第2話 東 空琉
人生とは変化の連続だ。
今ここに、つい最近変化を起こした男がいる。
まぁ変化といっても別に大したことじゃない。高校を卒業しただけだ。
それなりに授業を受け、それなりに勉強すればすんなりと卒業できた。
……できなかった人は申し訳ない。聞き流してほしい。
ともかく、僕は高校を卒業した。だが、大学に進学する気は毛頭なく、その辺で働きながら実家でのんびりやっていけばいいや、といったのほほんとした考えしか持っていない馬鹿者だった。
………充実した青春だったか?
なんて問いは、自分には全く無意味なもののように思える。
およそ友人と呼べる者はおらず、恋愛なんてもってのほかの学生生活だった。
どうせ高校を出たら別れるくせに、なんてひねくれたことを思うわけではない。
別に話しかけられたらちゃんと答えるし、クラスの集まりなんかにも出席していた。
つまり何が言いたいのかというと、……他人に興味がないのだ。
物心つく前から父親がおらず、母親とも仲がいい訳では決してない。
それが原因かは分からないが、他人に対する興味が明らかに欠如しているのを自分でも感じていた。
授業で国語の教師が、人という字は人と人とが支えあって云々…とか言っていたのを、「なんのこっちゃい、バカでねーの」とか思いながら聞いていた。なんとも愚か者である。
けれど……自分はそれで満足だった。
人との繋がりを持ちすぎて、窒息しそうになるよりはいいし、そもそもが一人で行動する方が好きだった。
そう、………ここへ来るのも、いつだって一人だ。
温かい色の木材が基盤の、ログハウス調の建物。
ここは、僕の行きつけの”酪農ショップ”だ。この店から少し離れた所に小さな牧場があり、そこで採れた新鮮な牛乳を、約一年前からほぼ毎週買いに行くのが習慣になっていた。
軽い木材のドアを開くと、カランカランという音と共に、ふんわりと牛乳やチーズたちの匂いが僕を包んだ。
「いらっしゃいませー…あら、空琉くん!」
この人は牧場を支えるお母さんだ。いつも店にいるので、すっかり顔なじみになっていた。
「どうも、あ、いつものください。」
「はいよ、いつものね。よかったわ、来てくれて。」
「え、どういうことです?」
「空琉くん、最近高校卒業したでしょ?あ、卒業おめでとう。」
「あ、どうも。」
「もう高校出たら来てくれなくなるかと思ってたのよー。」
「ははは、大丈夫ですよ。もうしばらくはこの町にいますから。」
「あら、そうなの?」
「はい、ここで働きながら暮らそうかなと…。」
「うーん、…ずっと埼玉にいてもつまらなくない?」
「いえ、そんなことは…。」
「まぁ空琉くんの自由なんだけどね。はいどうぞ、450円になります。」
小銭を渡し、ビニールに包まれた6本の牛乳瓶を受け取る。これこれ。もうこの牛乳しか舌が受け付けなくなっている。
「あ、そうだ!空琉くん、ちょっと待っててくれる?」
「え?あ、はい。」
なんだろうか。お母さんは裏口へ向かった。
「玲華ーー!ちょっと、あれ持って来てーー!」
……玲華。って、たしか……あぁ、ここの娘さんの名前か。あまり話したことがないので忘れていた。
しばらくすると、ドアからひょっこりと身を現した。……相変わらず髪が白く、ボサボサだ。そして華奢。歳は僕と同じぐらいだろうか。……下原 玲華(しもはら れいか)。たしかフルネームはこうだった。
「はいこれ。卒業祝い。」
「え、いいんですかもらっちゃって。」
「いいのいいの。空琉くんはうちの常連さんだからね。ほら、玲華。」
玲華はひゅんと体を跳ね、おずおずといった感じでこっちに来て紙袋を手渡した。
「あ、………えっと、あの……そ、卒業、おめでとう、ございます……。」
もごもごとした言い方と、声が小さかったのでよく聞き取れなかったが、多分こう言ったのだろう。
「うん、ありがとう。」
紙袋の中には、店で売られているお菓子がたくさん入っていた。
「わ、こんなにもらっちゃって…ありがとうございます!」
「いえいえこちらこそ。これからもよろしくね。」
「はい、それじゃあ……」
去り際にふっ、と、玲華が視界に入った。………なぜそんなに見るんだろう。なにか、ただならぬ視線を感じる。
獲物を狙う獣にも似たその眼差しが、妙に不可解に思えて、僕は足早に店を出るのだった。
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