第59話 甘々な妹

「お兄ちゃーん」


 昼休み、教室に妹がやってきた。


「なっ……し、紫音⁉ どうしたんだよいきなり⁉」

「何? 私が来ちゃダメなわけ?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」


 突然の美少女の訪問に、教室中がざわついている。


「誰だ、あの美少女は?」

「なんで雪谷なんかと?」


 クラスメイト達からの鋭い視線を向けられる中、俺は紫音へ問いかける。


「それで、何か用か紫音?」

「お兄ちゃん、一緒にお昼食べよ♪」

「えっ⁉ お、お昼を一緒に⁉」

「……ダメ?」

「いや、ダメではないけど……」


 俺と紫音のやり取りを見て、クラスメイト達の視線がさらに厳しい物へと変わる。


「おい、今お兄ちゃんとか言ってなかったか!?」

「あの二人は一体どういう関係なんだ?」

「雪谷の奴、奥沢さんという彼女がいながら浮気とか、なんという不届きもの」


 段々、雲行きが怪しくなってきたので、俺は席から立ち上がり、紫音の肩を叩く。


「人気のないところ行くぞ」

「うん、わかった」


 俺が紫音の背中を押して教室を出て、誰もついてこないことを確認してから、廊下を早足で歩いて行く。


「お兄ちゃん、どこ行くの?」

「人気のないところ。出来れば、他の人に出来るだけ気づかれない所がいい」

「なら、いいところがあるよ。こっち、こっち!」

「あっ、おい! 紫音、どこに行くんだ?」

「いいからついてきて」


 紫音の後を追っていって向かったのは、体育館内の壇上横にある一室。

 扉を開くと、中は真っ暗で何も見えない。

 紫音がカチっと明かりをつけると、そこは三畳ほどの狭い空間だった。

 マイクスタンドなどが置いてあることから、荷物置き場と思われる。


「えへへっ、ここなら誰にも見つからずに済むでしょ」

「あぁ……にしてもこんなところ、良く知ってたな」

「ここ、完全防音になってるから、ASMRの練習によく使ってたんだよね」

「なるほど」


 いつASMRの練習してるのかと思っていたけど、まさか学校でこっそりしていたとは……。


「さっ、入って入って」


 紫音に促されて、俺はその一室へお邪魔する。


「そこに畳んである椅子適当に使おうか」


 壁に畳まれて立てかけてあるパイプ椅子を手に取り、二脚広げた。

 軽くほこりを払って、お互いに向かい合って座る。


「それじゃあお兄ちゃん! 一緒にお弁当食べようね」

「あぁ……それはいいんだけどさ」

「ん? どうしたの?」

「いきなり教室に来るのは、その……恥ずかしいと言いますかなんといいますか……」

「何言ってるのお兄ちゃん? だって私たち兄妹なんだから、別に何ら問題ないでしょ?」

「まあ、それはそうなんだけど……」


 色々とあとで問い詰められる未来が見えてしまい、ぞっとしてしまう。

 特に悠羽なんか、『何その女? 後でお仕置きだから』と無言の視線を向けてきていたし……。

 理由を説明する前に無理やり押し倒されて、耳を侵されてしまうまである。

 と、そんなことを考えているうちに、紫音がパイプ椅子を隣り合わせに近づけて来た。


「えへへっ……はい、あーん。お兄ちゃん」


 紫音は自身のお弁当から、たこさんウインナーを取り出してアーンをしてきた。


「いやいや、ちょっと待て。流石にそれは兄妹でもやらないだろ!」

「えっ……」


 途端、紫音がしゅんと悲しそうな顔を浮かべてしまう。


「今日のお弁当、私の手作りなのに……」

「えっ……紫音の手作りなのか?」

「うん。お兄ちゃんに美味しく食べてもらおうと思って、丹精込めて作ったの」


 そんなこと言われてしまったら、嬉しすぎて断るわけにはいかなくなってしまった。


「あ、あーん」

「お、お兄ちゃん?」

「いいから早く……恥ずかしいんだから」


 俺が口を開けながらあーんを受け入れる態勢に入ると、紫音はパッと表情をほころばせた。


「はい、お兄ちゃんん、あーん♡」


 パクっとウインナーを咀嚼する。


「うん、ジューシーで焼き加減も絶妙で美味しいよ」

「本当に⁉ やった」


 紫音は嬉しそうな表情で、両手をぐっと握り拳にしていた。


 なんだ、この可愛い生き物は?

 本当に昨日まで口も利かないような仲の悪かった妹なのか⁉


「私ね、決めたんだ」

「な、何をだ?」


 俺が困惑していると、紫音は決意を決めたような目で見据えて来る。


「今までお兄ちゃんに素直になれなった分、これからはお兄ちゃんにいっぱい甘えるんだって」

「お、おう……」

「それと同じくらいお兄ちゃんにも、私にいっぱい甘えて欲しいの。もちろん、お兄ちゃんがしてみたいことがあったら、何でも言って? 出来る限りのことはしてあげるから」


 な、何でもしてもいい……だと⁉

 果たして、今目の前にいるのは、本当に俺の妹なのか⁉


 頬を抓ってみるものの、普通に痛みを感じるので、どうやら現実のようだ。

 まだ信じられない妹の変わりように、俺は脳の理解が追い付かない。

 どうやら、今まで我慢していた欲が爆発してしまったらしい。


「はい、お兄ちゃん。あーん!」


 今度は、卵焼きを差し出してきてくれる紫音。


「あ、あーん」


 再び、ぱくりと咀嚼する。

 砂糖が入っているのか、卵焼きは、とても甘ったるくて、まるで俺たちの今の関係性を示しているような気がした。


「えへへっ……お兄ちゃん♪」


 まあでも、紫音が満足そうなら、それでいっか。

 俺は思考を放棄し、ひたすら妹に甘えることにした。


 昼食を食べ終え、今は食後の膝枕を妹にしてもらっている。

 我ながら、妹になんてことをさせているのかと思ってしまうものの、欲望には抗えなかった。


「そう言えばねお兄ちゃん」

「ん、どうした?」

「今度ね、私の部屋で緑が丘ミドリちゃんとコラボASMR配信するんだ」

「えっ⁉」


 つまり、あの伝説のASMR配信者、緑が丘ミドリが家に来るということで……。


「お兄ちゃんにも、ちゃんと聞いてて欲しいな」

「も、もちろんだよ! 絶対に聞きに行く」

「ふふっ……楽しみにしててね」


 緑が丘ミドリちゃんが家に来る……。

 期待に胸膨らませるのであった。



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