第2話

出会いは突然だった。

あなたを見た時、もうすでに私はあなたの虜だった。

あれはきっと夏のせいなんかでは、ない。


大学二年の夏、ただ憧れから漠然とアナウンサーを目指した私はいつまでも決断できない自分に苛立ち、勢いに任せて六本木のアナウンサースクールに10万の授業料を振り込んだ。

家にお金があるわけではない。むしろ一人暮らしをしていた私は家族に相談せず、自分で稼いだアルバイト代で勝手に申し込んだ。

同じクラスの子はみんな綺麗だった。スタイルもよく、私の持っているカバンとは2ケタも違う値段のバック、キラキラと光るアクセサリーを身につけていた。

話すのも上手かった。みんな自分という存在にそれなりに自信を持っているようだった。そしてアナウンサーという夢もはっきり確実に持っている、そんな印象を受けた。

私は、心が追い付かなかった。

「話す」ということに対しては自身があるはずだった。

誰よりも声は出せるはずだった。

第1回目の授業は私の個人レッスンのようなものだった。15人のクラスメイトは何を思っただろうか。先生の「大丈夫です。練習を積めばだんだんうまくなりますからね。」がとても辛かった。


2回目の授業だった。

不安から授業開始の1時間前に教室についた。

教室にはすでに発声練習している女の子2人、男の子1人。

私は発声練習なんて恥ずかしくて、ただ座っていることしかできなかった。

「みんなすごいんだけど」なんてインスタグラムの裏垢で投稿することしかできなかった。

少しして、教室の発声練習が落ち着いた。

友人を作りたかった私は隣の席あなたに声をかけた。


ちょっと話して、自己紹介をした。住んでいる場所の話もした。


好みだった。

目鼻立ちのくっきりしたその顔立ちも、無造作に分けられているその前髪も。

少し早口で、細かくてうるさい所作も。

一瞬であなたのことが気になっていた。

これ以上は話はしなかった。連絡先を聞くなんて論外。恋愛をしにアナウンサースクールに来たのではないと躍起になっていたのかもしれない。


授業が始まった。

彼は普段は別のクラスにいて、今日だけ振替で金曜日の私のクラスに来たらしかった。授業が終わり、二度と会うことはないだろう、授業前の一瞬の胸の高鳴りを感謝しながら教室を出た。

エレベーターを降りたところで、クラスメイトのみんなで連絡先を交換しようという流れになっていた。

連絡先だけならと彼とも交換した。


帰りの電車はいつもより疲労が少なかった。

「自己紹介しておかなきゃ」と全員にメッセージを送った。

君には「私もサカナクション好きです」という一文を足しておいた。


そこからはあっという間だった。

サカナクション以外にも音楽で共通の趣味があった。

好きなバンドが一緒だった。

一日に3件以上予定を詰め込むところも一緒だった。

空いていたら予定を詰め込むので休日といえる休日はお互い1カ月以上先だった。

すっかり意気投合した私たちは毎日電話をするようになっていた。

お互いの課題を仕上げるために徹夜をした日もあった。

お互いのことを思ってプレイリストを作ったり、付き合ってないけどたまに「好きだよ」なんて言いあった日もあった。


何回かのデートを重ね、恋人になった。

君からの告白は手紙だった。

みなとみらいの夜景。君の涙。

多分人生で一番幸せだったし、一生忘れられない景色になった。





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