有名になりたくない。

@r_417

有名になりたくない。

***


 夕日も沈み、すっかり暗くなった放課後。

 廊下でスカートを揺らしながら探し物をしている女子が目に留まりました。


 私は人の名前を覚えるのは苦手ですが、彼女の名前は覚えていました。

 隣のクラスの『有馬奈名(ありま・なな)』さんです。


 有馬さんは目立たないことを最優先する傾向があります。


 例えば、手柄。

 有馬さんが一番の功労者だとしても、他の貢献者に即座に手柄を譲るタイプです。


 そんな有馬さんはみんなから愛される存在でもあります。

 そして、誰一人として敵を作らない有馬さんの完璧な立ち居振る舞いは、ため息が出るほど完成度が高いものでした。


 そんな有馬さんがひとり。

 廊下で探し物をしている様子に、とても違和感を覚えました。


 いつもみんなに囲まれている有馬さんが単独行動をしているから、でしょうか。いえ、それ以上に深い引っ掛かりを感じるような……。


 何はともあれ、困っている人を放って置くことなんて出来ません。

 ……お声掛けしてみることにしましょうか。


「有馬さん、どうされましたか?」

「……え、生徒会長っ!?」


 予想通り、動揺する有馬さんに申し訳なさが募ってきます。


 有馬さんの反応に立腹することはありません。

 生徒会長である限り、相手にバリアを張られるのは仕方がないと思っています。


 しかし、人の名前を覚えることを苦手としているにも関わらず、生徒会長を務めるなんて、なかなか最低ですよね。……私も、そう思います。


 実際、私よりもっと適任な方がいると思っているのですが……。

 例えば、有馬さんみたいな。


 ……なんて、どうでもいい話ですかね。

 話を元に戻しましょうか。


「もうすぐ校門が閉まる時間帯、急いだ方がいいでしょう。手伝えることは手伝いますよ?」

「……え、と」


 私たちの学校は、季節ごとに校門を閉める時間帯が決まっています。

 定められた時刻までに学校から速やかに帰路に着かざる生徒にはペナルティーが待っています。それは生徒会長も同じです。特別扱いは一切望めません。

 だからこそ早期解決を願い、有馬さんと探し物を一緒に見つけようと申し出たわけなのですが……。鈍い声を出す有馬さんにゴリ押しする気はありません。


「承知しました、私のことは気にしなくて結構ですよ。しかし、もう時間もないことですし、明日に回した方がよろしいのでは?」


 男の私に見られたくない遺失物というケースも多々あります。

 だからこそ、私は深追いせず『退散』をチョイスします。


 すっかり暗くなった廊下でもハッキリと認識出来るように、大きめの会釈をします。そして、有馬さんに背を向けた瞬間。大きな声で呼び止められました。


「待ってください! 私の、名前を探してください。みんなに見つかる前にどうしても見つけ出したいんです!」

「名前……? いったいどういう意味ですか?」


 有馬さんからの返答内容は、正しく予想外。

 思わずオウム返しをしてしまうほど、動揺してしまいます。

 しかし、そんな私の様子など気にも留めず、有馬さんは語り続けます。


「廊下に並べた美術の作品のネームプレート。私の名前だけ、一部取れてしまって」

「……一部?」


 ネームプレートが一部しか取れない状況が理解し難かったのですが、展示された美術作品へ目を向けると紙に書かれた名前の両端だけピン留めしていたことが分かり、納得します。


「成る程、名前の中間部分が欠落したということですね」


 私の問いかけに、有馬さんは大きく頷きます。


「ですが、そういった真っ当な理由なら職員室で担当教諭にネームプレートの再発行を願えば、確実に対応してもらえるはずですが……?」

「実は放課後、私が気付いた時には既に担当教諭が帰宅済みと伺ったんです。だから、どうしても明日みんなが出席する前に消えたネームプレートを見つけ出したくて」

「……明日みんなが、ですか? しかし、どうしてそこまでこだわるのですか?」

「え、と……。笑いません?」


 意外な申し出に思わず、目を丸くしてしまいました。

 有馬さんは他者との友好関係を築く才能に長けた人です。そんな有馬さんが『笑いませんか?』と力技で会話を進めようとしたからです。余程、切羽詰まった状況なのでしょう。


 元より笑うつもりはありません。

 私は『もちろんですよ』と答えました。


「有名に、なりたくないんです」

「……。紙製ネームプレートが破れることなんて、備品では想定の範囲だと思います。実際、多発しても仕方がないことです。それでも利便性が良いから使用を続ける教諭も多いです。ネームプレートが破れていたという事実ひとつで、確執やイジメを想像する生徒も先生もいないと思うのですが……」


 ……有名になりたくない。

 そのフレーズを聞いて、私が一番に思い浮かんだことは悪目立ちでした。


 しかし、何度でも言いますがネームプレートは紙製です。

 些細なことで、破れたりする脆弱なものであることは周知の事実です。

 そもそも有馬さんは誰一人として敵を作らない完璧な立ち居振る舞いで皆んなに愛されています。そんな有馬さんの日頃の行いを考えると、確執やイジメはあり得ないと断言して良いと思っています。

 だからこそ、私は本心を語り、有馬さんの不安を和らげようと必死になっていました。ですが……。


「『有名』に、なりたくないんです」

「……」


 にも関わらず、有馬さんは再び同じフレーズを述べました。

 一度目よりも『有名』というフレーズに力を込めて、述べました。

 そして、指をさしつつ、ツツツ……と動かしていく途中。

 私もようやく気が付きました。


「成る程、確かに。『有名』に、なりたくないですね」


 彼女がみんなに見られたくない理由がわかりました。

 そして、『有名』に、なりたくない気持ちも……。


「よりによって『有馬奈名』の『馬奈』だけ、取れてしまったのですね」

「……」


 初っ端、私に対して助けを戸惑っていた謎が解けました。

 そして、有馬さんがウイークポイントを他者に伝えたくないと二の足を踏む気持ちも重々理解することができます。ならば……。


「承知しました、では約束します。生徒会長として、有馬さんが『有名』にならない配慮を行いましょう。だから、今日はもう帰宅しませんか?」

「…………おねがい、します」


 校門が閉まる時間へ刻一刻と近付く中。

 有馬さんも覚悟を決められたみたいです。

 私に頭を下げて、無事帰路に着かれました。


 さて、では……。

 私が行うことといえば……。


「後五分なら、楽勝ですね」


 生徒会長として付与された特権をフル活用して、紙製ネームプレートのスペアを印刷していきます。色々とバレると厄介になるため、公にはシークレット扱いなのですが……。授業で使う備品と生徒会が使う備品のデータは共有していたりします。


 一応、不可侵領域ではありますが……。

 ハッキングして入手したわけでもありませんし、恐らく問題ないでしょう。


 そんなことを考えている間に、ネームプレートも刷り終わります。

 こっそりとネームプレートを戻し、制限時間内に校内脱出を成功させ、私も帰路に着けました。しかし、まさか……。


「生まれながらに有名だから有名になりたくないなんて、何て悲劇なのかしらね」


 あれだけ、みんなから愛されているのに。

 あれだけ、敵を作らない完璧な立ち居振る舞いをしているのに。

 それが全て、有名になりたくない故の行動だったなんて……。


「最高のどんでん返しね」


 なんて、女の子顔負けの丁寧な言葉遣いをしている私にだけは言われたくかもしれませんね。ですが、キッカケは案外そういうものだと知るなら有馬さんも楽になれたりするのでしょうか。


 生徒会長というネームバリューに魅せられて、軽々しく接点を作ろうとする生徒たちに牽制する意味を込めてる私のような存在も含めて──。


【Fin.】

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