第26話 もう一人の人物の探り
翌日、真相が分からぬまま、学校へ登校して、迎えた昼休み。
「なぁ悠羽」
「なに、雪谷」
昼ご飯を食べ終えてから、俺は自席で本を読んでいた悠羽に声をかけた。
普段、あまり俺から悠羽へ声をかけることがないので、不審がっているのだろう。
悠羽は眉を顰めながらこちらを睨みつけてくる。
俺は、悠羽の警戒を解くようにして口元に手を当て、小声で話しかけた。
「折り入って相談があるんだけど、今からちょっと時間あるか?」
「ヤダ」
まさかの全力拒否である。
「まだ内容も言ってないのにそんなきっぱりと断らなくてくれよ……」
「雪谷からぞっと寒気を感じた。ろくな相談じゃないってことがわかる」
「そ、そんなことないって。ちょっと奥沢さんとのことで相談があっただけだってば」
「悩んでるぐらいなら、直接奥沢優里香本人に聞けば?」
「ぐっ……それが出来れば苦労しねぇっての」
もちろん、俺の要件とは、奥沢さんのことではない。
俺はもう一人の夏川ゆら候補である悠羽に、やんわりと自然な流れで軽くASMRについて聞こうしたのだが、悠羽の察しが良く、警戒心丸出しでこちらの様子を窺ってきているのだ。
こりゃ、手ごわい予感がぷんぷんしてるなぁ……。
糸口を掴めぬまま、俺が苦虫を噛み潰していると、悠羽が呆れたようにため息を吐く。
「分かった。仕方ないから、今回は特別に話だけは一応聞いてあげる」
「助かるよ……」
「でも、今は気分が乗らないから、放課後理科実験室に来て」
「了解」
「ってことで、そんじゃ……」
そう言って悠羽は席を立つと、すたすたと歩いて教室を出て行ってしまう。
相変わらず何を考えているのか読めない奴だ。
教室を出ていく悠羽を見送っていると、後ろからトンと肩を叩かれる。
「どうだ、悠羽は違っただろ?」
振り向けば、台賀が恐る恐るといった様子で俺に尋ねてきた。
「話があるって言ったら、放課後に聞いてあげるって言われて今は何も聞けなかったよ。ってか、気になるなら自分で聞けよ」
「ふっ……バカ野郎。俺に悠羽ちゃんが本当のことを話してくれるわけがないだろ」
「自覚はあるんだな」
ってか、そんなことをドヤ顔で堂々と言われても……。
「まあでも、約束を取り付けられただけ良かったじゃねーか。俺なんて、いつも門前払いだぜ?」
「そりゃ、毎回雑巾のようにあしらわれてる奴に、放課後誘われても、絶対取り合ってくれないだろうな」
「チッチッチ、甘いな礼音」
台賀は指を振りながら、得意げに言ってくる。
「あれは愛情の裏返しなんだよ。そんなことも分からないようじゃ、悠羽から真相を聞き出すのは至難の業だぜ」
「いや、少なくともお前よりはまともに会話できる自信あるわ。お前のはポジティブという名のただの現実逃避だろ……」
「う、うるせぇわい! お前には分からないだろうな。悠羽に毎日踏みにじられる気持ちがな!」
「そりゃ分からねぇよ。そもそも悠羽に踏みつけられたことないし」
俺は台賀と違って、ただ真相を突き止めたいだけで、悠羽に踏みつけられたいとかいう願望はないのだから。
「ってかよくよく考えてみると、クラスではなんやかんや悠羽と関わってるのに、教室以外での悠羽のことって全然知らないよな」
「放課後は部活、バイトある日はバイト、家に帰ったら読書してることが多いらしいぞ」
「おい待て、なんで礼音は知ってるんだよ⁉ 俺ほぼ全部初耳なんだが⁉」
「まあ、俺は中学からの付き合いだから」
「くぅぅぅぅ!!!! 礼音テメェ!」
「はいはい、まっ、せめて俺よりも深い部分を知れるようにせいぜい頑張るんだな」
悔しそうにむせびなく台賀を置き去りにして、俺は自席へと戻る。
とはいっても、俺が悠羽から聞いたのはすべて初期の頃の話。
今はどういう生活をしているのか、俺も詳しくは知らない。
もしかしたら、悠羽が夏川ゆらという可能性だって十分に出てきているのだから。
そして、俺にはもう一つ疑問に思っていることがある。
手紙がロッカーに入っていたあの日の放課後、悠羽が黒亜と正門までバチバチと険悪な雰囲気を纏っていたのは何だったのか。
この二つの疑問を、悠羽に問い詰める必要があった。
「まっ、せっかく時間取ってくれたんだし、少し踏み込んで質問してみるか」
◇◇◇
そういうわけで、迎えた放課後、俺は教室で明日の宿題や課題を済ませてから、理科実験室へと向かった。
ドンドン。
「……どうぞ」
扉をノックすると、中から無機質な悠羽の声が聞こえてくる。
ガラガラガラ。
「失礼します」
スライド式の扉を開けると、理科実験室には悠羽一人しかおらず、何やらフラスコを使って黙々と科学実験を行っていた。
この前同様、悠羽は制服の上に白衣を羽織っている。
部活時は、いつも着けているようだ。
にしても、一クラス収容できる理科実験室内で、一人ポツンと実験を行っている姿は、どこか寂しげで、哀愁が漂っている。
俺は手近な木椅子を手に取り、黒板前の机で実験をしている悠羽の向かい側へと腰かけた。
「……何の実験してるんだ?」
「見ての通り水を沸騰させてる」
「いや、そりゃそうなんだけど。そのあとどうするんだ?」
「見てれば分かる」
そう言われてしまったので、俺はしばし悠羽の実験を観察することにした。
ブクブクと三角フラスコの中で沸騰し始めたお湯を、悠羽はビーカーへと移し替えると、どこから取り出したのか、スティック状のココアパウダーを取り出して、ビーカーの中へと投入。
そして、ガラス管でぐるぐるとかき回していくと、温かいココアが完成する。
「はい、どうぞ」
悠羽はそう言って、ビーカーに入ったココアを差し出してきた。
「なぁ……このビーカーで、何か他の実験とかに使ったりしてないよな?」
「さぁ? まっ、仮に使ってたとしても、実験ごとに消毒洗浄してるから、普通のコップ同様より安全だと思ってもらって平気だよ」
「なら大丈夫か? いただきます……」
多少の不安を覚えつつ、俺は恐る恐る、ビーカーに注がれたココアをちびちびと啜った。
「んで、私に相談って何。恋愛ごとに関しては私、大した意見出せないんだけど」
「いや、今日はそう言う類の話じゃないから安心してくれ」
俺はビーカーを机に置いてから、改まった様子で一つ咳払いをして、真剣な表情で悠羽を見つめた。
「ほら、この前悠羽言ってただろ? 『奥沢優里香に深く関わり過ぎるな』って」
「うん、言ったね」
それは、俺と奥沢さんが仮の関係であることを伝えた時、悠羽が俺に言い放った言葉である。
奥沢さんのことで相談があると言って時間を取ってもらった建前上、そこから話を膨らませていかなければならないのだ。
「それってつまり、俺に害が及ぶような事が起こる可能性があるから、悠羽なりに注意してくれたってことなんだろ?」
「……まっ、その辺りの解釈は雪谷に任せるよ」
そう言いつつ、悠羽は実験器具を片付け始める。
俺はさらに、悠羽へ質問を続けた。
「奥沢さんの秘密、悠羽は何か知ってるんだろ?」
「……どうしてそう思うわけ?」
「じゃないと、あんな必死こいて警告する必要もないしな」
「……なるほど。つまり雪谷は、私が奥沢優里香の素性を何か知ってるんじゃないかって勘繰ってるわけ」
「人聞きが悪いな。ただ、ちょっと悠羽の言葉に引っ掛かってるだけだ。それとも、言えない事情があるのは、悠羽自身の方だったりしてな?」
俺がにやりと口角を上げて探りを入れてみると、悠羽の手が一瞬ぴたりと止まった。
が、すぐにため息を吐いて作業へと戻る。
「私が何か隠してるって言いたいわけ?」
「それを図るために、悠羽に折り入ってお願いがある」
「……何?」
俺は椅子から立ち上がり、鋭い視線で悠羽を見つめて言い放った。
「俺に耳元で囁いてみてくれ」
瞬間、すっと悠羽の態度が冷めたものに変わる。
「……呆れた。雪谷まで石川と同類のクソ野郎に成り下がるとは」
「ち、違うぞ。俺はただ。念のため確認したいことがあってだな。別にお前にASMR声で耳元で囁かれたいとか、そう言う意味で頼んでる訳じゃ――」
「あーはいはい。もういい分かったから」
そう言って、悠羽はゴミを見るような目で俺を見つめながら、こちらへと近づいてくると――
「このザーコ」
っと、罵倒セリフを俺の耳元で囁いてくれた。
刹那、ぞくっと俺の身体に寒気が生じる。
「はい、これでいい? 用件が済んだなら、もう出てって」
悠羽はこれで終わりといった様子で、踵を返して実験用具を片付け始めてしまう。
「ちょっと待ってくれ悠羽!」
「……何、まだなんかあるわけ?」
悠羽は呆れた様子でこちらを見据えてくる。
俺は生唾をごくりと飲み込んでから、勇気を振り絞って口を開いた。
「この前、黒亜と険悪な雰囲気だった時のことなんだけど……」
俺が恐る恐る話題を口に出すと、悠羽の表情がすっと冷たいものへと変わる。
「ごめん、そのことについては何も語りたくない」
悠羽の口調は無機質で、それ以上触れることが許されないような肌寒さを感じた。
「わ、悪い……変なこと聞いて」
「分かってくれればいい」
「それじゃ、邪魔したな」
俺はそのままカバンを持って理科実験室を後にしようとする。
「ASMR、罵倒、マゾ、サキュバス」
「……え?」
俺が教室を出ていこうとすると、悠羽が謎のワードを羅列した。
「今の言葉、Y〇utubeの検索エンジンに掛ければ、雪谷の知りたい情報の一つは出て来るかもね」
そう言い残して、悠羽は実験室から奥にある準備室へと入って行ってしまった。
悠羽が最後に与えてくれたヒント。
俺は慌ててその場でスマホを取り出して、Y〇utubeを開き、検索エンジンに先ほどの三つのワードを入れ込む。
すると、罵倒系サキュバス系ASMR配信者がバババっと表示された。
この中に……俺が知りたい真相があるって事なのか?
俺はその真相を確かめるため、急いで家に帰り、罵倒系配信者のアーカイブを、片っ端から調べてみることにした。
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