第11話 どん底の中に現れた女神

 クラスメイトからの突き刺さる視線に何とか耐えきって迎えた昼休み。

 俺は気疲れにより、ぐったりと机に突っ伏してしまう。


「はぁ、周りからの視線って、耐えるのこんなに辛いのか……」


 精神力はすり減り、ストレスは爆発寸前まで達していた。

 本当であれば、今すぐにゆらちゃんの耳かきASMRを聴いて癒しを求めたいところだが、ここでイヤホンを取り出したらまた揶揄やゆされるだけなので、ぐっと我慢する。

 すると、台賀が俺の席へとやってきた。


「よっす礼音。飯どこで食う?」


 普段なら教室で昼食を取るのだが、台賀も一応気を配ってくれているのだろう。


「いや、今日は俺昼飯いらねぇ。胃がムカムカしてて食欲が全然湧かない」

「何か食っといたほうがいいぞ? 午後の授業耐えられなくなるから」

「後で適当に購買で余ってるパンでも適当に買って、軽く食べておくよ」

「そっか。なら俺は、部活の奴と食うことにするわ」

「悪いけど、そうしてもらえると助かる」


 話を終え、台賀が部活仲間と飯を食いに食堂へと向かっていくのを見届けてから、俺はおもむろに席を立ち上がった。

 両手をズボンのポケットに手を突っ込み、身体を縮こまらせ、人目を浴びぬようにして、そそくさと教室を出て行く。

 

 廊下を歩いて行き、階段を上った先にある特別棟へと続く渡り廊下を渡る。

 目指した先は、特別棟三階にある図書室。

 中に入ると、図書室は教室棟から離れていて飲食禁止ということもあってか、利用者の姿はほとんど見られない。


 貸し切り状態の中、俺は読書スペースの長机の端に座り、椅子の背もたれにもたれかかり、ため息を吐いた。


「はぁ……やっと一人になれた」


 周りの視線から解放され、ようやく気を緩めることが出来た。

 にしても、人から一斉に悪い意味で注目を浴びるのが、こんなにも息苦しいとは……。


「はぁ……どうしてみんな理解してくれないんだろうな……」


 俺は頬杖を突きながら、窓の外に見えるテニスコートをボーっと眺つつ、そんな独り言を呟いてしまう。


 恐らく、ASMRがアダルトコンテンツにも普及したことにより、どうしてもASMR=エロコンテンツという認識が高校生には強いのかもしれない。

 もちろん、流行りのVtuberが健全なASMR配信を行ったりしているものの、ああいったバイノーラル音声で、女の子に耳かきをしてもらうというシチュエーションコンテンツは、いかがわしいものとして捉えられてしまうようだ。

 まあ、いじり対象のいいエサにはもってこいだもんな。

 それを今日、身に染みて実感した。 


 例えは違うけど、などがいい例だろう。

 元々あれは、として、肩回りなどをマッサージする用途で使われるはずの商品だったにもかかわらず、今ではエロ方面で使われる用途の道具であると間違って認識されているふしがある。

 ASMRも元々は睡眠補助、ストレス解消やリラクリゼーションが目的とされていたにもかかわらず、いつの間にか性的興奮をそそるためのコンテンツとして認識されてしまっているのだ。


 まあでも、それで世間に認知されてしまったのは事実なので仕方がないし、それで俺が馬鹿にされるのはまだいい。

 けれど、ゆらちゃんのASMRコンテンツをろくに調べず、ゆらちゃん自体を馬鹿にするような奴らだけは絶対に許せなかった。

 健全な耳かきと耳フーを中心に活動しているASMR配信者を、一概にエロコンテンツとして捉えて馬鹿にしてくるのは、ライトノベル=キモオタが読む書物ぐらいの偏見があると俺は思う。

 

 どうして本来の目的が損なわれ、歪んだ曲解が広まってしまうんだろうか。

 ほんと、世の中というのは残酷である。

 

 そんな話はさておき、今はこのむしゃくしゃしたストレスを解消するのが最優先だ。

 俺はポケットからスマホを取り出し、夏川ゆらちゃんのASMR動画を視聴しようと、Bluet〇oth接続のイヤホンを耳に装着しかけた時――


「あっ、雪谷君。やっと見つけた!」


 突然、俺の名前を呼ぶ女の子の声が背後から聞こえてくる。

 咄嗟に後ろを振り返ると、そこにいたのは奥沢さんだった。


「お、奥沢さん⁉ どうしてここに?」

「雪谷君を探してたんだよ」

「えっ……俺を?」

「うん、気づいたら教室にいないから。どこ行っちゃったんだろうって探し回ったんだよ? そしたら、たまたまクラスの人が特別棟の方に向かって行ったのを見たって言うから、もしかしたら図書室かなって」

「そうだったんだ。ごめんね、わざわざ探してもらっちゃって。えっと……それで俺に何か要件?」


 俺が尋ねると、奥沢さんは思い出したように手を叩いた。


「そうそう! 雪谷君、お昼ってもう食べちゃった?」

「いやっ、まだだけど」

「なら良かった……。実はお弁当作って来たんだけど、良かったら食べない?」


 そう言って、奥沢さんは肩にかけていたエコバッグの中から、お弁当を取り出して見せる。


「……えっ⁉ なんで?」


 つい俺は素の声できいてしまう。

 だって、奥沢さんが俺にお弁当を作ってくる理由なんてないのだから。

 

「そりゃもちろん、助けてくれたお礼だよ」


 当然のように言ってくる奥沢さんに対して、俺はぶんぶんと首を振る。


「いやいやいや、昨日のお礼ならもう十分してもらったから、これ以上はもらえないって!」

「でも、このお弁当、せっかく作ってきたけど、雪谷君が受け取ってくれないなら廃棄するしか……」

「うっ……」


 流石に、せっかく作ってきてくれたものを粗末にするのは、俺も心が引けた。


「わ、分かったよ。そ、そう言うことならありがたく受け取らせてもらうよ」


 俺は奥沢さんから、赤いチェック柄のランチマットに包まれたお弁当をおずおずと受け取った。

 その時、奥沢さんがぱっと何かひらめいた様子で手を叩く。


「あっ、そうだ! 良かったらさ、今から一緒に食べない?」

「えっ、それって、俺と奥沢さんでってこと⁉」

「ダメ……かな?」

「いやっ、ダメではない……けど」

「なら一緒に食べよ! 大丈夫、人目に付かない良い場所知ってるから安心して!」


 そう言って、奥沢さんはくるりと身体を回転させ、図書室の出口へと歩いて行ってしまう。


「あっ、ちょっと待ってよ奥沢さん!」


 俺は慌てて奥沢さんを追うようにして、図書室を後にするのであった。

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