第25話 幼馴染の耳かきテク

 突然、黒亜から放たれた耳かきという言葉に、俺は唖然としてしまう。


「は、はぁ⁉ 何言ってんのお前⁉」

「だっ、だから! アーシが耳かきしてあげるって言ってんの!」

「待て待て待て、どうしてそうなる⁉」

「そりゃだってアンタ、その奥沢さんって人に耳かきしてもらったんでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「なら、アンタとの付き合いが長いアーシが耳かきしてないとか、不公平だし!」

「いや、そこで張り合う必要ないだろ!」

「別に張り合ってないっての! あぁーっ、もう!!! いい? アーシがアンタに耳かきするまで、今日は家に帰らせないから! 覚悟しとけっての!」


 黒亜は顔を真っ赤にしながら、理路整然としない言い分を叫ぶ。


「あーもう分かったから。大人しく耳かきされればいいんだろ!」


 言いだしたら聞かない黒亜の性格をよく分かっているので、俺は半ば諦めたように耳かきされることを承諾した。


「ふんっ、最初っから素直にそう言えばいいんだし。ちょっと綿棒持ってくるからそこで待ってて」


 そう言って黒亜は立ち上がると、綿棒を探しに寝室の方へと向かって行ってしまう。


「ったく、こっちが折れてやったってのに、なんであいつは上から目線なんだよ……」


 寝室に向かって行く黒亜を見送ってから、俺は改めて我に返る。

 ってか冷静になって考えてみたら、黒亜に耳かきしてもらうとかどんな状況だよ⁉

 まさか奥沢さんに続いて、黒亜に耳かきをされる日が来るとは……。

 これは本当に現実なのだろうか?


 頬や手の甲をつねってみるものの、普通に痛みを感じるので、どうやらここは現実のようだ。

 俺が現実を受け入れられずにいると、黒亜が寝室から戻ってくる。

 黒亜の手には、綿棒や梵天など、耳かきグッズが何本か用意されていた。


「ほら、さっさとこっちに来なさいよ」

「へいへい」


 俺は立ち上がり、机の向かい側に座った黒亜の元へと向かう。


「んじゃ、そのままアーシの膝の上に頭乗せてみ?」

「だからなんで上から口調なんだよ……」

「いいから早くしろっての! アーシだって恥ずいんだから……」


 いや、目を逸らしてモジモジしながら言われましても……。

 黒亜の頬は、茹でだこのように真っ赤だ。

 全く、恥ずかしいなら耳かきするまで帰れまテンなんてやらなきゃいいのに……。

 そう思いつつも、黒亜の耳かきを受けると言い張ってしまったのは自分も同じ。

 ここで折れるわけにはいかなかった。


「わかったよ、ほれ……」


 ムードもなしに、俺は場所を調整してから身体を倒して、そのまま黒亜の太ももの上へと頭を乗せた。

 しかし、後頭部が黒亜の太ももへ触れた途端、ふわっと頭を受け止めてくれる女の子らしいしなやかな弾力に包まれて、雰囲気が一変。


「ど、どう? アーシの膝枕?」


 黒亜をちらちらと俺を覗き込むようにして、しおらしく尋ねてくる。

 何とも言えぬ妙な空気感に押しつぶされそうだ。


「お、おう……まあ、悪くないんじゃないか?」

「なにそれ。結局どっちなワケ?」


 眉間に皺を寄せてむすっとした顔をする黒亜。

 納得が行っていないご様子だったので、俺はストレートな感想を口にする。


「正直に言うと、普通に黒亜も女の子のなんだなって感じ。太ももとか丁度いい感触で、ちょっと感動してる」

「なっ……」


 すると、黒亜は顔を真っ赤に紅潮させる。


「マジレスすんなバカ!!」


 恥ずかしすぎたのか、近くにあったクッションで俺の顔を殴ってくる。


「やめろって! ほんとのこと言っただけじゃねーか!」


 ポコポコクッションで叩いてくるのを手でガードし終えると、黒亜はぜぇ……ぜぇ……っと荒い呼吸を繰り返す。


「はぁ……なんで私、アンタに耳かきする前にこんなに疲れてるんだし」

「それはこっちのセリフなんだが⁉」

「はいはい、もうとっとと耳かきしてあげるから、横向いて!」


 パンパンと切り替えるようにして手を叩き、黒亜が横になるよう指示してくる。

 俺はこれ以上変な気を起こさぬよう、膝側へ顔を向けようとすると、強制的にガシッと顔を掴まれ、黒亜の身体側へと倒された。

 グレーのパーカー越しに、黒亜のふわりとした甘い香りが漂ってきて、頭が一瞬くらっとしてしまう。


「……こっち側向いてた方が落ち着くっしょ?」

「いや、むしろ落ち着かないんですが……」

「はいはい、嘘乙。いいからアーシの膝枕で素直にリラックスしろっての」


 黒亜は聞く耳を持たず、満足そうな声を上げる。


「そんじゃ、早速左耳から耳かきしてくねー」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 黒亜が思いきり綿棒を突っ込んできて鼓膜を破らないかそわそわして身体をこわばらせていたけれど、それは杞憂だったらしい。


 シャリッ……。


 耳の輪郭の方から、優しい手つきで耳かきを始めてくれる。


 シュル……シュル……シュル。

 シュリ……シュリ……シュリ。


「どう、意外とうまいっしょ?」


 俺の気持ちを見抜いているかのように、黒亜はにやにやした声で尋ねてくる。


「うん、正直めっちゃ驚いてる。凄くいい感じ」

「へへーんだ。アーシだってアンタの事、耳かきで気持ちよくできるんだぞーって所、見せないといけないからね」


 サクッ……サクッ……サクッ……。

 シャッ……シャッ……シャッ……。


 その後も、丁度いい力加減で、黒亜は耳の外側を掃除してくれた。


「よーし。それじゃあ今度は、お耳の穴の方を掃除していくねー」


 優しく耳元で囁かれ、俺は思わず身震いしそうになるのを必死に堪えた。

 ここでビクッ、なんて跳ねてしまったら、黒亜に馬鹿にされるのが目に見えているからな。


「それじゃ、行くよー」


 そしてついに、ゆっくりと綿棒が礼音の左耳へと侵入してきた。


 カリッ……カリッ……カリッ……。

 シュパッ……シュパッ……シュパッ……。


 最初は奥まで突っ込まず、手前の方を優しく綿棒で撫でるように掃除していく。

 そのくすぐったさに耐えられず、俺は無意識に身体をピクンと軽く震えさせてしまう。


「ふふっ……気持ちいい? そんじゃ、次はもっと奥掃除していくよ」


 俺が気持ちよさそうに身体をビクビクさせるのを、黒亜は馬鹿にすることはなく、むしろ嬉しそうに微笑みながらさらに綿棒を奥へと突っ込んでくれる。


 カキッ……カキッ……カキッ……。

 ガリィ……ガリィ……ガリィ……。


「あっ……それっ、ヤバッ……」


 綿棒を突っ込まれ、ついに俺は根を上げて声を出してしまう。


「んふふっ……どう、アーシの耳かき気持ちいいっしょ?」

「うん、想像してたよりもはるかに気持ちいよ」

「なら良かった。そんじゃ、いーっぱいアーシの耳かき堪能してね」


 ジョリ……ジョリ……ジョリ……。

 ゴリッ……ゴリッ……ゴリッ……。


「あぁ……めっちゃいい」

「ふふっ、情けない声出しちゃってさ。全くもう、可愛いんだから」


 そう言いつつ、黒亜は大胆かつ丁寧に、俺の左耳を綺麗に掃除してくれた。

 幼馴染の耳かきに、俺の身体がへにょへにょになってしまったところで、再び優しい声がかけられる。


「はーい、そんじゃ。次は反対のお耳掃除していくから、ゴローンってしようねー」


 まるで赤子をあやすような口調で言われ、俺は素直に従って身体を反対側へと向ける。


「よしよーし。いい子、いい子。そんじゃ、反対側の耳も掃除していくよー」


 耳の外側を綺麗にまた掃除してくれてから、今度は黒亜が梵天を手にした。


「それじゃあこっちのお耳は、梵天でお掃除していくね」


 黒亜がゆっくりと俺の耳の穴へと梵天を突っ込んでいく。

 梵天の綿の部分が耳穴の側面の当たった途端、俺はビクビクっと今日一番の身震いをしてしまう。


「ふふっ……くすぐったかったかな? 大丈夫、すぐに気持ちよくしてあげるから」


 そう言って、黒亜は梵天をくるくるーっと回転させながら耳の奥へと突っ込ませていく。


 ガリィ……ガリィ……ガリィ……。

 シャリシャリ……ザクッ、ザクッ……。


 梵天特有の柔らかい肌触りが直に伝わり、俺の耳はどんどん蕩けて行ってしまう。


「はぁ……ヤバイ最高過ぎる」

「えへへっ……幼馴染耳かきでトロトロに蕩けちゃえー」


 こうして、二人だけの甘々な空間に包まれながら、俺はふと思い出した。

 今日、俺が黒亜の家を訪れた、本来の目的に……。

 成り行きで耳かきしてもらうことになっちゃったけど、随分と黒亜手馴れてるな。

 もしかして、黒亜が夏川ゆらだったりするのか?

 そんな疑問を持ちつつ、黒亜の様子をちらりと窺ってみると、彼女は慈愛に満ちた表情を浮かべて、献身的に耳かきを続けてくれていた。

 ふと、俺と黒亜の視線が交わる。


「ん、どうしたの?」


 その優しい問いかけに、俺は視線を逸らして答える。


「いやっ、随分手馴れてるなと思って」

「そうかな? こんなもんじゃない?」


 ジョリ、ジョリ、ジョリ。

 ワシャ、ワシャ、ワシャ。


「あっ……キモチイイ」

「ふふっ、もっと気持ちよくさせちゃうぞー」


 ダメだ、真相を聞き出そうとしたもののはぐらかされた。

 それに、耳かきが気持ちよすぎて、すぐに情けない声が出てしまうから追及も出来ないよぉぉぉー!!


 黒亜の耳かきに完全昇天しかけ、だらしない顔を浮かべていた時だった。

 ガチャリと玄関の扉が開き、理恵さんが家に帰ってくる。


「ただいまー。黒亜、ミルクティーとババロア君買ってき……。あらあらぁー! 二人とも、いつの間にそんなイチャイチャする関係になったのぉー⁉」


 膝枕しながら仲睦まじい様子で耳かきをしている二人を見て、理恵さんが両手を頬に当てて興奮した声を上げる。

 その姿を見られた黒亜は、足をプルプルと震えさせたかと思うと……。


「ち、ちっがーう!!!!」


 っと、大きな声が、夜の住宅街に響き渡るのであった。

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