九剣のサクリファイス 最終話『ヒトが振るう剣』

さくさくサンバ

前譚 出陣

 衛星軌道上に100隻の巡航宙戦艦が並ぶ様は正に圧巻の一言であった。

 全長500mを超える威容が僅かな宙域空間に船頭を揃え居並ぶ。

「夢を見ているようであるな」

 地球連合軍総司令たる壮年の男をして感嘆すべき光景だ。


「これらが全て、役に立たぬとは」

 集結した地球連合軍、その全戦力、それが役に立たないとはどういうことか。

 憤る者も疑問を呈する者も、この総軍旗艦『アトランティス』には一人もいなかった。

「司令! 通信、入ります!」

 通信士の声が艦橋に響き、次いで前方投影幕に映像が映し出された。


『あー、あー。なぁケインこいつほんとに繋がってるか?』

『もちろんさ。君の鼻毛までしっかりと全人類に届いているよ』


 25m×50mスクリーン一杯に男の顔というのは如何にも見苦しい絵面であったが、それを揶揄する声は同じく通信機越しの軽妙なジョークだけである。

 とはいえ内心に呻いた者は少なくないが。


『げぇ、そいつはマズい』と男が仰け反る様子も仔細、捉えられている。

「相変わらずだな片丘君。君のそそっかしいは生涯の友のようだ」

『こ、こいつはアーサーさん。お恥ずかしいところを。たはは』

『全くよ。これ、世界公開なんだからね? 末代までの恥? だったかしら?』

『そんなにかぁ?』

 スピーカーから響く三人目の声は女性のそれであった。

 間を置かず、スクリーンの画面が割れる。次々と動き出す映像は実に九つ。黒髪の男を中心に九分割された画面のそれぞれを多様な面相が彩る。


 片丘九段 29歳。映像のはじめに大写しとなった男である。

 刈り上げた黒髪と黒い目、名前からもわかるとおり日本人の、その生き残りである。

 宙域生命体群の地球侵攻に際し真っ先に標的となった日本という国の形を知るには、過去の地図に頼る他ない。


 ケイン・ヴァンダル 28歳。片丘とコンビを組む、旧米空軍の凄腕パイロットにして元モデルである。

 鮮やかな金髪と甘いマスク、フェンシングのように『スティアドール』を駆る戦闘スタイルから『仕留める人』の異名を持つ。


 パトラ・スコット 25歳。スウェーデン出身のこの赤髪の美しい女性が、実は『スティアドール』パイロット達の中で最も徒手格闘に長けるとは誰も思うまい。

 後方支援を得意とするドール戦闘とは裏腹の鉄拳を食らわせる主な相手がケインである。


『ふっ、愚か者が』

 ダウード・サイ 33歳。中東はリビアにルーツを持つが、本人は流浪人を自称しており現在の国籍はインドにある。

 汚染により色が変わったと公言する青髪が特徴的な男で、言葉数が少ないため横柄に思われがちだが口下手なだけだと仲間内ではとっくに知れ渡っていた。


 例えば『ふふ。子孫がこのような恥を負いてはかわいそうですものね』とほほ笑む女性などには特にかわいらしく思えるものらしい。


 リリースルム・フレタム 年齢不詳。経歴不詳。

 見た目は10代とも思える東洋系だが、慈母の如き包容力からチーム内の家庭的な側面を一手に担っている。男性陣はさて置くとして、他の二人の女性陣があまりに女子力に欠けているだけという見解もある。


 リー・ムーチェン 23歳。マイペースなこの男が、軽口の叩き合いの様相を呈してきた場に踏み込むことはあまりない。髪は深緑。瞳は火が燃えるような赤をしている。

 剣型装備の扱いに秀でており、特にダウードとの連携では自機の防御をダウード機に一任した苛烈な攻勢を見せる。


『君たちはこんな時にも飽きないみたいだね。ニコラ君からも言ってやってくれないか』

 ケビンに促され、茶髪の瘦身男が『そうすねー。いんじゃないすかー、みんな緊張してんでしょー?』と欠伸雑じりに指摘する。


 ニコラ・ギャラガー 25歳。欧州連合が誇る怪物。

 『スティアドール』との異常同調によりコックピット内にしか生きられないが、本人が全く意に介さないものだから整備班とは兄弟のような気安い関係を結んでいる。

生活環境の制限が異常同調の悪影響なら、超高加速度での連続挙動に耐える神経系が恩恵であろう。



『そ、そんなことないわよ! こいつがしつこいからわたしは仕方なく相手してやったのよ!』

『どっちがだ! 仕方なしに相手してやったのは俺の方だパトラ!』

 やいのやいのといつもと変わらない様子の九段とパトラに「片岡君、スコット君、これが世界公開だということを忘れていないか」とアーサーが全人類の代弁を買って出た。


『スティアドール』

 人類の叡智と、地球が齎した奇跡により生まれた、人類の最終兵器。

 質量と前代科学を超越した存在である『宙域生命体群』に対抗できる唯一の手段。

 火山の噴火により吐き出されたとある希少鉱石を加工し、心の臓として用いる人型のロボットである。

 鉱石が人間の生体電気に反応して特殊な波動を放射、宙域生命体の理外障壁を中和することで物理力を影響させることが可能となる。

 ただし鉱石と人間の反応、いわゆる同調現象が度を越えるとニコラのように鉱石の波動範囲内でしか生命活動を維持できなくなってしまう。


 人類に九つだけ授けられた宝剣である。


『フツノミタマ』

『デュランダル』

『レーヴァテイン』

『ハルペー』

『ナモナキモノ=フレタム』

『バクヤ』

『アロンダイト』


 そして。


『エクスカリバー』

 駆るはリオン・ヘイゼル 16歳。若すぎるパイロットだ。光放つ金糸の長髪と深い碧の瞳をしている。

 実績などない。正式、本格的な戦闘参加はこれがはじめてとなる、あまりにも幼い女性パイロット。

 適性と才覚に依って立つ、次代であるべき少女は、それでも自らの意志でここにいた。


『アメノムラクモ』

 駆るは代田大吾 17歳。やはり若すぎるパイロットだ。

 実績しかない。正規の手続き、訓練を経ずに『スティアドール』に搭乗することとなった経歴が、そのまま彼の人生を決定づけここにいる。


 乗り手同様に最新のわかい2機である。


 1万kmを離れ佇むはずの九人の戦士に思いを馳せ、アーサー総司令が人類の代表として語りだす。


「我々人類の未来は、君たち九人に託す」

 それはこれからはじまる戦いへ臨む者たちへの檄であり、戦うことすらままならない全ての人類からの謝罪と感謝の言葉だった。

「いま迫る危機に抗するは人なり。君たちが地球生命の守護者だ。人はより速く、より遠く、より高く、より深く、叡智の網を広げてきた。その粋を結集した我らが矛よ。我らの未来をどうか切り拓いてくれ」


 長くは語るまいと決めていた。


「武運を、そして無事の帰還を心から願う」


 言葉を尽くせば、言葉以外が溢れてしまうとわかっていた。


『当然ですよ。任せてください。な、みんな』

『今だけは君の意見に同意するよ。恋人たちの住む地球にはもはや塵の一つも落とさせない』

『ちょっとケイン、わたしにも聞こえてんだけど!? まあいいわ、癪だけど、やらなきゃやられるんだからやってやるわよ』

『ふっ、愚か者共が』

『ふふ。おれがすべて守ってやるから心配するな、と顔に書いてありますよ』

『任されよう』

『おーけーですよー。ボクもたまには運動しなくちゃと思ってたんで―』


『私は、私もあの、が、頑張りますっ!』

『ビビりすぎんだろ。やるだけやりますけどダメでも責任持たないっすよ』


『んじゃま』

『『『『『『『『『行ってきます』』』』』』』』』


「あぁ!」



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「


―――行ってらっしゃい!!!!!!


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