空から落ちてきた物語 人魚編
にゃべ♪
第1話 竜巻がくれた出会い
会社が倒産した。昨今の物価高とかその他諸々の煽りを受けた格好だ。今の御時世、何をするにもハードルが高い。一応失業保険は出るものの、すぐに再就職出来るだろうか。初めての無職は不安でしかない。
「最悪は実家に泣きつくかぁ……」
俺の両親は隣県の実家で自営業をしている。景気はあまり良くないものの、何とか営業は出来ているらしい。ま、それは最後の手段だな――。
そんな事を考えながら、いつもは帰宅してからの日課の近所の散歩を真っ昼間から始めていた。突然空いた時間の埋め方が分からなかったからだ。
「海、行ってみっか」
自宅アパートの近くには海がある。徒歩で5分くらいの距離だ。季節と時期から考えて、今の砂浜には誰もいないだろう。1人で何かを考えるのに、誰もいない海と言うのは結構ピッタリかも知れない。
海自体は散歩コースの一部だったので、サクッと到着する。
「おお……」
海を目の前にした俺は思わず感動する。割と小さな浜辺ではあるけれど、その先の海は世界と繋がっているんだ。そう考えると気持ちも大きくなるってものだろう。
俺は誰もいない浜辺に一人分の足跡を残していく。何も考えずに海に向かってまっすぐに歩いていった。流石に海水に足を踏み入れたりはしないけれど。
「寄せては返す波、まるで人生だな」
誰も居ないので、ちょっと恥ずかしい事も平気で口に出来る。そのまましばらくは波打ち際の様子を黙って観察していた。子供がアリの行列を無心で眺めるみたいに。
波観察に飽きたところで、海を横目で見ながら浜辺を歩く。その時、突然海上で竜巻が発生した。
「うわっ、すげえ!」
かなり沖の方で発生していたのもあって、俺は足を止めてこの珍しい自然現象を無邪気に鑑賞する。しばらく見ていると、竜巻が巻き上げた何かが浜辺に向かって飛んできた。
「マジか!」
俺はその何かをキャッチしようと待ち構える。魚でも飛んできたらラッキーだなと、そんな軽い気持ちだった。
放物線を描きながら飛んできたそれは魚にしてはかなり大きく、俺の期待はどんどん膨らんでいく。
「おーし! 大物、ゲットだぜ!」
しっかり受け取る体勢で、俺は飛んできた何かを無事にキャッチ。しかし、飛んできた勢いを止める事は出来ず、そのまま反動ですっ転んでしまった。ここが浜辺じゃなかったら大怪我をしていたに違いない。
「いてて、一体何がゲット出来……」
俺は自分の胸で受け止めたものを改めて確認する。すぐにそれが魚ではない事は理解出来た。ただ、理解出来なかったのは、上半身が裸の女の子で――下半身が魚だったと言う事だ。
「に、人魚ーっ?」
下半身の魚の方はよく分からないものの、上半身の少女の部分の肉体の育ち具合は人間の中学生くらいに見える。俺はすぐに辺りを見回した。この状況を誰かに見られでもしたら――。
「良かった、誰もいない」
「うぅん……」
「ひぃっ!」
俺の独り言で人魚が目を覚ました。この状況を説明する言葉を俺は持たない。ただただ混乱するものの、放り出す事も出来なかった。強い衝撃を与えたら壊れてしまいそうな、そんな危うさが彼女にはあったからだ。
「あなたが私を助けてくれたのですね!」
「えっと……。だ、大丈夫?」
「有難うございますうっ!」
彼女はお礼の言葉を言うと同時に顔を近付けてきた。キスをされそうになって、思わず俺は人魚を放り投げる。何となく、流れに任せたらまずい気がしたからだ。
「いったーい!」
「ご、ごめん。それじゃ……」
この人魚が怖くなった俺は、すぐにその場を離脱する。久し振りの全力疾走だ。自分でもどうしたのかと思うくらい早く足が動く。恐怖が火事場の馬鹿力を発揮したらしい。
俺は振り返らずにひたすらアパートに向かって足を動かした。そうすれば、この夢みたいな出来事もなかった事になるような気がしたのだ。
「ハァハァ……。ここまで来れば……」
目的地が見えてきたところで、急に不安になる。あの人魚を浜辺に放置して良かったのかと。もし良からぬ人に見つかったらヤバい事になるのではないか。
その思いが俺の顔を振り向かせた。浜辺なんてとっくに見えなくなっていると言うのに。
「えっ?」
振り返った俺の瞳が捉えたのは、さっきの人魚――正確には人間の下半身を備えたさっきまで人魚だったもの。上半身が同じだし、素っ裸だから間違いない。
彼女は涙目になりながら、俺に向かって訴えてきた。
「どうして……逃げるんですか?」
「うわあああ!」
この御時世、裸の少女と何かあるのはヤバい。俺はすぐに自分の部屋に向かって最後の気力を振り絞る。ダッシュで入って速攻で鍵をかけた。
「開けてー! お礼をさせてー!」
「いいから帰ってくれー!」
「帰る所なんてないのー! 入れてー!」
どうやら人魚側も訳アリらしい。その言葉の雰囲気から家出か何かのようだ。きっとドアの向こう側では素っ裸でドアを叩いている。御近所の人が騒ぎを聞きつけてこの状況を見たらきっと誤解される。そうなったら社会的に死ぬ!
「分かったよ。だから大人しくしてくれ」
「やったーっ!」
ドアを開けた瞬間に彼女は抱きついてきて、俺は少女を中に入れると速攻でドアを閉めた。多分誰にも見られなかった――と、思う。いなかったんじゃないかな。頼む、いなかった事になっていてくれ。
俺はただひたすらに、事態が最悪な方向に進まない事だけを祈っていた。
彼女の方は満足するまで抱きついた後、元気に体を離す。そうして、裸のまま俺の顔をキラキラした瞳で見つめてきた。
「私、ルーリア! あなたは?」
「よ、ヨシトモ」
「ヨシトモね! これからよろしく!」
彼女、ルーリアはそう言うと俺の部屋を物色し始めた。もしかしてずっと居着くつもりなのか? 俺は彼女の瑞々しい背中を見つめながら、ヤバい事になったと直感が警告を発していた。
「あのさ、服を着て欲しいんだけどさ。持ってないなら……」
「あーっ!」
ルーリアはそこで自分が裸だと言う事に気付いたようだ。彼女がその場でうずくまると、次の瞬間にはファンション雑誌で見るようなその年齢相応のカジュアルな服を身に着けていた。一瞬の出来事だったので、俺はまばたきを忘れる。
「ま、魔法?」
「まぁ一時しのぎだけど。明日服を買ってくる。大丈夫、お金は持ってるから」
どうやらルーリアは本気らしい。今の勢いだと、海に戻るように説得するのは難しいだろう。人間の家出少女ではないから、誘拐で騒がれる事はない。色々な考えが俺の頭の中をぐるぐると回って、結局最適解は導けなかった。
俺がフリーズしている間に、彼女は台所に足を運んで冷蔵庫の中を吟味し始める。
「ねぇ、ご飯作ろうと思うんだけど、食材好きに使っていい?」
「ちょ、何で?」
「だってこれからお世話になるんだもん。家事は任せてよ」
彼女は精一杯胸を張ってデキる女をアピール。肉親以外に異性に家事をしてもらう経験がなかった俺は、思わずその心遣いを受け入れてしまった。
ルーリアの作った料理はとても美味しく、ほんわかと幸せな気持ちになる。
「すごいな。食材も調理器具も使い慣れてて……料理も美味しい」
「私、地上で暮らしてた事もあるからね。でもたった1ヶ月だよ。全然足りない」
「それで家出? いいの? 俺みたいな」
「私達の出会いは運命なの。最初にあなたに抱かれた時にすぐに分かった」
力説する彼女に俺は飲まれてしまう。こうして、無職と人魚の同居生活が始まったのだった。
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