第60話
■side:私立琵琶湖スポーツ女子学園2年リーダー 藤沢 花蓮
「ストライカーが空飛んでるよ!」
「うわ~、何あれ」
「アメリカが一方的にやられてる!」
女子寮では、準決勝の日本対アメリカの試合をみんなで応援しようと共有スペースに集まっていた。
正直、選手に選ばれなかったことに対しての感情もあるがそれ以上に世界と戦う仲間達には頑張って貰いたい。
そんな気持ちでみんなで応援していたのだが……。
「非常識を通り越した何か……でしょうか」
『ストライカーが空を自在に駆け抜ける』というLEGENDの常識を破壊するような何かを見せられた私は、とりあえず紅茶を飲むという行為で冷静になる時間を稼ぐ。
目の前で純粋にそれらの感想を述べている後輩達が可愛く見える。
私と同じくU-18女子日本代表に選ばれなかった栄子さんは、乾いた笑みを浮かべていた。
冷静に今起きている状況を考えれば、普通はこちらの反応になるでしょう。
私達がずっと『初心者組』と呼んでいた3人は、この異常事態に対して純粋な好奇心を示している。
あれを見てまずそう思える彼女達が羨ましかった。
正直、あれほど純粋に目の前の光景を愉しめそうにない。
実際、私もブースターを使用してみたことがある。
だが結果は『使いこなせない』だった。
あまりにも急激に加速するため変な体勢だと加速中に体勢が崩れて制御不能になる。
急激な加速も問題だがブーストを切った後にも発生している慣性を扱いきれなければ、止まりたい場所に止まることも出来ない。
何よりアリスさんがやったような壁を蹴りながら姿勢制御と空中加速を同時に行いつつ進行方向を調整して相手に突撃するなど、神業以外の何物でもない。
いや、アレだけでもない。
最初から既におかしいのだ。
本来あんな速度で突撃しておきながら相手の目の前にピッタリ止まれるというのもおかしい。
シールドバッシュに関しても、たまに旋回動作を加えることで吹き飛ばす威力を上げていたりと技術的なものも見え隠れしている。
何より片足一本でストライカーの重量を支えながら攻撃をしているとか、どんなバランス感覚だと言いたい。
大盾に関してもあんなものを持てば空気抵抗などが凄いことになる。
そういう一切を感じさせることなく、まるでそれが当然のように動きまわる姿はブースターを体感した者にしか解らない技術だろう。
前々から彼女のことは知っていた。
U-15女子日本代表のエースにして天才ブレイカー。
前々から大企業のお嬢様であるという立場が邪魔をして誰もが私に遠慮する。
そんな環境を変えたくて……そして自分ならそんな天才と渡り合えるという自信から、この学園を選んだ。
だが蓋を開けてみればどうだ?
彼女は、恐ろしいほど完成された選手だった。
狙撃だけでなく遊撃選手としても、砲撃や前衛と何でもやれてしまう。
しかもそのどれもが超一流なのだ。
ストライカーという職業1つ未だ極めたとも言えない私からすれば、この時点で既に彼女との差は歴然としていた。
にもかかわらず、その天才ブレイカーは未だ成長途中であり進化が止まらない。
新しい兵器を手にして、それを難なく使いこなしてしまう。
アタッカーでは牽制攻撃とグレネード投げのレベルは、もはやその道の天才と呼ばれた大谷さんが愚痴を言うほど。
ブレイカーは誰もが認める天才選手であり、サポーターだけは見たことがないが出来ない訳がないだろう。
そして今日、ストライカーでも『革命』とも言うべき運用を見せつけた。
私はストライカーであり、彼女はブレイカー。
そういう想いがあったからこそ何とも思わなかったのだ。
しかし彼女は、簡単にその分類を超えてきた。
今、彼女があの突撃スタイルのストライカーで目の前に立たれたら……間違いなく私は負けるだろう。
……悔しい。
素直にそう思った。
ストライカーとしてのプライドが、ミサイラーとしてのプライドが傷つけられるような感覚。
「……絶対に負けません」
テレビでは歴史的圧勝によりアメリカを倒した日本をひたすら持ち上げる報道が繰り返し流れている。
その中で映し出されるアリスさんの姿を見て決意する。
「一人の選手として、憧れているだけで終わるつもりはありません。……せめてアナタに認められる選手になってみせますわ」
■side:佐賀県立大学附属高等学校1年
「はは、相変わらずアリスは怖いわね」
隣でそう呟くのは、一緒に突撃を繰り返してきた仲間である『
目の前では、アメリカを一方的に蹂躙したアリスが映し出されている。
かつて一緒に戦った仲間が活躍するのはもちろん嬉しい。
そして日本が勝つことも最高だ。
だが―――
「……やっぱ、一緒に戦いたかったな」
誠子が、ポツリと言葉をこぼす。
その気持ちは痛いほど解る。
私達は去年のU-15女子代表で『KAMIKAZE』と海外から呼ばれる突撃型アタッカーだ。
高校に入ってそれなりに公式戦を重ね、更に強くなっていると思っていた。
しかし私達2人は、選考会にすら呼ばれることはなかった。
唯一、ウチから呼ばれたのはリーダーの飯尾先輩だけだ。
この4人以外は全員今年のU-18に召集されている。
戦績が振るわなかったはずの冴までもがメンバー入りをしていた。
それが何より悔しいのだ。
2人で居る時は、お互いに何も言わない。
でも一人になると、どうしても感情が表に出てしまう。
選考会にすら呼ばれないと解った日、誠子の奴が人気の無い場所で泣いていたのを知っている。
『どうして私はダメだったのか?』
その言葉を聞いて、つい『それは私が知りたいぐらいよ!』と心の中で叫んだ。
今年もU-15である鳥安と渋谷の2人も調子が良いのか決勝まで進んでいる。
テレビで彼女達が紹介されるたびに悔しくて悔しくて仕方が無い。
去年までは自分も同じ立場に居たはずだった。
何が自分と彼女達を分けたのか?
どこでそんなに明確な差がついたのか?
考えても考えても解らない。
練習をサボった覚えも無い。
いや、前よりも練習量は増えているぐらいだ。
しかしそれでも今のU-18女子日本代表を見ていると実力の差を感じてしまう自分が居る。
今の代表を支える突撃型アタッカーの大野は、冷静に突っ込むタイミングを計れるようになっており明らかに成長していた。
もう1人の大場というショットガン使いも、そのショットガンを上手く使って攻防共に戦果を挙げている。
特に大場は、あの黄若晴の突撃近接戦闘でアリスと並び生き残った数少ない選手として名前が挙がっていた。
何よりこの2人は、どちらも不要な死亡が一度も無いのだ。
これは相打ち上等で突撃してきた自分達の戦い方を否定されたに等しい。
そしてそちらの方が圧倒的に貢献出来ていると解ってしまうのが、なお悔しい。
「……くっそ、どうしたらいいのよ!」
泣きそうになるのをグッと堪える。
そう、泣いてる暇など無いはずだ。
……来年こそ、絶対にあの舞台に私も立つんだッ!!
■side:U-18女子中国代表 黄 若晴
「……」
テレビに映るアリスの動きを見て思わず絶句する。
ストライカーとは本来その火力と装甲で戦場を押し込む火力面での花形だ。
逆にその対価として鈍足で急な動きが出来ない。
これがストライカーの常識だ。
しかし目の前に映るストライカーは何だ?
「日本は……頭おかしいわよ、やっぱり」
隣で一緒に見ていた蘭玲が、呆れた顔でそう口にする。
私も一度、ブースターを体験したことがある。
しかし重量故に慣性を殺せず、立ち回りも重量が邪魔をして思うように動けない。
何より壁を蹴ってブースターで宙へと浮かび、回転しながら姿勢制御と進行方向を定めての突撃など不可能だ。
だがその不可能を彼女……アリスはやってのけている。
「……凄い」
思わず口から言葉がこぼれた。
彼女と戦ったあの時の接近戦。
あの時もそう思った。
接近すれば問題無いと思っていた私を嘲笑うかのように全ての攻撃を回避するどころか反撃までしてくる。
渾身の横薙ぎをナイフを使った垂直飛びで回避された時など思わず声を上げそうになったほどだ。
結局私は、最後にスタングレネードで動きを止められ倒された。
復活した時は『何かの間違いだ、きっともう一度やればいけるはず』などという意味不明なプライドに縋っていた。
それを彼女は、踏み込もうとした足を狙うという回避不能な一撃でそんな私の醜いプライドごと潰してくれた。
今もそうだ。
私でも出来ないようなことを……アメリカ代表選手を開始直後に一人で半数ほど潰している。
相手と自分の差を嫌というほど見せつけられている気分だ。
私は負けなしの天才としてずっと期待に応えてきた。
勝つことは当然だし、相手は多少強くても結局は私の前に倒れていく。
だから相手が何者であろうが勝てると思い込んでいた。
しかし今は違う。
目の前には、明確な目標が存在するからだ。
私が出来ないことをあっさりとやり遂げる者。
私が今、一番倒したい相手。
国家の威信だ何だなど、どうでもいい。
ただ彼女を倒す……それだけに全てを賭けよう。
モニターに映るアリスに向かって私は全ての想いを込め、ただ一言だけ口にした。
「―――
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