第4幕「Virgin love」

 この文章には「性的な表現⚠」などが含まれています。


 五番目の結婚相手は、少し乱暴だけれど、とても勇猛果敢な青年だった――。

「礼を言うぞ、セーラ」

「礼……ですか?」

「ああ。お前が悪魔にかれていなければ、俺がお前のようなただの村娘と結婚することなど叶わなかっただろうからな。誰もはらうことのできない悪魔に魅入られた、哀れな女を救うことができるのは俺くらいだ、という大義名分がなければ、誰も納得しなかっただろう?」

「……」

「それにしても美しい。お前の体を好きにできると思うと、悪魔にさえ感謝したくなるよ。さあ、寝ろ」

「……」

「どうした? ……安心しろ。これでも俺は、ベッドの上では尽くす男だぞ。朝まで丁寧に愛してやる。結婚は五度目でも生娘きむすめなんだろう? 俺がお前に、女としての喜びを教えてやる」

「……」

 私は、ベッドに横になった。

「フッ。それにしても綺麗な女だなぁ……。俺もこんな綺麗な女を抱くのは初めてだ」

「……」

 私は目をつぶった。目をつぶっても、私の心をびくびくさせる腕が近づいてくるのが、その恐ろしい気配で感じられるような気がした。怖かった。

 でも、初めてはそういうものだと、私は自分に言い聞かせた。目をつぶって、一心に。

「……」

 バタッ! と乾いた音がして、私は目を開けた。

 彼が床に倒れていて、そして、いつもの姿があった。

「やるなぁ、アスモダイオス。この俺に天井を見せるとは、あのジジイでも祓えなかっただけはある。だがなぁ、俺は他の貧弱な野郎共とは違って、祈りだ儀式だなんて、まだるっこしい真似はしねぇぜ? セーラは俺の手で掴み取る!」

 そう言うと、彼は剣を抜いてアスモダイオスに切りかかった。

「……」

 しかし、アスモダイオスはそれをひらりとかわすと、反撃するでもなく静かに彼を睨んだ。恐ろしい、いつもの形相で。

「どうした、アスモダイオス。ビビってんのかぁ? そうだよなぁ。お前、セーラに一度も手ぇ出したことねぇんだもんなぁ? 色欲の悪魔のクセによぉ。ぇえ? 悔しかったらかかってこいよぉ」

「……」

 アスモダイオスは何も言わない。何もしかけない。ただ、立っている。

「はっ。ほんとに小者なんだなぁ、テメェはよぉ。あー、もう我慢できねぇや。さっさとテメェを倒して、セーラのおっぱいにしゃぶりつきてぇんだよ俺はよぉ。小せぇおっぱいも悪かねぇよなぁ、アスモダイオス」

 そう言うなり彼は踏み出し、再びアスモダイオスに切りかかる。ひらりとかわすアスモダイオス。

「それで、セーラのまだ綺麗なまんアァッ!」

 アスモダイオスに片手で首を絞め上げられ、彼の両足が床を離れる。まるで天に昇るように。

「ッァ! ッァ! ッァ!」

 剣を振り回して彼は暴れるが、アスモダイオスは動じない。切られても刺されても血も涙もなく、ただ、彼の首を天に掲げて揺るがない。

「……」

 カラァン! とやがて、甲高い音を響かせ、床に彼の剣が落ちた。

 そして、自由になった彼も、その後を追うように床へ崩れ落ちる。彼の音は、剣よりも鈍かった。

「……」

 アスモダイオスが、私を向く。音もなく、闇のように。

 その恐ろしい顔は、まるで彫刻のように静かだった――。


     *


「ありがとう」

 ジューン様はそう言うと、私が出した紅茶に口をつけた。

 結局、私は特に断る理由も見当たらず、ジューン様の申し出を受け入れることにした。今晩、私はジューン様と夜を過ごす。

 もちろん、本当に何かするわけではない。アスモダイオスをおびき出すため、ふりだけという話になっている。アスモダイオスはいつも、男性が私に触れる前に姿を現すから、そこに関しては何も心配していない。でも……。

「あの……」

「? どうしました?」

「何故なのでしょう。何故、ジューン様ほどの方が、私なんかを助けてくださるのでしょうか。私はどこかの国のお姫様でも、崇高な血が流れている娘でもない。ただのどこにでもいるような町娘でしかありません。ジューン様のような勇士様に、目をかけていただけるような身分ではないはずです……」

 ジューン様はしばし私を見つめると、かすかに口元を緩めてから、穏やかな口調で答えた。

「僕は、身分で助けるかどうかを決めたりはしません。このちっぽけな体では、この二つの手だけでは、全てを救うことは出来ないけれど……。だからこそ、僕は、僕の目に映る人だけでも救いたいのです。僕の耳に届く不正だけでも正したいのです。やはり噂になるのは、大きなことばかりでしょうが。僕は村娘でも奴隷でも、神の教えに反して不正に苦しんでいる者はみな、この体が許す限り救おうとしてきたつもりです。もちろん、取りこぼした命は、見捨ててしまった命は、一つや二つではありせんが……」

 私は彼の言葉と共に、衣服をく音を聞いた。それは恐らく、彼が拳を握りしめた音……。

「ジューン様……」

「だから、セーラさんが後ろめたく思う必要はありません。悪いのは、全部セーラさんに憑いている悪魔、アスモダイオスなのですから」

「……ありがとうございます。ジューン様」

「礼を言われるにはまだ早いですよ。僕はまだ何もしていない。これからです」

「はい」

 私の返事にジューン様は力強い笑顔で頷くと、紅茶を手に取って優雅に飲んだ。その所作には、どこか気品を感じる。旅の騎士様だなんて、とても信じられない。戦う方というより、その所作はまるで……。

「何故セーラさんを、と言えば、アスモダイオスは何故こんなにも長い間、セーラさんに憑いているのでしょうか」

「それは、私にもわかりません。ですが、祭司様方がおっしゃるには、私はアスモダイオスに魅入られてしまったのだろうと。アスモダイオスは、愛欲の悪魔だから、私に恋をしたのだろうというお話でした。私を独占しようとしているんだそうです」

「それは酷い。そんな身勝手なものが恋だなんて……。悪魔らしいと言えばそれまでだが」

「まあ、アスモダイオスが直接私に何かしてきたことは、ないんですけどね。アスモダイオスが姿を現すのは決まって、男性が私に何かをしようとした時だけで……」

「それは意外ですね。色欲の悪魔だと聞いていましたが」

「はい。祭司様方は、意気地なしの小心者なのだと仰っていました。人のことは愛欲につけこんで堕落させるくせに、当の自分は何もできない。所詮は悪魔なのだと」

「どこまでも悪魔、というわけですね……。安心してください。そんな悪逆の下僕、必ず僕が退治しますから」

 ジューン様は自信に満ちた言葉と共に、力強く微笑んだ。

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