第4話 魅惑の誘惑

 俺はなんとか授業を乗り切り、HRが終わるとそそくさと教室を後にする。

 そのままの足で、スマホを返してもらうため職員室へと向かったのだが、そこからが地獄の始まりだった。

 

 数学教師にねちねちと説教を食らい、反省文を書かされ、かれこれ一時間以上拘束されていたと思う。

 ようやく職員室を出たころには、空はオレンジ色に染まり、差し込む夕日が校舎内を照らしていた。


「はぁ……疲れた……」


 俺は重い足取りで、トボトボと昇降口へ向かって行く。

 周りから聞こえてくるのは、運動部の活発な掛け声や、吹奏楽部の奏でる楽器の音色など放課後の喧噪。


 そんな放課後の人気のない廊下を歩いて、昇降口へたどり着く。

 すると、奥沢さんが下駄箱に寄り掛かりながら、真剣そうな様子でスマホを眺めていた。


 艶のある青みがかった黒髪がはらりと揺れ、もう少し風が強ければパンツが見えてしまうのではないかという短いスカート丈。

 そこから伸びる、すらっとした健康的な太もも。

 どこかはかなさを含んだような横顔は、まさに神秘的で幻想的。

 絵になるとは、まさにこのことを言うのだろう。


 思わず見惚れていると、俺の気配に気づいたのか、奥沢さんがパッと顔を上げてこちらを見据えてきた。

 刹那、にぱっと華のある笑みを浮かべ、胸元辺りで軽く手を振ってくる。


「やっほー雪谷ゆきがや君。先生のお説教は終わった?」


 奥沢さんは、透き通るような声でちょこんと首をかしげながら尋ねてくる。

 成績優秀、容姿端麗、まさに才色兼備。

 少なくとも、同じ学年で知らない人はいないであろう美少女。

 そんな彼女に、昇降口で待ち伏せされて話しかけられる。

 こんなシチュエーション、他の男子生徒が見ていたら、さぞ嫉妬したことだろう。

 まあ実際は、が浸透しているせいで、奥沢さんに声を掛けられることをあまり好ましくないと思っている生徒もいるけれど……。


 とまあ、それはさておき、奥沢さんの問いに対し、皮肉交じりに口の端をひきつらせた。


「まっ、おかげさまで、数学教師に一時間以上ネチネチ説教を食らってこの通り今帰りだよ」

「あらら、それは災難だったね」


 そう言って、くすくすと肩を揺らして笑う所作も、美しくて可愛らしい。


「それで、奥沢さんはこんなところで何してるわけ?」


 俺が尋ねると、奥沢さんはにこっとした笑みを浮かべながら答えた。


「ちょっと、雪谷君と話したいことがあって……。ねぇ、このあとちょっと時間あるかな?」


 恐る恐るといった様子で尋ねてくる奥沢さん。

 俺はちらりと腕時計に目をやると、時刻は四時半を過ぎたところ。

 この後用事があるけど、まだ多少の余裕はある。


「まあ、ちょっとだけなら」

「ほんと⁉ ありがとー」


 奥沢さんは安堵した様子で、ほっと胸を撫で下ろす。

 特に深い面識があるわけではないが、こうして俺を昇降口で待っていたということは、何かしら要件があるのだろう。


「それで、俺に話したい事って何?」


 俺が尋ねると、奥沢さんは寄りかかっていた下駄箱から背中を離して、キョロキョロと辺りを見渡した。

 誰もいないことを確認すると、タッタッタっとこちらへと駆け寄って来て、俺の前で立ち止まる。

 そして、口元に手を当て、内緒話をするように小声で話しかけてきた。


「あのね、雪谷君に、朝助けてもらったお礼をしようと思って……」

「あぁなんだそのことか。別にお礼なんていいって言ったのに」

「そんなこと言わないでよ! とっておきのお礼を見つけたんだから!」

「とっておきのお礼?」


 なんだろう……?

 俺が首を傾げていると、奥沢さんはポケットからスマートフォンを取り出して、おもむろに画面をこちらへ見せつけてくる。

 スマホ画面を覗き込むと、そこに映っていたのは、Youtu〇e動画のサムネイル。

 動画のタイトルには『じっくりたっぷり2時間絶頂、極上の耳かき』と書かれていた。


「雪谷君ってさ、こういう耳かきASMR動画が好きなんだよね?」


 と、奥沢さんは悪気のない様子で聞いてくる。


「……な、なんだよ急に、悪いかよ?」


 俺が動揺しながら少し語気強めに言うと、奥沢さんはふるふると首を横に振った。


「そうじゃない。私はただ、雪谷君がこういう動画を見てるってことは、リアルでも女の子にそういうことをしてもらいたい願望があるのかと思っただけ」


 奥沢さんは、単純な疑問を抱いた様子で尋ねてくる。

 俺は一つ咳払いをしてから答えた。


「そりゃまあ、仮にリアルでしてくれる子がいるならめちゃくちゃ嬉しいよ」


 俺だって、健全な男子高校生。

 女の子とリアルでそういうことが出来るなら、してみたいに決まってる!


「そっか……ならよかった」


 奥沢さんは安心した様子で息をつく。

 すると突然、俺のシャツの袖をくいっと掴んできて、秘密めかしたように人差し指を唇に当て、キランとウインクしてきた。


「ねぇ雪谷君、ASMRよりもっとリアルでイイコト、私とシてみない?」

「えっ……?」


 奥沢さんからの魅惑な誘惑に、俺は面食らってしまう。


「えっと……それってつまり、どういうこと?」

「それは……着いてからのお楽しみってことで。ここだと誰か来るかもしれないし。ちょっと場所移動しよっか」


 そう言って、奥沢さんは俺の腕を引っ張り、昇降口から教室棟とは反対方向へと歩いて行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って奥沢さん。いきなり何⁉」

「いいから、大人しくついてきて!」

「一体どこに行くの⁉」

「どこってそりゃ……二人っきりになれるところ……だよ」

「なっ⁉」

「ほら早く、こっちこっち!」


 俺は奥沢さんの勢いに押されるがまま、ついて行くことしかできなかった。

 一体俺は、これからどうなってしまうのだろうか。

 全く見当もつかない。

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