黒白の皇女

傷月 賢忌

皇女誕生と魔女の呪い

 昔。ある皇国こうこくに一人の皇女こうじょが生まれた。

 フィリアナと名付けられた皇女の誕生に国中は大喜び。皇帝は皇女が生まれた次の日に国を挙げて式典を開いた。

 皇帝は七人の魔女を呼び出し、皇女に誕生の祝福とこれからの幸福を込めたまじないをかけるよう命じた。

 七人のうち、六人の魔女はこの世界に存在する魔法属性をそれぞれ極めた天才たち。


 火の魔法を極めし魔女――アンバー・ファイズ。


 水の魔法を極めし魔女――マイラ・アクアラ。


 地の魔法を極めし魔女――リリヤド・ランダフ。


 風の魔法を極めし魔女――フィルミリン・ウィンレ。


 雷の魔法を極めし魔女――シェム・サンディ。


 氷の魔法を極めし魔女――ハウラ・アイシエ。


 そして残った一人、光と闇の魔法を探究する魔女――スフィアナ・ライテス・ダーカム。彼女は世界で唯一、希少属性と言われる光と闇の魔法を両方持つ魔女だった。


 式典当日。

 七人の魔女のうち六人は姿を現したが、スフィアナだけは姿を見せなかった。

 六人の魔女は皇帝のめいに従い、それぞれ小さな皇女にまじないをかけた。

 その後、式典は大いに盛り上がり、そろそろお開きにしようとしたその時。


 バンッ!!


 いきなり会場の大扉が盛大に開かれた。何事かと会場にいる者たちは一斉に音がした方向に顔を向ける。

 そこにいたのは、七人目の魔女スフィアナだった。

 スフィアナは皇帝と皇后に向かって


「何故私に知らせなかった!!」


 と怒りの声を上げ、一直線に皇女の元へ歩いていく。

 衛兵たちが止めようとしたが、フードから覗く彼女の鬼気迫る形相ぎょうそうに気圧され、彼女を止めることが出来なくなってしまった。

 誰もが不安げに見守るなか、六人の魔女のうちの一人、火の魔女アンバーはおくすること無くスフィアナの前に立とうとしたが彼女に強く押し退けられてしまう。

 ついに赤子の皇女の元に近づいたスフィアナは、皇女を見て大きく眼を見張った。


「私と同じ運命を背負わなければならないのか……」


 スフィアナは苦しむように小さく呟いた。

 持っていた杖を強く握り締め、顔をうつむかせていたスフィアナは先程よりも深い怒りを宿した顔で皇帝を睨みつけ、次いで杖を突きつけて言い放った。


「愚かな皇帝よ! 私に知らせなかった罰として、この娘に呪いをかけてやる!!」


 それを聞いた周りの者たちはざわつき、次々に制止の声が上がる。

 だがスフィアナはそれらを無視し、杖を天へと掲げる。すると杖につけられた宝珠から紫に光る小さな球体が生み出され、皇女に向かってゆっくりと落ちていった。

 光る球が皇女の体に触れた瞬間、一瞬にして彼女の全身が禍々しい光に包まれる。やがて光は皇女の体に溶け込むようにして徐々に弱まり消えていった。


「この娘には一つの体に二つの人格を宿す呪いをかけた。これから長く、苦しい人生を歩むことになるだろう……」


「スフィアナ」


 スフィアナの後ろから火の魔女アンバーが声を掛ける。スフィアナは耳だけを彼女に向けた。


「あんた、こんなことしてただで済むと思っていないだろうね」


「ああ…………そうだな!!」


 そう叫びながらスフィアナは振り向き様に杖を大きく掲げ、宝珠から激しい光を会場中に放った。

 その余りの眩しさに会場にいた人々は目を覆い隠す。

 やがて光が収まり、徐々に視界が見えるようになった人々はスフィアナが居たであろう場所に目を向けたが、そこにスフィアナの姿はすでに無かった。

 皇女に呪いをかけられたという事実に会場は悲しみに包まれ、六人の魔女は俯き、皇帝は目をつむり、皇后は涙を流した。

 その後、皇帝は今日の出来事を表に出さないために箝口令を敷いて何事も無かったかのように式典の幕を下ろしたのだった。



 時は流れ、皇女は健やかに成長し十四の歳を迎えた。民と良好な関係を築く良き皇女としてとても慕われるようになっていた。

 しかし、皇帝を含め皇女にかけられた呪いを知る者たちはある悩みを抱え続けていた。それは皇女にかけられた呪いが予想以上に厄介なものだったのだ。


 昼、太陽が出ている間は誰にでも明るく接し笑顔を絶やさない心優しい皇女。


 夜、太陽が隠れている間は誰彼構わず冷徹な態度を取る心の冷たい皇女。


 皇帝たちは二つの顔を持つ皇女の扱いにとても苦労していた。

 そして皇女が十四歳になった今でも彼女の呪いは解けないまま、穏やかな日常が訪れる――そのはずだった。

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