていることは正解だ。我は過去に貴様と会っている。幾つかの技は、貴様から教えられたものだ』


「なるほどー。じゃあ、過去に行ってお前さんに技を教えないといけないわけだな」


 ノルマが増えるぞ。 

 だがこれも、俺とエリカが出会う世界を作るためである。

 頑張ろう。


「それで風水士! どうするんだ? これを着るということはもしかして」


『うむ。ゴブリンの王国に潜入してもらう。行くぞ』


「話が早いなあ」


「金は出るのか、金は」


「さもしい男でござるなあ」


 俺たちはわいわいと、風水士の後を追うのだ。


 そして……。

 マントを身に着けていると、本当にゴブリンがこっちを気にしてこない。

 不思議不思議。


『においだ、におい。これで我らゴブリンは、目よりも明らかに相手を判断する。だが、それは特殊な衣類を身につけることで誤魔化せる。このマントは人間にとっては姿を消されたようなもの。容易には気付かぬ』


 ゴブリン王国は、なかなか賑わっていた。

 彼らの生活は、思ったよりも人間の暮らしに似ている。


 貨幣の代わりに、獣の牙が使われているな。

 たまに獣の牙を紐で繋いで首から下げているのがいたが、あれは首飾りじゃなくてお財布だったんだな……。

 今明らかになる、ゴブリンの文化!


「これちょうだい」


『ギギ?』


 ダイヤウルフの牙とかをミサイル用に回収してあったのだ。

 これを差し出すと、ゴブリンが『オー』と驚く。

 立派な牙だったらしい。


 ちょっと大きな肉の塊が買えた。


『何をやっているのだ。相変わらずとんでもない度胸だな。いきなりゴブリン相手に物を買うか?』


「まあいいじゃないか。これ生肉かと思ったら、焼かれてるんだな。ハーブで味ついてる。うまいうまい」


「ドルマ、私にもくれ!」


「拙者も拙者も!」


「なに、タダで分けるのか? 俺もくれるというならもらってやらんでもない」


 四人で肉をむしゃむしゃしながら、ゴブリン王国を練り歩く。

 この姿が愉快だったらしく、風水士は肩を震わせて笑っている。


『なるほど、人間としての規格から外れた変人ばかりだ。我の他に貴様らが選ばれたのは当然だったのだろうな』


「選ばれた?」


『運命の神的な、そういう概念にだ。過程は偶然だったのだろうが、結果は必然だった』


「このゴブリン、拙者たち全員より賢いんじゃないでござるか……?」


「賢いと思うなあ」


 ホムラの言葉に俺も同意した。

 風水士はこの言葉には、肩をすくめるだけだった。


 そして俺たちを案内するのだ。

 外では大戦争をしているというのに、ゴブリン王国内部は平和なものだった。


 市が開かれ、ゴブリンたちが買い物をしている。

 親子連れとか、恋人同士みたいなのとかが歩き回っているし、食べ歩きしてる連中もいる。


「ゴブリンって、人間とあまり変わらないんだな! もっとモンスターみたいなのかと思ってた」


『この王国には、周囲の人間どもを合わせたものよりも多いゴブリンが住んでいる。社会がなければ成立せぬだろう。外に出るゴブリンは、中でやっていけぬあぶれ者ばかりだ』


「だからモンスターっぽい感じだったんだな! こっちのゴブリンはちゃんと服着てるし」


『染めた毛皮や布は、ファッションというやつだ。本来、ゴブリンは布一枚以外身につけぬよ。だが、王国には余裕がある者も多い。そういう者たちはこうして、きらびやかな衣類を纏うのだ。そら、ついたぞ』


 風水士が立ち止まった。

 そこは、ゴブリンたちが特にたくさん集まった場所だ。

 ワイワイ、ゴブゴブとざわめいている。


 人混みの中央が開けており、道になっていた。


 そこを、武装したゴブリンたちが歩いていくではないか。

 モンスターの骨を加工した謎の武器。

 前線のゴブリンとは明らかに違う、作りのいい鎧。


 そんな連中が集団で歩いて行く。

 こいつらが戦場に出たら、義勇軍の一角なんか簡単に崩れるぞ。

 だが、なぜか前線には出ていないのだ。


『あの男は、復讐のために戦を起こした。人を滅ぼすつもりだぞ。つまり、人間かゴブリンが滅びるまではこの戦を止める気がない』


 風水士が視線で、そいつを指し示す。

 武装したゴブリンたちの中央を、ゆっくりと進む輿があった。

 その上に、極彩色の羽で飾られたゴブリンが座していた。


 でかい。

 並のゴブリンの倍くらいある。


『今代のゴブリンキング、ジャガラだ。あれはゴブリンと人間に災いをもたらす怪物だ。あれを殺すぞ』


 風水士の狙いがはっきりしたのである。

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