第23話
■side:東京私立大神高等学校 谷町 香織
*画像【工業区:初期】
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ミーティングルームで監督が作戦の説明をしている。
外を見れば、もう真っ暗だ。
私は、思わずため息を吐く。
別に連日のハードな練習が苦痛な訳ではない。
むしろやる気は十分ある。
『最新式多脚戦車乱入事件』
そう呼ばれた事件のおかげで全国女子高生LEGEND大会は中止になりかけた。
私達からすれば最悪な話だ。
苦労して決勝戦まで勝ち上がり、あと1勝で優勝という所まできたのにそれが一方的な私怨で潰される。
青峰女子には申し訳ないが中止の可能性が噂され始めてからは、部室内ではみんながピリピリしていた。
特に決勝戦に全てを賭けてきた『あの人』の荒れ具合は、語りたくもない。
それから色々とあったが青峰が琵琶湖に勝利を譲ったのが決定的となり、ついに決勝戦が行われることになった。
だがいきなりスグ試合とはならない。
流石にどちらも騒動で練習などをまともにしていないため、全力とは程遠かったからだ。
なので再調整する期間を設け、お互いその間に全てを整えるということになった。
その報告を聞いてより一層『あの人』は面倒になっていく。
ウチの指導は比較的厳しい。
よく罵声も飛ぶが、その分だけ励ますことも忘れない。
簡単に言えば『しっかり鞭を入れるが、ちゃんと飴も忘れない』といった感じだ。
しかし監督がいくら注意しても『あの人』は鞭しか振らない。
流石に強豪校に来た選手だけあって泣いてその場から逃げ出すことはあってもそのまま退部するようなことはない。
だがそうではない学校でなら、とっくに退部者が続出しているだろう。
それぐらい厳しいのだ。
現に今日も2軍選手の何人かがメンタルをやられた。
張り切って練習するのは構わない。
でもそれで琵琶湖女子を模倣してくれている2軍の対戦相手に『相手の再現度が足りない』だとか『アリスはそんな動きをしない』と注文を付けすぎるのが問題だ。
しまいには早々にヘッドショットを自分が決めておきながら『そんな簡単にヘッドショットが決まる訳がないだろう、練習真面目にやってるのか!?』と文句を言うのは流石にどうだろう?
監督からの再三による注意もほとんど効果がない。
言われた直後はマシになるのだが、時間が経つと元通り。
既に1軍のメンバーは諦めモードで2軍に関しては完全に萎縮してしまっている。
流石にここまでになるとアリスに勝てば元に戻るのか?という疑問と共に、もしアリスに完敗した場合更に暴走するのでは?と考えてしまう。
なので今日、監督にはその辺りを相談しなければならない。
「なんで私がこんなにも苦労しなきゃならないのよ……」
また、ため息を吐く。
こんな面倒なのはU-15だけで十分だったのに。
そして私を含めチーム全体を悩ませる『あの人』はミーティングをすっぽかし、ひたすら射撃練習をしている。
『作戦の内容はあとで報告してくれればいい』というワガママっぷりだ。
LEGENDは、言うまでも無くチーム戦である。
何よりチーム連携が重要なゲームで自らそれを放棄するとは何様だと言いたい。
確かにここ最近、特に射撃の精度に磨きが掛かっていてU-15の時のアリスを思い出すような狙撃を連発する。
だから監督も『あの人』をスタメンから外すことが出来ない。
私達からしても『あの人』が居ると居ないとでは、明らかに戦力的な差が出ることは理解している。
気づけば監督がスタメン1人1人に対して細かい作戦を伝えている。
今回の決勝のマップは『工業区』。
中央にある高台4つを中心に細かい障害物が多く乱戦になりやすい。
それに交戦距離が比較的近い関係もあってどんな武器でも有効射程内に入るため、それが非常に怖い所だ。
流石に障害物が多すぎてグングニルのようなものは出てこないだろうが、別の何かが出てくる可能性は否定出来ない。
U-15までのアリスならブレイカー対策を徹底すれば良かったが、最近の彼女は全ての兵種を使用している。
そしてその全てで結果を残しているある意味天才の中の天才だ。
だからこそ、その天才に同じ天才をぶつけようというのは解る。
だけどそれで本当に勝てるのか?という疑問が、ずっと私の頭から離れない。
「次、谷町!」
「はい!」
悩んでいると監督から声がかかる。
どうやら私の番らしい。
「お前は、中央を抑えて貰う。相手をなるべく前進させるな。中央がどれだけ防衛を維持出来るかで勝負が決まる」
「了解です!」
どうやら監督は、あくまでアリスがブレイカーとして狙撃してくると予想している。
確かにこのマップだと不意打ち狙撃をしやすく特に高台でウロウロされるとそれだけで脅威だ。
防御を固めるのもアリスに遊撃ではなく狙撃メインにさせるためのもの。
そしてそうなれば『あの人』が嫌でもアリスと撃ち合うだろう。
……本当にそうなのか?
あの霧島アリスだぞ?
そう思うが全体の流れが決まってしまっている以上、私は役割を全うするだけだ。
確たる証拠などがある訳でもないのに作戦の根幹にかかわるような発言は不用意に出来ない。
気づけばスタメン全員に声をかけ終わった監督がまとめに入っていた。
「決勝まであと1週間だ。本来、決勝までこんなに時間が空くことなどない。間違いなくお前達が最初で最後の特別な決勝戦になるだろう」
そう言いながら選手全体を見渡す監督。
「だからこそ悔いが残るようなことはするな!最後まで全力で足掻け!」
「はいっ!!」
「よしっ!今日はここまでっ!」
「ありがとうございましたっ!!」
全員の返事に満足した監督の号令で今日の練習が終了する。
私は、帰ろうとする監督に急いで駆け寄った。
「監督!」
「どうした、谷町?」
「相談したいことがあります。お時間よろしいですか?」
チラっと時間を確認した監督は、ため息を吐く。
「まあ良いだろう。だがあまり時間は取れんぞ?」
「問題ありません」
監督の了承を得て2人で部室にある監督専用の部屋に移動する。
「で、何の話だ?」
「『あの人』のことです」
「……言いたいことは解る。あと1週間だ。それまで無理か?」
「そういう問題ではありません。確かに最近特に理不尽な指導が多いので困ってますが……」
「アレも今度の決勝戦でようやく念願の相手と戦えるんだ。それが終われば多少マシになるだろう」
「……例え負けたとしてもですか?」
「アレは『霧島アリス』にこだわり過ぎている。勝つか負けるか解らんが、どちらにしろ一度ハッキリさせないと誰の意見も聞かんだろうよ」
監督の言葉にため息を吐く。
最近、ため息しか出ない。
「まあそう悲観するな。大会後は勝敗に関係無くリーダーの引継ぎを行う。次のリーダーはお前だ、谷町」
「……私が、ですか?」
「アレの件でもお前が一番上手く立ち回っている。2~3年生からも信頼されてる」
「苦情係みたいなものですよ」
「それでもだ」
「そんなもんですかね?」
「それに試合中、一番視野が広いのもお前だ。常に全体を見ながら戦闘も十分こなせる時点でリーダーとして申し分がない」
「買い被り過ぎですよ」
「それに大会後は、チーム編成の指揮権も基本的にお前に任せる。自由にやってみろ」
「……それだと『あの人』外すかもしれませんよ?」
「大会後なら構わんよ。どうせあとは適当な大会だけ。冬のアレは選ばれた奴だけだからチームとしては関係ない」
「はぁ、わかりました」
「それは、引き受けてくれるということでいいか?」
「拒否権なんて無い癖に」
「という訳で、リーダーの件はそういうことだ。あと、まだ何かあるか?」
「私がリーダーってことは、大会後リーダー引き継いだら『あの人』がどういう状況でもゴリ押しますよ?」
「構わん」
「……わかりました」
気づけば次期リーダーを押し付けられる結果となったが、まあ収穫が無かった訳ではない。
監督に挨拶をすると、そのまま外に出る道を歩く。
ふとVR装置のおいてある部屋から音が聞こえてきたので覗いてみると『あの人』は未だ射撃訓練をしていた。
練習モードの最高難度で登場する全ての敵をヘッドショットで倒している。
これでもう少しまともなら良かったのにと思わざるをえない。
邪魔をしないように入口スグのテーブルの上に本日のミーティング内容が入ったデータチップを置いておく。
外に出ると何故か晶と桃香が待っていた。
「ん?何で待ってるの?」
「監督に何か話していたんでしょ?」
「今日も絶好調な人の話をちょっとね」
「ああ、それね」
「今日は、いつにも増して理不尽だったわ」
「その辺りを色々とね。……ところで夕食はどうする?」
「この前、パスタが美味しいって評判のお店がオープンしたの!」
「じゃあそこ行ってみる?」
「ならそこで何を話したのか聞かせて貰いましょうかね」
テンポ良く話が進み、そのまま夕食はパスタ料理となった。
街灯が明るい街中を3人で歩いている最中、ふと空を見上げる。
「……ホント、決勝戦はどうなるんだろうね」
「お~い、香織!何やってんの?」
「置いていくよ~?」
「はいはい、待って待って」
私は、とりあえず考えることを止め2人の元へと走っていった。
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