第14話 鉄と魔法の交差点

 ゲルハルトとジョセルは無言で付呪工房へ戻って来た。ちなみにリカルドは巻き込まれてはかなわぬと、既に逃亡済みである。


「なあ、ジョセルよ……」


「無理です」


 師の言葉を遮るように言った。


 ゲルハルトが何を望んでいるかはわかっている。刀をもう一本手に入れてくれ、ということだろう。


 前回妖刀を手に入れたのはあくまで偶然である。やや強引に取り上げはしたが、向こうから寄ってきたようなものだ。


 ジョセルに探索の才能があるわけではないし、本人もそれを自覚している。


「お師様は刀を一本所有していると言われましたが、それを使うわけにはいかないのですか?」


「別に出し惜しみをしている訳ではないが……」


 ゲルハルトは面倒臭そうに立ち上がり、コレクション棚から刀を取ってジョセルに渡した。


 拝見します、と口にしてからジョセルは刀を抜いた。


 片刃である。刃紋が浮いている。鍔があり柄がある。間違いなくこれは刀だが、全体的に安っぽい印象だ。あの妖刀に比べれば玩具としか思えない。


「行商から物珍しさで買っただけの駄作だ。こんなものを伯爵に献上するわけにはいくまい」


「それは、確かに……」


 ジョセルもゲルハルト程ではないが鑑定眼がある。これは鋳造ちゅうぞうの量産品に一応の焼き入れをしただけのものだ。刀の形をした鉄の棒でしかない。


「おお、そうだ。お主には妖刀を探し出してもらった礼をしていなかったな」


 急に優しげな声を出すゲルハルト。ジョセルとしては嫌な予感しかしなかった。


「偶然見つけただけであって、探し出したというほどでは……」


「ま、よいから受け取ってくれ」


 ゲルハルトはテーブルに金貨を並べ、ジョセルの眼は釘付けになった。金貨五枚、ジョセルの年収とほぼ同額である。


 その動揺をゲルハルトに見透かされてしまった。


「奥さん、二人目だってなあ?」


 言いながらゲルハルトは腹の前で弧を描いて見せた。


 高位騎士と言えども生活は苦しい。金はあったらあるだけ良いのだ。


 ジョセルが付呪術を学んでいるのも、息子に家督を譲った後でも何か仕事が出来ればと考えたからだ。


 もしも二人目も男の子だったらどうするのか、騎士団と呼ぶのも汚らわしい掃き溜めに押し込むのか。冗談ではない。


 出来れば他の騎士の家に婿養子として入れるか、あるいは新たに家を興させたい。彼は妻と息子を愛していた。新しく生まれる命にも、きっと同じように愛情を注ぐことだろう。


 目の前に並べられた金貨はジョセルにとって、未来への架け橋であった。


「刀か、あの刀を打った刀匠を探しだしてくれたら、さらに金貨五枚。刀匠と友好関係を結べたら金貨二十枚出そうじゃないか」


「にじぅまい……」


 声がかすれてしまった。それだけあれば、没落した男爵家である妻の実家にも仕送りしてやれる。


 家格の下がる家に嫁いだことで妻には苦労をかけてきた。愛する者に報いてやれるのならば、多少の無理難題が何だというのだ。


 ジョセルはしばし考えた後で言った。


「……詰め所に行って話を聞いてきます。捕らわれていた女、刀を放り投げた男を辿たどっていけば何か掴めるかもしれません」


 前回行った時は、なんだそりゃ、としか思わず深く追求はしなかった。それが今になって悔やまれる。あの鶏頭アホどもがまだ覚えていればいいのだが。


「確実に捕まえられるとは言えません。糸が途切れた場合、いかがなさいますか?」


「その時はいつもの鍛冶屋に刀を渡して、これと同じ物を作れと命じるしかなかろうよ」


「……出来ますか?」


「出来るわきゃねぇだろ。でもやるんだよ。刀身はピカピカに磨いて、鞘も柄もゴテゴテ装飾すればそれなりのものが出来上がるだろうよ」


 吐き捨てるように言ってからゲルハルトはすすで汚れた天井を見上げた。


「わしはあのお人好し伯爵どのが嫌いではない。出来れば、騙すような真似はしたくないものだな……」


 同感です、とジョセルは深く頷いた。




 騎士団の詰め所内はなんとなくふたつのグループが出来上がっていた。


 ルッツ作の短刀を持つ者と、持たない者だ。


 自然と持つ者だけで集まるようになり、他者に対して優越感を抱くようになっていた。騎士たる者、何を置いてもまず武具には金をかけねばならない、と。


 サブウェポンこそ立派だが、肝心の長剣が錆びたり欠けたりしているのであまり説得力はない。


 こうなると持たない者は居心地が悪くなり、特にクレームを付けた挙げ句に買いそびれた男など完全にただの馬鹿扱いであった。


「武器が立派でも腕が伴わなくてはなあ」


 苛立ち紛れに言うが、短刀組から返ってきたのは侮蔑の冷笑であった。


「おやおや、お口だけは達者なようだ。次の賊討伐は口だけでやったらどうだ?」


 短刀組が男を指差しゲラゲラと笑い出した。組織内での口喧嘩というのは正しいとか弁が立つとかではなく、人数によって押しきられるパターンが多い。


 男を擁護する者は誰も居なかった。武器自慢にも、それを見ていちいち苛立っている男にもうんざりしていたのだ。


「口だけかどうか試してみるか……?」


 男が剣の柄に手をかけた。それを見て短刀組の五人も一斉に立ち上がった。


「室内で長剣を振り回すつもりか、馬鹿が」


 五人が半円形に取り囲む。圧倒的に不利だが、ここで謝れるような男であればそもそもルッツにケチを付けたりはしない。思い切り暴れまわってやると余計な覚悟を決めていた。


 一触即発の空気が漂うなか、バンと大きな音を立ててドアが開かれた。ここにいる誰よりも不機嫌な顔をした男が立っていた。騎士たちにとって上官にあたる高位騎士、ジョセルであった。


「いいなお前ら、暇そうで」


 ジョセルが睨み付けると、今まで死ぬの殺すのと騒いでいた騎士たちが大人しくなった。


「今日はお前らに聞きたいことがあって……」


 そこまで言ってから、騎士の持つ短刀に気が付いた。鞘も柄もこの国の拵えではない。


「なんだその剣は、見せてみろ」


「あの、これはちゃんと金を出して買ったもので……」


「別に取り上げたりはせん、見るだけだ」


 渋々といった感じで差し出される短刀を奪い取り、白刃を抜いた。


 美しい刀身であった。あの妖刀のように心を乱して来るようなものではないが、同じ刀匠の作ではないかという疑問が沸いてきた。


 会心の作ではあるまい。だが、丁寧に作ってある。ジョセル個人としては妖刀よりもこちらの方が好みであった。


「これをどこで手に入れた?」


 短刀を返しながら聞くと、


「あの女が注文を取りに来まして。刀と同じ作者の物が欲しくはないか、と」


 何故そんなことを聞くのかと騎士は怪訝な顔をしていたが、ジョセルにとっては価千金の情報であった。


 これだ、この話が聞きたかった。


 刀匠は現代に生きている。そして恐らくツァンダー伯爵領内に住んでいる。刀匠と繋がりのある女商人がいる。


 刀を手に入れることが現実的になってきた。さらに、金貨二十枚が手の届く距離にあった。


 息子よ、まだ見ぬ我が子よ、パパは今日も頑張っているぞ。ジョセルは口元がにやけてしまうのを手で覆って隠した。


「それでしばらくして、商人の女が鍛冶屋らしき男を連れて短剣を納めに来まして……」


「うむ、いいぞ。それでふたりの名は何と言うのだ。何処に住んでいる?」


 沈黙。しばし微妙な空気が流れた。


「……おい、まさか覚えていないのか」


 つい先ほどまでの浮かれた空気がスッと消え去った。


「はあ、その……、男は二度とも勝手に押し掛けてきたので名前はわからず。女は、何だったかな?」


 騎士たちが顔を見合わせるが、答えを出す者は誰も居なかった。


 冤罪で捕まえて、その後取引もして、それで誰も名前を覚えていないとはあまりにもいい加減過ぎる。騎士団など潰して犬小屋にでもした方がよほど役に立ちそうだ。


 さっさと思い出せとジョセルが睨み付けると、騎士たちはますます萎縮して頭が回らなくなった。


「クル……、クレ……、クローディア?」


「いや確か、クラ……、クラリッサだったか?」


「それで間違いないなッ!?」


 ここでひとつジョセルはミスを犯した。鬼上官が語気を強めて詰め寄ったために、騎士たちは違ったかも知れないとか、もう少し時間を下さいとは言えなくなってしまったのだ。


 過剰な厳しさはミスを誘発する要因にしかならない。


「は、はい。間違いありません!」


「よし。それで住所はわからんのか」


「以前住んでいた所ならわかりますが、財産を没収してしまったので今は引っ越してしまったかと……」


「どこに居るかはわからん、と」


「あ、いえ、財産没収と言っても大した金にはなりませんでしたよ。痩せ馬とか売り物らしき古着とか、かき集めても金貨一枚に届かないっていうか……」


「だから何だ!?」


 大した金にならなかったから大した罪ではないとでも言いたいのか。今問い詰めているのはそんな事ではない。


 その後、苛立ちを抑えながら男と女の特徴を聞き出してから詰め所を出た。


 一度振り返り、たまには巡回警備くらいしろと言おうとしたがそれは止めておいた。不良騎士どもにうろつかれたって市民たちが迷惑するだけだ。


 城へ戻る前にいくつかの商家を回りクラリッサという女について聞いてみたが、誰もが首を傾げるばかりであった。

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