第14話 イチャバレ
夜、自室のベッドに寝転がりながら、新しいASMR実況者開拓を行っていると、まるでティラノサウルスかというように、ドスドスとした地響きを起こしながら、階段を上ってくる足音が鳴り響く。
直後、ドンドンと俺の部屋のドアがノックされる。
なんだよ、せっかくいい感じの配信者を見つけたところだったのに……。
「……はーい」
そんなことを思いながら、俺が不機嫌そうな声で返事をすると、バタンと部屋の扉が思い切りよく開かれる。
現れたのは、すごい剣幕な表情を浮かべ、仁王立ちしてこちらを睨みつけくる妹の紫音だった。
「何呑気に寝っ転がってんのよバカ兄貴!」
開口一番、紫音は罵倒の言葉を浴びせてくる。
ったく、連日切れ散らかしてなんだってんだよ……。
にしても、紫音の方から連日話しかけられるなんて、珍しい事もあるんだな。
まっ、機嫌が悪いことに変わりはないけどね。
「どうした? そんな物騒な顔して?」
俺は重い身体を起き上がらせ、ベッドの胡坐をかいて座り紫音と向かい合う。
「どうしたじゃないわよ! あんたのせいで私がどれだけ学校でとばっちり食らってると思ってるの⁉ クラスのみんなからLI〇Eの通知止まんないんだけど! 責任取ってよね!」
「えぇー……」
そんなに広まってるのか、俺の
まあでも、今回に関しては俺が全面的に悪いから、仕方がないっちゃ仕方ないか。
「で、何か言うことはないわけ?」
紫音は眉間に皺を寄せたまま、腕を組んで俺を睨みつけて暗に謝罪を要求してくる。
「今回の件は、完全に俺の不注意だった。そのせいで、紫音にまで恥をかかせることになって本当に申し訳ない」
俺は、誠意をもって紫音に対して謝罪の言葉を口にした。
「べ、別に、謝るような事じゃ……兄さんの勝手だし? でも、私からするとちょっと複雑というか……」
別に謝って欲しいかったわけではなかったらしい。
紫音がゴニョゴニョと呟いていたものの、何を言っているのか分からなかった。
俺が疑問に思って首を傾げていると、紫音は
「それで、いつからなわけ?」
「いつから?」
いつからってなんだ?
あーっ!
もしかして、学校でASMRを聞くようになった時期って事か。
「正確には思い出せないけど、大体一年位前かなー。ボーっとしてたらたまたま見かけて、そこから徐々にヒートアップしていったというか」
「い、一年前から⁉ ふ、ふーん、なるほどね。徐々に魅力に気付いていったってこと。それで、決め手は何だったの?」
「決めてか……。うーん、一言で言い表すのは難しいけど、やっぱり声を聞くだけで胸が締め付けられるような思いになるというか、切ない気持ちになる事が多くなっていって、気づいたらもう彼女なしじゃ生きていけなくなってたって感じ?」
「うわぁ……聞いてるこっちが恥ずかしい」
「わ、悪かったな……!」
なら聞くなよとは言えないし……。
というか、なぜ妹相手にASMRに
「それで、ここ最近になってバレちゃったってわけ」
「べっ、別に知られたくて知られたんじゃねよ。あれは事故みたいなもので、今までは密かにしてたわけだし」
「全然密かじゃないわよ! あんな公共の場で堂々としてたくせに、よくそんなことが言えるわね!」
「いや、違うんだって……あれは膝枕耳かきシーンが運悪く公開されちゃったのが悪かっただけで――」
「何が運悪くよ! あんなことしてたら、誰だって驚くっての! もう学校中に噂が広がってるし!」
「まじか……」
そこまでやばかったの⁉
まあ、授業中にASMR居眠りしながら聞いてたってなりゃ、それはある意味伝説にもなるけども……。
「それで、どうして今日に限ってそんなことしてたわけ?」
「今日? いやっ、バレたのが最近ってだけで、実を言うと三カ月前くらいからやってたぞ」
「さ、三カ月も前から⁉」
紫音はたいそう驚いた様子で目を見開いたかと思うと、何やらぶつぶつとまたも独り言をつぶやき始める。
「まあ、今までばれなかったこともあって、正直気が緩んで部分はあったと思う」
「いや、いくら何でも緩み過ぎ! 寝巻のまま学校に登校するレベルでユルユルだから!」
「そ、そこまでか⁉」
まあ確かに、昼休みにASMRを聴きながら居眠りとか、今考えてみれば堂々とし過ぎていたのかもしれない。
結局そのまま眠りについてしまい、気づいたときには午後の授業が始まっていて、黒歴史へと化したのだから。
「まあでも、あんたが本当に奥沢先輩の事が好きなことは分かったわ」
「……はっ?」
妹から放たれた奥沢先輩という名前を聞いて、俺は意味不明だといった様子で頓狂な声を上げてしまう。
ASMR事件の話をしていたはずなのに、どうして奥沢さんの名前が出てくるんだ?
「な、なによ?」
俺が目をパチクリとさせながら紫音を見つめていると、ぎろりとした視線を向けられた。
「一応確認なんだけど、今俺たちって何の話してた?」
「は、何言ってんの? あんたと奥沢先輩が付き合ってるっていう話に決まってるじゃない」
「……はぁぁぁぁぁ⁉」
紫音から放たれたとんでもない新情報に、俺は驚愕の声を上げてしまう。
「なっ、なによ急にそんな大声出して」
怪訝な顔をする紫音に対し、俺は慌ててベッドの上から飛び降り、紫音の元へと近づいていく。
「なんだよそれ?! どうしてそんな噂が広がってるわけ⁉」
「そりゃだって、昼休みにあんなに堂々と二人でいちゃついてたら噂にもなるっての」
「やっちまったぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!」
俺は頭を抱えながら天に向かって叫ぶ。
思い当たるのは今日の昼休み、テニスコート脇のベンチで奥沢さんに膝枕してもらいながら昼寝を謳歌していた時のこと。
まさか、誰かに見られていたとは……!
「はっ……待てよ。今お前、学校中で噂になってるって言ったよな?」
「当たり前でしょ。だってあんたみたいなボンクラと、奥沢先輩みたいな美少女が付き合ってるとか、スキャンダルにもほどがあるでしょ。ってか、あんたは何の話だと思ってたわけ?」
「俺はてっきり、この前のASMR事件が学校中に広まって噂になってるのかと……」
「バカじゃないの⁉ あんたが何か学校でしでかしたくらいで、全校生徒の間で噂されるわけないでしょ!」
昨日は私の顔に泥を塗らないでとか言ってたのに⁉
にしてもなんてこった。
俺と奥沢さんの膝枕現場が見られていたなんて……。
「ってか待てよ。これ、まじでまずいヤツじゃ……」
「あんた、明日から注目の的ね」
まずい、まずい、まずい!!!!
ただでさえ奥沢さんは、清楚ビッチという噂が立てられているというのに、俺と付き合っているという噂まで付いてしまったら……。
俺は咄嗟に、紫音の両肩をガシっと掴んだ。
「きゃっ……ちょっと、急に何するのよ⁉」
「協力してくれ」
「はぁ⁉」
ぶすっとした顔を浮かべる妹に対して、俺は切羽詰まった口調でまくし立てる。
「俺は奥沢さんと付き合ってない。この前、奥沢さんがナンパされているのを助けたお礼をしてもらってただけなんだ!」
「……はぁ⁉ なにそれ意味わかんないんだけど! ってことは何。あんた、奥沢先輩と付き合ってもないのに、あんな公衆の面前で堂々と膝枕とかしてもらってたわけ⁉」
「そうなんだけど、あれは奥沢さんがいいよって言ってくれたからで……」
「うっさい死ね! 善意に付け入って膝枕させるとか最悪すぎ!」
「だから違うんだって!」
必死に説得するものの、完全に紫音の脳内では俺が無理強いしたことになってしまっているらしい。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……。頼む紫音、今すぐ連絡先知ってる学校の奴ら全員に、その噂はデマだって送ってくれ」
「な、なんで私がそんな面倒なことしなきゃならないわけ⁉」
「頼むよ! 紫音しか頼れる人がいないんだ!」
「そ、そんなの自分でどうにかしなさいよ! あぁもう! 私の心の動揺を返せこのバカ兄貴!」
そう言い残して、紫音はドスドスと足音を立てて部屋を出て行ってしまう。
一人取り残された俺は、ひとまずスマホを手に取り、当事者である奥沢さんへ連絡を取る。
『どうしよう奥沢さん、なんか今日の昼休みの光景見られてたらしくて、俺と奥沢さんが付き合ってるっていう噂が広まってるみたいんだんだけど……』
すると、すぐさま奥沢さんからの返信が来て……。
『私の方にも今凄い通知が来てる。ごめんね。私が安易に膝枕なんてしちゃったから』
『いや、奥沢さんは悪くないよ。あそこで誘惑に負けた俺が悪いんだし』
『ううん。私が人目が少ないことをいいことに羽目を外しちゃったから』
『いやいや、俺が――』
そんな押し問答を続けていると、奥沢さんから違う言葉が返ってくる。
『雪谷君は、私と恋人だって噂立てられるの、迷惑だった?』
俺は、すぐさま返事を返す。
『俺は迷惑じゃないけど、むしろ奥沢さんの方が迷惑かかってるんじゃない?』
『ううん。私はむしろ、好都合だと思ってたりするんだ』
『えっ……ど、どういうこと……?』
てっきり俺は、奥沢さんの方が迷惑していると思っていたので、訳が分からぬまま返信を待つことしか出来ない。
『明日の朝時間取れたりする? ちょっと話し合いたいことがあるの』
恐らく、奥沢さんはメッセージで伝えるより、直接話した方がいいと考えたのだろう。
俺も、その提案に乗っかることにした。
『分かった。なら、明日の朝、図書室集合で』
『うん、よろしく。明日は大変だと思うけど、お互い頑張って乗り切ろうね! それじゃ、お休み』
『お休み』
そこで、奥沢さんとのやり取りがひと段落してしまう。
「はぁ……なんてこった」
もっと気を引き締めておくべきだった。
明日の学校で、どう噂されるのか、自分でも全く予想がつかない。
「ここまで来たらもうどうにでもなれだな。明日の俺に任せよう」
俺はベッドに寝転がり、ゆらちゃんのASMRのアーカイブを聴きながら、現実を逃避した。
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