第40話 尾行

 今日も喫茶店『RAMS』は盛況で、休む暇もなかった。

 アルバイトを終えた俺は、着替えを済ませ、誰もいなくなった薄暗い店内で黒亜を待つことにする。

 しばらくして、着替えを終えた黒亜と理恵さんが一緒に出てきた。


「お疲れ様礼音君。今日も遅くまでありがとう」

「理恵さんもお疲れ様です」

「それじゃ、出ましょうか」


 理恵さんの声で三人はお店の入り口から出て、お店前のシャッターを閉めて鍵をかけて戸締りをする。


「はいコレ! よろしくね」


 そう言って、理恵さんは黒亜にお店のカギを手渡した。


「今日はそのまま出かけるの?」

「うん、ちょっと時間押しちゃったからね。それじゃあ礼音君。黒亜の事よろしくね」

「はい、分かりました」


 理恵さんは黒亜を俺に任せて、そのまま住宅街を駅の方へと歩いて行ってしまう。


「うし、俺たちも行くか」

「そうね」


 俺と黒亜は頷き合って、理恵さんとは逆方向へと歩き始めた。

 そして、一つ目の角を曲がったところで足を止め、すぐさまバッグの中から変装用のキャップを取り出して装備して、今歩いてきた通りを角から覗き込む。

 理恵さんは軽やな足取りで、駅の方へと向かっていく。


「よしっ……行くわよ」

「おう」


 こうして始まった、理恵さん尾行大作戦。

 理恵さんの姿を見失わず、かつ気づかれないよう、慎重に後を追っていく。

 理恵さんが曲がった角で足を止め、その通りを覗き込む。

 再び、理恵さんが駅の方へと向かって歩いている後姿を確認することが出来た。


「なぁ……本当に尾行していいのか?」

「いまさら何怖気づいてるのよ! お姉ちゃんに何かあってからじゃ遅いでしょ!」

「そりゃそうなんけどさ……」

「あっ。ほら! またお姉ちゃん曲がった! 追いかけるわよ!」

「あっ、おい!」


 黒亜に腕を引かれて、俺は躊躇いながらも理恵さんの後を追って尾行を続ける。


 ちなみに、俺は黒キャップを付け、ネイビーシャツに黒のジャケットという格好。

 一方の黒亜も、ロゴ入りの黒キャップを被り、黒シャツにグレーのパーカーを羽織っている。


 パッと見は若い大学生カップルに見えるけど、曲がり角から二人で理恵さんを覗き込んでいる様子は、端から見たら不審者以外の何物でもない。

 深夜帯という事もあり人通りは少ないのが救いだけれど、駅前に近づけば近づくほど怪しまれるだろう。


 理恵さんはまたもや駅の方へと向かう道へと曲がっていった。

 それを、またも駆け足で追う二人。


「お姉ちゃん、駅の方に向かって行ってるみたいね」

「そうだな。正直、電車に乗られたら困るぞ?」


 もしも仮に、理恵さんが電車で終点まで乗車したら、俺と黒亜は始発列車までどこかで時間をつぶさなければならないのだ。


「まあ、そうなった時はなるようになれってことで!」


 そう言って、再び角を曲がった理恵さんを追うようにして、黒亜が夜道を駆け出そうとする。


「危ない!」


 刹那、俺は咄嗟に黒亜の腕を掴み、引っ張ってこちらへと抱き寄せた。

 黒亜が飛び出しかけた道を、一台の自動車が猛スピードで目の前を通り過ぎていく。


「ったく、気を付けろ。尾行中に事故なんて起こしたら洒落にならねぇぞ」

「ごめん、ありがとう……」


 俺に身体を抱き寄せられ、黒亜は頬は赤く染まっている。


「ほら、行くぞ!」

「あっ……うん」


 黒亜の手を引いたまま、今度は俺が先導する形で理恵さんの後を追って歩いて行く。

 心なしか、黒亜の手はひんやりと冷たい。

 恐らく、理恵さんがどこへ向かうのか不安でいっぱいなのだろう。

 なら俺に出来ることは、少しでも黒亜の安心させてあげることだけ。

 心細い暗い夜道を、俺は力強く進んでいき、理恵さんの後を追っていく。


 しばらくして、駅前の大通りへとたどり着いた。

 ここまでくれば、深夜帯の時間帯であっても人通りが多いので、人込みに紛れて理恵さんの近くまで気づかれずに接近できるだろう。

 俺と黒亜はさらに歩調を速めて、理恵さんの後をついて行く。

 そしてついに、駅の改札口へと向かう出入口に理恵さんが差し掛かり、駅構内へと入るかと思いきや、そのまま真っ直ぐ進んでいってしまう。


「あれ……電車に乗らないのか?」

「みたいだね」


 理恵さんは駅前を素通りして、高架になっている線路下をくぐって、駅の反対側へと向かって行ってしまった。

 俺と黒亜は一度顔を見合わせてから、再び理恵さんの追跡を再開する。

 そのまま理恵さんは、駅の反対側の住宅街を進んでいき、さらに細い道へと入っていく。


「お姉ちゃん、一体どこに向かってるんだろう」


 俺たちがいるのは、街頭の明かりだけがともる、薄暗い閑静な住宅街。

 もちろん、夜のお店のようなものもなければ、人通りもほとんどない。


「やっぱり、本当に彼氏が出来たのかな……」

「ま、まだ決まったわけじゃないだろ。落ち着けって」


 黒亜の震える手を、さらに力強くぎゅっと握りしめる。

 その時である、とあるマンションの前に差し掛かった理恵さんが、進行方向を変え、エントランス内へと入っていったのだ。

 俺と黒亜は、慌てて理恵さんが消えて行った建物の前へと駆けていく。

 マンションの入り口に到着すると、丁度理恵さんがエントランスのインターフォンで誰かに話しかけ、マンション内へと入っていく所だった。

 すると、黒亜がスルリと俺の手から離れ、エントランスへと駆け込んでいく。


「おい、黒亜」 


 俺の制止の声も虚しく、エントランスホールの扉が閉まりかけたところで――


「お姉ちゃん!」


 と、理恵さんに向かって大きな声で黒亜が叫んだ。


 エレベーターホールでエレベーターを待っていた理恵さんは、こちらを振り向くと、黒亜の姿を見て驚いたように目を見開いた。

 理恵さんは慌ててエントランスへと近づいてきたかと思うと、中から扉を開けてくれる。


「黒亜ちゃん⁉ 一体どうしてここにいるの?」


 黒亜は、息を荒げながら口を開く。


「お姉ちゃんが心配で後を付けてきたの! ねえ、お願いだからこんなところで何をしてるのか教えて! 彼氏の家に行ってるなら私にその人を紹介して!」

「か、彼氏? なんで私が彼氏なんて作らなきゃいけないの?」

「お願いだからもう嘘はつかないで! 本当の事を教えて!」


 黒亜が必死に理恵さんへ訴えかけている間に、俺もエントランス内へと足を踏み入れた。


「礼音君まで……まさか二人で後を追ってきたの⁉」

「どうも理恵さん。さっきぶりです」


 俺は、ぺこりと理恵さんへお辞儀を返す。


「俺からもお願いします理恵さん。黒亜に本当の事を教えてやってください」


 俺が真剣な声でお願いすると、理恵さんは懇願する二人を交互に見つめてから、諦めたようにはぁっと深いため息を吐いた。


「もう……分かったわよ。ここまでされたら仕方ないわね。私が今何をやってるのか、見せてあげるわ」


 理恵さんはようやく観念したらしく、一体何をしているのか、二人に打ち明けてくれるらしい。


「さっ、こっちよ、入って来て頂戴」


 理恵さんに促されて、俺たちはマンションのエントランスをくぐり、エレベーターホールへと向かっていく。

 三人の間には、緊張感が漂っていた。 


 果たして、理恵さんが隠していたこととは一体なんなのか……。

 その答えは――

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