第66話 神の息吹

「……ごめんなさいセリナ、……すみませんニルス、……ごめんねカール、……すみま――」



 俺のベッドの上で今夜も涙を流しながら、呟くような寝言で、俺の知らない誰かに謝罪をしているルミアーナ。


 クスノハも、シルフィも俺の横で静かにルミアーナの悲しい寝言を聞いている。この寝言は毎夜毎夜、繰り返され、毎夜毎夜、涙で枕を濡らしている。


 この悲しい涙ももうじき終わりにしてやる。


 部屋のドアが開き、廊下の明かりが暗い部屋にさした。



「ご主人サマ、オジカンにナリマした」



 作戦実行前の深夜ニ時、仮眠していた俺たちを自動人形オートマトンのアルファがうお起こしにきてくれた。



「結局、眠れなかったな」


「オレなら全然平気だぜ」


「お兄様、ルミアーナ様はお起しますか?」


「いや、もう少しだけ寝かせておこう。作戦を実行したら寝る間は無くなるからね」



 涙で頬を濡らしながら眠るルミアーナの頭を、俺はそっと撫でる。


 窓の外を見れば、二つの大きな満月が闇夜を照らしていた。





 この辺境に来て、ルミアーナは大聖堂が出来てからは、時間があればサセタ神像の前でお祈りをしていた。


 その姿を見かけてはサセタ神様を敬う敬虔けいけんな信者だと思っていた。


 だから俺は気にも止めていなかったのだが、ある日、晩飯の時間になっても戻ってこないルミアーナを、大聖堂に迎えにいった時の事だ。



「ルミアーナ、晩飯だぞ」と声をかけても、祈りを捧げ続けるルミアーナ。俺はルミアーナの元へと、長い身廊を歩き祭壇近くまで足を運ぶと、ルミアーナのお祈りの言葉が聞こえた。



「……ナタリー、お腹が痛いのね……。ごめんなさい。あなたの元に駆けつけられなくて……。トーマス、元気を出して、必ず助けに行くから……。ニーチャ、そのお野菜はもう食べないで……、それは毒なのに……ごめんなさい、ごめんなさい……」



 ……祈りじゃない?


 青い二つの月の明かりがステンドグラス越しに差し込み、ルミアーナを照らしている。


 両膝を付いてサセタ神像の前で両手を握りしめ、大粒の涙が頬を濡らしている。



「……エストさん、もう家に帰って下さい。それ以上働いたら倒れてしまいますわ。……すみませんシスターマリヤ、子供たちをお願いします。あぁ、マイケル……そんなにやつれてしまって……」



 大粒の涙の訳。人知を超えた聖神の力が、遠く離れた王都で苦しむ人々を映し出しているのか?



「……わたくしは貴方がたを救う力を持っている。しかし、今は……今は、貴方がたの元に駆けつける事が出来ない……。貴方がたの苦しむに、痛みに寄り添う力があるのに……」



 そうだ。俺たちの持つ力なら空腹にあえぐ人々を、病に倒れている人々を助けられる筈だ。


 金銭的にしても、ダイヤモンドを売りさばけば王都市民を数日食べさせられるだけの財力もある。


 それをルミアーナは当然知っていて、今は行動に移さない。



「サセタ神様……。この罪深きわたくしに罰をお与え下さい。救える命に手を差し伸べぬ罪人に相応しい罰をお与え下さい。それがトーマ様との婚――――」


「サセタ神様! 私の妻となる者が犯す罪は、夫となる私の罪です! 妻に与える罰を、私にもお与え下さい! 共に歩く愛しき人と共に、私にも神の業火をお与え下さい!」


「トーマさ――」


「ちょっと待ったァァァァァッ!」 



 大聖堂の扉が、バンと開き、クスノハとシルフィが入ってきた。



「何だか分かんねぇけど、トーマとルミアーナ様が罰を受けるんなら、オレにも与えてくれ!」


「サセタ神様! 私たちは未来永劫の愛を誓った家族です! お兄様が、ルミアーナ様が、クスノハ様が罰を受けるのであれば、私にも罰をお与え下さい!」



 ルミアーナを迎えに来たのだろうか。二人は状況も分からぬまま、俺とルミアーナが受ける神の業火を共に受けるという。



「ハハハ、バカな奴らだな」


「……トーマ様、クスノハさん、シルフィさん……」



 俺はルミアーナの元へといき、ルミアーナを抱き上げた。



「サセタ神様! 俺たちは罪深き過ちを冒しています。ルミアーナが言ったように、救いを求める者の手を取らぬ愚か者です!」



 横抱きにしたルミアーナを見れば、視線が重なる。相槌をうって俺は続けた。



「それでも、俺は、俺たちはルミアーナを信じている。だから、だから今は……いや、だから俺たちの仲を裂かないで下さい! 神の業火でも、神の雷でも構わない! でもそれは俺たち四人で受けたい!」



 クスノハとシルフィが俺の隣に並びたった。



「罰も……、喜びも、悲しみも、俺たち四人は共に感じ、共に苦しみ、共に泣き、共に笑い、共に生き、共に死ぬ!」



 俺は両隣のクスノハとシルフィを見た。二人はコクリと頷いてくれる。



「俺たち四人はここに誓う! 一人の悲しみは四人の悲しみ、一人の喜びは四人の喜び、いつ如何なる時も四人の愛し合う思いが永遠である事を!」


 

 抱き上げたていたルミアーナが、俺の唇にキスをする。クスノハが、シルフィが続いて誓いのキスをした。


 さあ、どんな罰が訪れても俺たちに後悔はない。



「「「「あっ」」」」



 サセタ神様の温かい息吹が俺たちの体を、心を満たしていく。



「お兄様……」


 シルフィが泣いていた。



「トーマ……オレたち」 



 クスノハがはにかみながら笑っていた。



「トーマ様……、そしてクスノハさん、シルフィさん」



 ルミアーナが頬を涙で濡らし皆んなの顔を見た。



「ハハハ、まさかこのタイミングでクエスト達成とかって有りかよ」



 婚活神サセタ・イ・ケッコーン様の天啓の儀から始まった、狂った森の辺境開拓クエスト。


 クエストを達成した暁には、サセタ神様の祝福のもと結婚をする事が出来る。先ほどの温かい息吹が、神の祝福ゴッドブレスであった事は間違いない。



「やったな」


「やりましたわトーマ様。オホホホホ」


「トーマ、宜しくな」 


「お兄様、私たち……」


「ああ」


「「「「結婚出来る!!」」」」





「……トーマ様?」



 ベッドで涙を流しながら寝ていたルミアーナが目を覚ました。



「ルミアーナ、その涙も今日で終わりにしよう」



 ルミアーナに手を差し伸べて、ベッドから起こしてあげた。



「フフフ、お兄様」



 異世界に来た時は、死ぬほど俺を嫌っていたシルフィが、俺の左腕に抱きついてきた。



「トーマ、この作戦が終わったら、オレたち結婚式が出来るんだよな」



 クスノハ、それは死亡フラグだから言ったらあかんやつだ。



「さあ、夜明けと共に作戦決行だ! 行くぞ!」


「「「はい!」」」


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