第10話





■side:霧島 アリス






「アリスっち! LEGEND教えてっ!」


 ある日の朝、突然部室に入ってきたかと思えば

 勢い良くこちらの肩を両手で掴みながら迫ってくる安田 千佳に

 思わず「お、おぅ」と驚きの声が漏れた。


 正直な話、一番やる気が無く

 あくまで幼馴染の宮本 恵理の付き合いで

 プレイしていると言っていた彼女なので、そんなことを言い出すとは思わなかった。


「とりあえず、理由を」


「だってアタシ、役立たずどころか足引っ張ってるじゃん。

 そこまでやる気無かったって言ってもやっぱ気になるんだよね、そ~ゆ~の。

 だから多少は?って感じで」


 その言葉に部室内に居た全員が「あ~」っと納得した感じになる。

 ここ最近、ずっと全国各地の学校と対戦をしまくっていたのだが

 銃弾が激しくなると彼女は、スグに下がってしまうのが癖になっていた。

 しかもそれだけではなく、とある試合では互いに同点で迎えたラスト5秒で

 弾幕が薄れ怪しいぐらい静かになっていた所で、不用意に顔を出した彼女は

 その瞬間を綺麗に狙われ、相手ブレイカーにヘッドショットを決められてしまう。

 そしてそのままタイムアップで1試合負けたことがあったのだ。


 いつも隠れてしまう彼女に「仕方ない」と毎回みんなで声をかけるのが

 恒例行事になっていたことや、彼女も軽い感じで笑いながら「ごめ~ん」と

 言っていたので、誰も気にしていなかったのだが

 その最後のヘッドショットでの負けの時だけは違った。


 いつも笑顔だった安田 千佳が、号泣したのだ。


「迷惑をかけてゴメン」


 VR装置の中で、そう泣き叫ぶ彼女にビックリして必死に宥める監督やチームメイト。

 更には、千佳にヘッドショットを決めた相手チームのブレイカーの娘が

 気まずさに耐えきれず千佳に謝罪するまでに発展した事件があったのだ。


 それから彼女は、3日間ほど部室に来なくなった。

 このまま辞めてしまうのでは?と皆で話していたら、今度はこれである。


 しかも「LEGEND教えて」である。

 ルールブックを手渡すだけではダメなのだろうか?などと

 一瞬思ってしまったが、さてどうしたものか・・・。






■side:安田 千佳






 アタシの目の前ですご~く微妙そうな顔をしている美人さんは

 霧島 アリスという、女から見ても人形みたいに綺麗でありながら

 LEGENDというスポーツの最強選手らしい。


 いや実際一緒で試合してても、活躍してるなってのは解るんだけど

 アタシ自身が、あまりルール的なものを把握してなかったりするので

 いまいち解らないんだよね。


 そんな彼女が、目の前で唸りながら何かを考えている。

 いきなりこんなお願いされても困るよね。

 いやそんなことは解ってるんだよ?

 でもね?

 アタシだって必死な訳で。

 まさか、自分でもあんなに泣くとは思ってなかった。


 そもそもアタシには、みんなのように目標がある訳でも

 やりたいことがある訳でもない。

 てきと~な、それでいて愉しい人生を送れればそれでいい。

 だからこの学校を選んだのも、LEGENDをやり始めたのも

 ぜ~んぶ幼馴染の恵理ちゃんにお願いされたから。

 そんなアタシが、あんな爆音と弾が飛び交う危ない場所で

 戦える訳ないじゃん。

 当然、足を引っ張っている自覚ぐらいはある。

 だから何とかちょっとぐらいは、活躍しておきたかった。

 そう思ってこの前の試合で顔を出したら、アレだった。


 あくまで人数合わせ、あくまで誰かが入ってくるまでの繋ぎ。

 そう思っていたのに。

 このまま引き下がれない。

 このままお荷物のままでは終われない。

 そんな気持ちになってしまった。

 今までこんな気持ちになったことなんてないから

 自分でもどうしていいのか解らない。

 でも、それでも、この気持ちを大事にしたかった。

 だから、一番上手いであろう彼女に声をかけたのだ。


「・・・とりあえず確認なんだけど

 どの程度まで上手くなりたいの?」


「え?」


「どれぐらいやる気なの?


 例えば、足を引っ張らない程度?

 それとも、全国レベル?

 もしくは、世界レベル・・・というかプロレベル?


 目指すものが違えば、やることも違うから」


 そう言われて「なるほど」と感心する。

 確かにどれぐらいを目指すかによってやることは違うよね。

 じゃあ足を引っ張らない程度ぐらいで―――


「―――そうね。

 例えば、足を引っ張らない程度なら

 正直努力する必要はない。

 スタートから一歩も動かなければいいだけ」


 アタシが声を出そうとした瞬間。

 彼女は、それを遮るようにして声を上げた。


「へ?

 で、でもそれじゃ―――」


「1人足りない分、不利かもしれないけど

 今のチームならそれでも十分戦える」


「そ、そんなっ!!」


 バンッ!と勢い良く机を叩いて立ち上がったのは、恵理ちゃんだ。


「無理に前に出て誰かにカバーして貰う方が迷惑かけてると思わない?

 それならいっそ最初から居ない方がマシじゃない?」


「それは・・・」


「ウチは、既に全国レベルが集まってるチームなの。

 でもやる気があるなら初心者でもちゃんと向き合う。

 努力をするなら実力を引き上げる。

 これが監督と話し合って決めた方針。


 で、足を引っ張らない程度なんてやる気の無い返事なら

 正直、棒立ちしててくれる方が手間も省けて助かるわ」


 確かに言われるとそうだ。

 自分は、どこまで甘えてたことを言っているのか。

 そう思うと、自然と涙が出てくる。


「・・・流石に少し言い過ぎではありません?」


「もうちょっと優しく言ってあげても良かったかなぁ~と思うんだよねぇ~」


 アタシが泣き出してしまったからか

 藤沢先輩と新城先輩が、そう言いながら慰めてくれる。


「こういうことは、最初に言わなきゃダメなんですよ、先輩方。

 で、どうするの?

 やる気は、あるの?」


「ア、アタシは―――」






 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。






「い~や~ぁぁぁぁぁぁ!!」


「攻撃外したならスグに動く。

 間抜け顔で棒立ちしない」


 既にアリスっちに追い回されて1時間。

 アタッカー装備の彼女に撃たれ、接近武器で攻撃され

 反撃しても当たらない。


 怖くなって逃げだせば、容赦なく撃破判定を取ってくる。

 しかも設定で撃破後の復活時間を0カウントの強制復活に変更してあるため

 スグに復活してしまう。


 もう何度やられたか解らない。

 それでもやる気があるなら根性見せろと

 ひたすら追い回されていた。


「アリスさん、意外とアタッカーも上手いね」


「ストライカーも上手かったりして」


「流石にそれは・・・無いとは言えない所が怖い」


 見学しているみんなの言葉が聞こえるが

 何を言っているのか頭に入ってこない。


 曲がり角を曲がり、後ろからの足音というか

 アーマーの駆動音がしないことを確認して

 ようやく休めると座り込む。


 するとカン、カンと何か金属が当たる音がしたかと思えば

 小さな円柱状のモノが、目の前の壁に当たって足元に転がり込んでくる。

 何だろうと思った瞬間、それが突然爆発した。

 そして自分がやられたというログと共にスタート地点に戻される。


「え~っと、安田さん。

 今のは、時限式グレネードといって

 投げてから一定時間経つと爆発する爆弾なの。

 だからそれが投げ込まれたら頑張って逃げるか、それを拾って

 スグに投げ返すようにしてね」


 今のは何だったのだろうと思っていたら

 見学していた晴香ちゃんが教えてくれた。


「そっか、アレ爆弾だったんだ~」


「さて、理解出来た所で

 さっさとスタートポイントから出る。


 あれだけの啖呵を切ったのだからもちろん、頑張るんでしょ?」


 いや、美人さんの笑顔なのに物凄く迫力がある。

 これは、教えて貰う相手を間違った?


 そう考えていると足元に弾が何発も撃ち込まれる。


「さっさと動く」


「は、はいぃぃぃぃ!」


 逃げるように・・・というか、ホントに逃げないとスグに追い付かれてしまう。

 ある程度の距離を稼ぐと、深呼吸をしてから武器を構える。


「アタシは、頑張るって決めたんだ―――」





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