第11話 持つべき者の手に

 貴族は基本的に午前中は政務に追われている。よって、謁見は伯爵が政務を終えて昼食をとり、軽く休憩した後の三時頃となった。


 魔物討伐成功の報告はもう何日も前に早馬で届けられたので急ぐ必要も無い。


 勝手知ったる他人の家といったように大廊下を進む青年がいた。一応、案内の兵が先導しているのだが居ても居なくても同じだなとお互いが感じていた。


 青年の名はリカルド、ワイバーン退治を終えて戻ってきた冒険者である。


 謁見の間に向かう途中で顔見知りの騎士、ジョセルの姿が見えた。彼は軽く頷いてから近づいて来る。何か話したいことでもあるようだ。


「よう、勇者どの。今回もご活躍だったようだな」


「その勇者って言うの止めてくださいよ」


 軽口半分、迷惑半分といった口調でリカルドは答えた。


 勇者というのは正式な肩書きではない。伯爵が勝手にそう言い出し、周囲の者たちもそれにならっているだけである。


 伯爵としてはお抱えの冒険者に箔を付けたいのだろうが、リカルドにしてみればどこか馬鹿にされているような気もして好きではなかった。


 ジョセルは辺りを見回してから、声を落として言った。


「リカルド、今回も褒美として魔法剣が与えられるのだが……」


「いやあ、嬉しいですねえ。それが楽しみで来たようなもので」


 リカルドは平民であり、高位騎士のジョセルと気軽に話せるような身分ではない。


 それと同時に伯爵の客分であり、領内の魔物を何度も討伐した英雄でもある。ジョセルとしても粗略そりゃくに扱ってよい相手ではない。


 お互いにどんなスタンスで話せばよいのかわからず手探りを続けた結果、一応は敬語だが気楽にという今のような関係になった。


「お気楽に言ってくれるがな、今回の奴は本当にまずいぞ、シャレにならん」


「へぇ……」


 ジョセルは脅したつもりだったが、リカルドの瞳は興味津々に輝いている。己の語彙力の貧弱さを恨みつつ、ジョセルは恥を晒すことにした。


 幻覚を見て、危うく自害するところだったと語るとさすがにリカルドも、これはただ事ではないなと理解した。


 地位も名誉もある男が形振り構わず説得に来ているのだ。


「褒美を辞退しろ、などと言っても聞かんだろうな」


「気を付けろという忠告ならばありがたく受けとりますが、辞退は出来ません」


 今さら武器はいりませんなどと言えばそれは伯爵と付呪師のメンツを潰すことになり、なにより武器マニアとしての魂がそれを許さない。


 そうした返事は予想していた。ジョセルは眉間にしわを寄せながら、懐から古代文字の刻まれた不気味な腕輪を取り出した。


「持っておけ。精神耐性の付いた腕輪だ」


 リカルドは少しだけむっとした表情を浮かべた。様々な魔物と戦ってきたリカルドはどんな幻覚にも耐える精神力があると自負していた。己の実力も実績も無視された親切心など不快でしかなかった。


 それでも腕輪を受け取ったのはジョセルの顔を立てるためである。


 ここで意地を張ってプレゼントを突き返しても意味がない。リカルドもその程度の世渡りは心得ていた。




 マクシミリアン・ツァンダー伯爵は上機嫌で勇者を謁見の間に迎えた。彼は生来身体が弱く、武芸の心得などまるで無い。その反動か冒険者の話を聞くことを好み、武具の生産を奨励しょうれいしていた。


 リカルドが語る冒険譚ぼうけんたんは吟遊詩人のように洗練されたものではないが、確かなリアリティがあった。


「うむ、よくやってくれた。やはりそなたこそ伯爵領の守り神、英雄、勇者よのう!」


「もったいないお言葉にて……」


 褒めすぎである。不快とまで言わないが、少々居心地が悪い。そんなことを言われてどんな顔をしていればいいのかわからない。


「褒美を取らせよう。ゲルハルト、用意は出来ているな」


「はい、閣下」


 ゲルハルトが捧げ持つ刀をリカルドがうやうやしく受け取った。その際、ゲルハルトの眼が妖しく挑戦的に光っているように見えたのは気のせいだろうか。


 ジョセルにせよゲルハルトにせよ、先程から何か態度がおかしい。本当にこの剣には恐ろしい力が宿っているのかとリカルドは不安になってきた。


 ……馬鹿馬鹿しい。どんな魔力が込められていようが剣は剣だ。殺し合いの道具以上でも以下でもない。武器は好きだ、武器を集めるのが好きだ。しかし武器の本質を見誤った事は一度もないつもりだ。


「閣下、この場で抜いてみてもよろしいでしょうか」


「うむ、よいぞよいぞ」


 謁見の場でいきなり白刃を抜けばたちまち反逆罪である。リカルドは許しを求め、伯爵は快く頷いた。


 これもいつも通りの流れである。リカルドとしては家に持ち帰ってからじっくり眺めるのでも構わないのだが、伯爵は褒美を与えた相手が喜ぶところを見たがるのだ。


 伯爵にはどうもこうした無邪気というか、子供っぽいところがあった。しかしそれは彼が暗君であるという意味ではない。むしろ領内に魔物が出れば即座に対応しているあたりはなかなかの出来物と評していいだろう。


 他の領地であれば城壁外の農奴がどうなろうが知ったことではない、腹が膨れれば魔物も何処かに行くだろうと放置するのが当然であった。残酷で無責任だが、貴族とはそうしたものだ。そもそも農奴を人間扱いしていないので、見捨てて悪いことをしたという意識すら無い。


 リカルドがツァンダー伯爵領を拠点として活動しているのは良い武具を集める為と、このお人好しの伯爵が嫌いではないからだ。


 褒美を貰い、ちょっと喜んで見せるくらいのことはしてもいい。前回は剣があまりにも普通というか、予想通りすぎて反応に困ったものだが。


 今回はどうか、お手並み拝見。そんな気分で刀を抜いた。一気に抜かず十センチほどで止めたのはジョセルの忠告とゲルハルトの笑みが気になったからであり、それがリカルドにとっても吉と出た。


 甘い匂いがする。香水をつけすぎた奴でもいるのかと思ったが、刀を抜いた瞬間に漂って来るというのもおかしな話だ。


 背後に気配を感じた。リカルドの肩に手を置いて何事かを呟いている。愛の言葉か、それとも呪詛じゅそか、両方か。


 振り向きたいという衝動と、振り向いたら殺されるだろうという予感があった。


 叫んだつもりだったが、まるで声が出なかった。


 左手首に痒みを感じた。ジョセルから預かった腕輪を着けた部分だ。左腕はなんとか動きそうだ。


 鞘から押し込むようにして刀を納めると、匂いも恐ろしい気配も消え去った。


 リカルドはひどく青ざめており、微かに震えていた。伯爵と側近たちは不安げに顔を覗き込んだ。


「どうしたリカルド、褒美が気に入らなかったか?」


滅相めっそうもない!」


 思いがけず大声を出してしまった。つい先程死の恐怖を味わったというのに、あの刀が欠陥品のように言われることが耐えられなかった。また、気に入らないと思われて別の物に取り替えようなどと言い出されてはたまったものではない。この伯爵は善意でそういうことをしそうだ。


 伯爵が眼を丸くしている。場内の空気もどこか白けてしまっていた。とんでもない無礼をしでかしてしまったと、リカルドは慌てて頭を下げた。


「各地を旅してきた中でも、これ程の剣は見たことがありません。感動のあまりつい叫んでしまいました。どうかお許しください」


「そうかそうか、感動したならば仕方あるまい。勇者どのをねぎらうための場だ、そんなことでとがめ立てはせぬぞ」


 側近たちは釈然としない顔をしていたが、伯爵が上機嫌で許すと言ったのだからそれ以上の追求は出来なかった。無理に咎めようとすれば、それは伯爵の決定に異を唱える事となる。


「これからも我が領内を守るために、力を貸してくれよ」


「ははっ!」


 こうして謁見の儀は無事に終了した。少なくとも血を見ることはなかった。


 顔を上げた際、ゲルハルトと目が合った。心底腹の立つ得意気な顔をしていた。


 このクソじじいだけはシメてやらねばなるまいと、心に誓うリカルドであった。

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