放課後の告白 (全2回)

黒っぽい猫

第1話 忘れな草

今日は午前中で下校になった。私は先生に頼まれたことがあり、みんなより1時間遅くなった。ああ、おなかがへった。帰りにコンビニでおにぎりでも買って帰ろう。


上履きをぬいで下駄箱に入れようとしてフタを開けると、白い封筒がポトリと落ちた。ありふれた白い封筒。しかし表に宛名がない。ひろい上げて封筒の裏を見たが、差出人の名前もない。きちんと封がされている。横から見ると中央が1センチほどふくらんでいる。便箋のほかに、小袋入りの何か軽いモノが入っているようだった。封筒を振ってみるとカサカサとかすかに音がした。


不審物は職員室に届けることになっている。宛名も差出人もない封筒は不審物である。覚せい剤とか青酸カリとか物騒なモノが入っていたら大変だ。私は封筒をハンカチに包んで職員室へ続く廊下に向かった。ハンカチに包んだのは、犯人の指紋を保存するためだ。この前見た刑事ドラマでやってた。


廊下を歩き始めると、後ろからこそこそとついてくる足音が聞こえた。私は耳がいい。男子と女子では上履きの足音に微妙な違いがある。この足音は男子に違いない。尾行してるのは1人だけだな。この篠田さゆりの下駄箱に無断で不審物を入れたうえ、尾行するとはいい度胸だ。私はいきなり回れ右をして「犯人」をガン見してやった。


5メートルほど後ろに立っていたのは同じクラスの早川だった。名前は覚えてない。ギクッとした顔でフリーズしている。尾行するには近すぎでしょ。距離感ないの?私は笑い出したくなるのをこらえて、早川の靴の先から頭のてっぺんまで眺めた。だるまさんがころんだ状態だ。早川が差出人なのか? 下駄箱にラブレターとか?まさか、恥ずかしいポエムとか書いてるんじゃないだろうな。


「どこへ行くんだ?」早川がたずねた。

「職員室」私はきっぱり答えた。

「まさか、ソレを持っていくんじゃないよな?」私が持ってる封筒を見た。

「不審物は職員室に届けます」

「不審物じゃない。手紙だ」

「見ればわかります。でも差出人も宛名もない封筒は不審物とみなします」


早川は狼狽した様子で、両手で頭をぐしゃぐしゃとかきまわした。と思ったらいきなり駆け寄ってきた。私は思わず悲鳴をあげそうになった。

「差出人は俺だ。不審なモノは入ってない。読んでくれ」

私はのけぞった。早川、顔が近すぎるよ。ツバが飛んでくるじゃないの。


早川の必死さに気圧されそうになったが、なんとか姿勢を立て直して言った。

「イヤです。便箋以外になんか変なものが入ってます。職員室に届けます」

私が職員室の方向に回れ右すると、早川が走って追い抜いて私の前に立った。私はまたのけぞった。ちょっとお。立ち位置が近すぎるんじゃないの。


「待ってくれ。じゃ、ここで封筒を開けて読んでくれ。頼む」

私は早川の目の前に封筒の端っこをつまんでぶらさげて言った。

「封を切った瞬間にボカンはごめんです。自分で開けてください」

私が封筒を放すと、早川は必死な形相で封筒をキャッチした。


それから、手をふるわせながらビリビリと封を切った。


私は一歩下がってそれを見ていた。便箋1枚と羽子板と羽の絵柄のポチ袋が入っていた。


お正月のポチ袋の余りなんだろう。早川はそれを私の目の前に差し出した。ポチ袋がちょっと膨らんでいる。1センチのふくらみの正体はコレらしい。


私はあごに親指と人差し指を当ててそれをよく観察したが触らなかった。


ふーん。何が入ってるんだろう。軽そうな物だが、危険物じゃないよね。

「ポチ袋の中身を見せて」

私が言うと、早川は封筒と便箋を脇に挟んで、ごそごそとポチ袋を開けた。

「中身を手のひらに出して見せて」

早川が右手でポチ袋を持って左手の上で何回か振ると、左の手のひらに小さな青い花がパラパラと落ちた。なんだ?なんかうさんくさい手品みたいだ。


「ソレ、なんの花?」

「忘れな草」

「ふーん」

「忘れな草の花言葉は『真実の愛』。だよな?」

「それと『死んでも私を忘れないで』よ」

「まあ、そっちのほうが有名かな」

「ところで、忘れな草の伝説。知ってる?」

「ああ、知ってる。ドイツの伝説だろ。男が花を取りに行って川に溺れて死ぬ前に、恋人の女にその花を投げて『僕を忘れないで』って言った」

「それから?」

「女は男のことを一生忘れず、毎年春になるとその花を男の墓に供えた」

「喪服を着て。一生独身でね」私は付け加えた。

「そうそう。そうだった」早川がひとりでテンションあげて喜んでいる。


「不吉よね。その伝説」私は斜め上を見ながら言った。

「え?」早川が笑顔のままフリーズした。

「だってそうでしょ? 男の言葉が女を縛って、女は幸福になれなかった」

「そんな言い方って」

「そうでしょ。男が黙って死ねば、女は別の男と結婚して幸福になれたのに」

「そんな意味じゃ」

「そういう意味よ。忘れな草を贈るのは相手に呪いをかけるのと同じ」

「そこまで考えなかった。ごめん」

「別にあやまらなくていい。その花、忘れな草じゃないみたいから」

「え? そうなのか?」

早川が驚いて花に顔を近づけて見ている。



仮にそれが忘れな草だったとしても、私は絶対に受け取らない。もし私が逆の立場だったなら、心から愛する人との別れの時に「私を忘れないで」とは決して言わない。相手に呪いをかけておいて真実の愛だなんて、あきれた物言いだもの。



私はくるりと回れ右して出口のほうに向かった。






つづく。

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