第48話 心の空いた穴を埋めてくれる存在

 空がオレンジ色に染まる中、俺は自分の部屋の隅で体育座りをして、項垂れていた。

 黒亜のご両親が不慮の事故で亡くなってしまって、一週間が経っていた。

 俺の身の回りは、大きく変化してしまった。


 理恵さんや黒亜は、ご両親の親戚の元へ預けられることとなり、昨日付けで越していってしまい、もう会うことは出来ない。

 物心ついた頃から一緒にいた幼馴染が、突如として俺の前からいなくなるというのは、これほどに寂しいものなのかということを身にしみて感じていた。

 すると、ガチャリと扉が開かれる。

 顔を上げると、妹の紫音がこちらを呆れた様子で見つめてきていた。


「紫音……」


 俺が視線を向けると、紫音は盛大にため息を吐いてから言葉を紡ぐ。


「ご飯できた。そんなにクヨクヨしてる暇あったら、とっとと着替えて」


 紫音は言いたいことを言い終えると、そのまま踵を返して部屋の扉を閉めようとする。


「なんでお前は、そんな易々と切り替えられるんだよ……」

「だって、人の家の事情なんだから仕方ないことでしょ。私たちの力でどうにかできることでもない」

「でも……」

「今の兄貴、見てるだけで惨め」

「なっ……」


 紫音はそれだけ言って、部屋の扉を無造作に閉めてしまう。

 そのまま、足音は階段を下りていき遠ざかっていく。

 先ほどよりもさらに暗くなった部屋で、俺は壁に寄り掛かりつつへたり込んでしまう。


「っぐ……!」


 悔しいけど、紫音の言う通りだった。

 いくら幼馴染とはいえ、他人の家の事情に首を突っ込むことは出来ない。

 だけど、それでも何か、黒亜にこの一週間で、何か連絡でもいいから、してあげられることがあったのではないだろうか。

 そのことだけが、俺の心の中に深く残った。



 ◇◇◇



 黒亜がいなくなった学校は、まるで元から黒亜など存在していなかったかのように、平穏な日常が流れていく。

 俺は一人世界から取り残されたような感覚に陥ってしまい、誰とも関わる気になれくなってしまっていた。

 昼休み、俺は苦しい思いに苛まれ、逃げるようにして教室を後にする。

 行き場の当てもなく、後者を彷徨い、足が伸びたのは屋上だった。


 奥所の扉を開けると、校舎内の喧騒が嘘のように穏やかな陽光の光が差し込み、青々とした空が広がっていた。

 俺は屋上を囲むように覆っている安全柵に手を置き、ぐっと力を入れる。


「……くそっ……くそっ……くそっ……!」


 自分の無力さが醜くて情けない。

 俺はぐっと奥歯を噛み締め、表情を強張らせ、やるせない感情を必死に抑え込む。


「雪谷君」


 そんな時、ふと後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、そこにいたのは、沼部さんだった。


「沼部さん……」

「大塚さんの事、担任の先生から聞いた」

「……そっか」

「あのね、雪谷君」

「ごめん、今は一人にさせてくれないか? 気持ちの整理がついてないから」


 俺がそう言うと、沼部さんは黙り込んで、その場に立ち尽くしてしまう。

 視線を外へと向け、一人街の景色を眺めていると、不意に足音が一気にこちらへと近づいてきて、後ろからギュっと抱き着かれた。


「⁉」


 首だけ回して後ろを見れば、あろうことか沼部さんが俺を後ろから抱き締めてきたのだ。


「何してるの、沼部さん」

「雪谷君の寂しい思いが、少しでもなくなりますようにって」

「……」

「ずっと昔から一緒だったんだもん。そんな彼女が急にいなくなったら、寂しくて悲しくて苦しいよね」

「別に……寂しくなんか……」

「嘘つかないでいい。それに、私じゃ役不足だってのも分かってる。でも、雪谷君がずっと下を向いたままなのは、私が見てて辛いから」

「……沼部さん」


 俺はなんて情けないんだ。

 こうして周りに気遣ってくれる子がいるというのに、自分の心を閉ざして、現実と向き合おうとしていなかったなんて……。


「ねぇ雪谷君。これからは、私があなたの隣にいてあげる」

「えっ?」

「もちろん、大塚さんの存在が雪谷君にとって大きいって言うのは重々承知してる。私に変わりが勤まるとも思ってない。でも、少しでもそれで、不安や苦しみが和らぐのであれば、私はいつでも、あなたの味方」


 あぁ……俺は本当に大馬鹿野郎だ。

 こうして、また一人女の子を傷つけてしまったのだから。


「ありがとう沼部さん……でも平気」

「どうして? やっぱり私じゃ役不足だから?」


 少々悲しそうな顔で尋ねて来る彼女に対し、俺は首を横にふるふると振った。


「ううん、違うよ。沼部さんには、沼部さんらしくあって欲しいから。黒亜の代わりを無理に引き受ける必要はないって事」

「でも……」

「だから、俺たちは俺達らしく、これからも仲良くしていこうっていう意味」


 そう言って、俺は沼部さんの頭へ手を置き、視線を合わせてにっこりと笑みを浮かべてみせる。

 突然の行為に、沼部さんは驚いた様子で顔を軽く赤く染めていたものの、しばらくして、恥じらうようにコクリと頷いてくれた。


 こうして、俺は沼部さんにこれ以上情けない姿を見せぬようにと、黒亜の件を心の奥に仕舞い込み、目の前の生活を生きることにしたのである。



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