これは、ボクの、僕の、物語

紅花

ボクの物語


 夕日が落ちる。


 空が、川が、赤い色で染まる。


 上空は夜の色。


 星々と月が瞬いている。


 隣にいるだろう彼よりも前に、たたたっと前に出る。


 橋の上で、急に前に出たボクは、彼の眼にはどう映っているのだろう。


「ねえ」


 前に出て、足を止め、くるりと振り返る。


 長い髪が、さらりと揺れた。


 彼の眼の中で、静かにほほ笑むボクは言うのだろうか。


「期待を持たせる前に、さっさと告げなさい」って。


 うん、そうだ。


 言わなければならない。


 これがボクだけが感じていて、彼にそんな気持ちが全くないのだとしたら、ボクは自意識過剰な人間になって、すごい恥ずかしい子だ。


 でも、君を巻き込まないために、君がボクのせいで傷つかないようにするために、ボクは告げよう。


「愛ってさ、毒みたいだよね。自分を殺して、殺して、殺して、壊す」

「え?急にどうしたんですか、先輩」


 彼からしたら意味が分からないだろう。


 急に「愛は薬物だ」なんて言われても、「は?こいつ、頭狂ってんじゃね?」って感想が頭に出てくると思う。


 ボクだって急に言われたら、「は?精神科行く?」って聞くと思うし。


 そう言われなかっただけ、ありがたいのかもしれない。


「だって、そうじゃん?生きる上で、愛は必要。でも、必要以上に求めたり、与えられたりしたら自分が壊れてしまう」

「そう、でしょうか?」

「うん、そうだよ。愛に溺れたら1人で立てなくなっちゃうでしょ?でも、愛がなければ常に孤独を感じちゃう」


 手を結んで、開いてを繰り返し、それを何も考えずにじっと見つめる。


 ボクは孤独なのだろうか。


 でも、それを受け入れている所もある。


 受け入れると言うよりかは、諦めていると言った方が正しいのかもしれないけど。


「だからさ、愛って毒だと思う。甘くて甘くて、人を魅惑して、魅力的なほど甘くて苦しい、苦い毒。甘いと感じる間は薬で、苦いと思ったら毒になる」


 ボクは愛も家族もよく分からないから、こんな風に感じるのかもしれない。


「ねえ、ボクと約束してほしい。どうか、ボクにその毒を向けないで。ボクはたった、たった一滴でもその毒を受け入れたら壊れちゃうから」


 君がボクに好意を持っているということに、君はまだ自分自身で気が付いていないのかもしれない。


 ボクのこの発言で、君は君自身のことに気が付いてしまうのかもしれない。


 それでも、伝えないといけないと思ってしまった。


「約束、だからね?」


 彼から視線を離すように、くるりと夕日を見るために振り返り、向かうべき方向を見る。


 これでいい。


 これしか方法がなかった。


 ボクは愛なんて知らないし、知ろうとも、知りたいとも思わない。


 ただ、ボクはボクを守りたいだけなのだ。


 君に対して、謝ることもしないし、君の希望をつぶしてしまったことへの罪悪感も感じない。


 感じないふりをしよう。


 絶対に「ごめんね」なんて言ってやらない。


 一言たりとも、「ごめんね」の「ご」の言葉さえ言うつもりはない。


 ボクは、叶えることができない約束はしない主義だ。


 ボクのことを想う時間を、他の女性のために費やしてほしい。


 叶わない希望を信じ、絶望する姿を見たくない。


「さあ、帰ろっか。書類仕事が待ってるし」


 彼の顔を見ずに、真っすぐ前を見る。


 帰らないといけないことも、書類仕事があることも本当。


 嘘なんて1つもついてない。


 罪悪感なんて感じない。


 全ての感情に蓋をしよう。


 ボクがボクであるために。


 これはボクがボクであるための物語。

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