第57話 私のスローライフ?

 私の目の前に真っ白な空間が広がっている。


 ここはスキル【主の部屋】で来ることのできる、迷宮核の内側だ。


 前回試した時は外に残った意識の無い私を、父さん達が心配してはいけない、と思ってすぐに中断したので今回は就寝時間にスキルを使ってみた。


 それなら意識が無くても、ただ眠っているだけにしか見えないので、二人に心配をかける事もない。私えらい!


「さて、と……。なにをしようかなぁ」


 何をするにしても、ここで何が出来るのか分かっていないので、まずはそれを把握するところからだ。


 なので手始めに私は【迷宮創造】の時のように、行いたい事を思い描いてみる。

 何がいいかなー。


「まずは……フッカフカなベッドが欲しい!」


 あれ、可笑しいな……。

 これじゃ、ただ欲しい物を言っただけだよ。


 でも私が頭の中で思い描いたベッドが、体から魔力がズンと抜ける感覚とともに目の前にポンっと現れた。


「え……嘘、ベッドだ。……うわぁ、フカフカだぁ!」


 信じられない事に、私が想像していた通りのベッドが出てきたので、思わずベッドに飛び込む私。


 父さんと母さんに挟まれて寝るのも良いんだけどね。たまには、この温もりに包まれて寝たいんだよ……。はふぅ……


 あ、やばい。寝ちゃいそう。ここでも寝られるのかな?

 外に抜け殻を放置して寝るとか危なすぎるけどね。


 今は父さん達に囲まれてるから安心して内側に入れるけど、これ一人だと使えないなぁ……。


 街の宿屋だって安全じゃないしね。これは経験則だよ。


 私はベッドの中でゴソゴソと蠢く。

 とうしよう。ベッドから出たくないな……。


 あー、でも残念だなぁ……。ベッドがこんな簡単に出せるなら、お風呂とかも用意できそうだけど、ここで体を洗っても外の私を磨かなきゃ意味ないもんね。


 そうなると食べ物も意味ないだろうし……。

 いや…でも……何が出来るか試す為に、こっちに来てるわけだし……。でもなぁ……こっちで贅沢しちゃうと戻りたくなくなっちゃうかもしれないしなぁ。

 でも、これは検証であって贅沢じゃないんだ!


「というわけで、おいでませ……お子様ランチ!」


 私の言葉と抜ける魔力とともに目の前にお子様ランチが現れる。


 おお……懐かしき料理が今、目の前に!


 って、なんでお子様ランチなんだよ! もっと違う料理でも良かったじゃん! ……まぁ、せっかく出したんだし? 捨てるなんて勿体ないし? 食べるけどね。


 あ、でも皿に盛ってあるとはいえ、地面に直置きはいただけないね。

 これはテーブルの一つも用意してなかった私のせいだけどね!


 そして手頃なテーブルとイスを用意した私は、お子様ランチをテーブルの上へと移動させてから座る。


 目の前には一枚の皿の上に乗った、旗が突き刺さったチキンライス、ナポリタン、ハンバーグ、エビフライ、唐揚げと子供が好きそうな物が盛り沢山だ。

 しかも一口ゼリーも付いている! メロン味だヒャッホゥ!


 私は冷静にお子様ランチを分析すると、添えてあったフォークを握りしめて、それを唐揚げに突き立てる。


 サクッとした衣をフォークが貫く。この音だけで堪らない……。私は刺した唐揚げを口に運び入れる。


 表面はサクサクで中はジューシー……。この溢れる肉汁に後から香るニンニクの風味が最高!


「んー! 美味しい! 唐揚げ美味しいよぉ!」


 私の瞳に涙が溜まる。

 これは唐揚げが熱くて涙が出てきただけだよ! 懐かしんで泣いてるわけじゃないんだからね!

 その後も私はモッキュモッキュとお子様ランチを食べ続け綺麗に平らげる。

 ごちそうさまでした……。あれ、この場合はお粗末様でした、になるのかな? 私が用意したわけだし……。


 ま、なんでもいっか!


 さてと、食事も済ませたし次は何をしようかな。


「そうだ魔物を出せるか試してみよう。無理だとは思うけど……」


 そうなると何の魔物を出してみようか。感覚的に無理だ、って理解しているけれど、もし出てきてしまったら簡単に倒せる魔物がいいからね。


 でもってオークなんて絶対にゴメンだ。


 なので、ここで思い描くのはGランクの魔物だ。

 えーっと、なんだったかな……額に角の生えたウサギ。

 そう、ホーンラビットだ! あれなら簡単に倒せるからね。それで決まりだね!


 そして私は以前見たホーンラビットの姿を頭の中に浮かべてみる。しかし先程まで簡単に物を出せていたのにも関わらず、ホーンラビットを出現させることはできなかった。


「ふむぅ……やっぱりできないかぁ。まぁダンジョン運営をしたい訳でもないし別にいいんだけどねぇ。あとは外で領域を広げた場合でも、ここと同じように料理やベッドを出せるかどうかを今後試してみたいね」


 外と内で出来ることが同じなのか違うのか、それも検証していかないとね。

 ただ、この内側の世界って迷宮核にとって何の意味があるんだろう? 実は内側だと体があって、優雅に紅茶でも飲みながらダンジョンを監視していた、とかだと面白いね。


 あ、でも私は内側から外が見えないから、それはないのかな? うーん……謎だ。


 そうなると【主の部屋ここ】は心で贅沢する施設になってしまう。

 勿体ないな……。


 とはいえ、なにか有用な使い方が思いつくわけでもないので、【主の部屋】の使い方は保留だね。


 そうと決まれば、ここから出ようかな。

 ここに染まると外での活動に支障をきたしそうだからね!




 そして私は外側へと意識を戻す。


 母さんに体を預けるようにして寝ていた私は一つ伸びをした。


「シーちゃん、お帰りなさい」

「――っ?! ……母さん、起きてたの?」


 寝ていると思ったのに、いきなり声をかけられて思わず声を上げそうになるけど、どうにか我慢できた。

 あー、びっくりした。それにしても、かぁ……。これは内側に行ってたのバレてるのかな?


「ガイアスも起きてるわよ。ほら薄目を開けて見てるでしょ」


 私が父さんに視線を移すと慌てて目を閉じるのが見えた。

 本当に嘘が下手だね、父さん……。


「ゴメンね。私が動いたから起こしちゃった?」

「いいえ、違うわ。シーちゃんが寝入って少ししてから、シーちゃんの魔力が少しずつ減っていったから、もしかしたら、こっそりスキルを試しているのかと思って見守っていたのよ」

「う……寝ている時が一番心配をかけないと思ったんだけど、やっぱり分かっちゃうんだ」


 魔力を感じ取れると隙がないね。結局、心配をかける事になっちゃうんだから……。


「そのスキルを使うな、とは言わないけれど、使う時は一言伝えてくれると私も安心だわ」

「うん、分かった。今度からは気をつけるね」


 私達は一つの約束を交わして、もう一度眠りについた。






 それから数日が経って迷宮核のスキル【迷宮領域拡大】と【迷宮創造】について、いくつかの事が分かった。


 【迷宮領域拡大】は自分が望んだ範囲を領域に指定する事が出来たので、無闇矢鱈に周辺をダンジョンにする心配はなさそうだった。

 領域を解除する事もできるしね。


 そして【迷宮創造】では、内側で造ったようなベッドや料理は出せなかった。

 できる事といえば、領域下にある地形や物の形状の変化だけだ。


 なので今の私ではダンジョンという箱庭を造る事しか出来なかったりする。

 魔物も出せないしね。


 それでも地形を変えられるってだけでも十分に凄いんだけどね。でも戦闘には使えないかな。

 戦ってる最中にガッツリ魔力使って領域を広げて、そこから地形を変化させて落とし穴とか?

 流石に効率が悪すぎるので無理があるね。


 もし事前に準備ができるのなら、かなりの強みになるけどね。



 そうそう【主の部屋】を、あの後も何回か検証してて気付いたんだけども、あの中でご飯を食べると外に出てもキチンとお腹が膨れてるんだよ。


 あの中には意識だけが行っているのかと思っていたけど、どうも体も繋がっているらしい。

 なので、それが分かってからは毎日お風呂のお世話になっています。

 シャンプーとかも常備しているので髪もサラッサラだよ!


 ただ、何かを出そうとするとクラっとする勢いで魔力を取られるので、もはやお風呂専用スキルになってしまっている。


 私のステータス画面みたいなやつで魔力の残量でも分かれば計画的に使えるんだけどね……。

 こればっかりは私の感覚頼りになってしまうから困る。


 これで迷宮核に関するスキルの検証は終わったし、あとはのんびりスローライフでも楽しみますかね。


 さって! 今日はなにをしよーかな?










◆レギオラ視点


「ふぅ……漸く片付いたか」


 俺はやっとの思いで確認を終えた書類の山を見る。我ながら頑張ったな……。


 たまには早く帰らないとシャーネに怒られる。

 いや、シャーネは怒らないな……。きっと無言で冷えた空気を醸し出しながら圧を加えてくるに違いない。


 俺はそれを想像して身震いする。

 そろそろ帰るとするかー。俺は固まった体を解しながら、書類を纏めていく。


 先日、国境警備隊のガレウス殿からハイオークの出現を報せる手紙が届いた。

 その後にルークからも国境に魔物を警戒する為の人員を回して欲しいと依頼がきた。


 ただでさえアルクーレの街の北側の森で聞こえたという轟音に、木々が薙ぎ倒されていた場所……謎の魔物という憶測で忙しいというのに、本当に勘弁して貰いたい。


 ルークの方でも動いてもらっているが、それでも手が足りない。本当に困ったもんだ。


 俺が書類を纏めていると誰かが慌てて駆けてくる音が聞こえる。嫌な予感がするな……。


 そう思ったところでノックもなしに執務室の扉が開かれる。やって来たのはエレナだ。

 エレナは息を切らしながら俺を見る。

 また問題発生か、と諦めの境地に至った俺はエレナに何があったのかを聞く事にした。


「そんなに慌ててどうしたんだ。何かあったのか?」


 俺は普通に聞いたつもりだったが、途端にエレナの瞳に涙が溜まってくる。

 おいおい?! これじゃ俺が泣かしたみたいじゃないかよ!

 内心慌てまくっているとエレナの後を追ってか、アゼリアがやって来る。

 だけど、どうにも顔色が良くない。本当に何があった?


 俺は二人を座るように促してから、自分もその対面へと座る。


「それで、何があった?」


 既にボロボロと泣いているエレナではなく、まだ少しは冷静そうなアゼリアに聞く。


「それが……帝国領にあるクエンサの街でシラハちゃんが行方不明になったそうです」

「なんだと?」


 あの嬢ちゃんは帝国領に行ってたのか……。とまあそんな事はどうでもいいが、あの嬢ちゃんが行方不明?


「その話は誰からの情報だ?」

「クエンサまでの道中を共にしていた、行商人を護衛していた冒険者の話ですので間違いないかと……。その冒険者の話ですと、クエンサの領主の息子と娘と共に盗賊退治を行ったそうです」

「いや、なんでそうなった?」

「成り行き、だと言ってましたけど……。息子の方が騎士で娘は冒険者ギルドのギルマスをやっていると仰ってたので、本当に治安維持の一環なのでは?」

「それで、どうなった?」

「街に戻ってからシラハちゃんと別れたそうなんですが、そこからの足取りが不明だそうです」

「という事は誘拐……か」


 確かに綺麗な顔立ちではあるが、それだけに嬢ちゃんは警戒心が強いように感じられた。

 そんな嬢ちゃんが簡単に攫われるか?


 となると相手はかなりの実力者だな……。


「その領主の子供とやらも嬢ちゃんを探してくれたのか?」

「みたいですね。ですが領主から横槍が入って中断せざるを得なかったみたいです」

「何故そこで領主が出張ってくるんだ?」

「なんでも領主の息子がシラハちゃんに求婚したとかで、貴族が平民を好きになって探すなんて外聞が悪いから、と……」

「マジか……」

「マジです。シラハちゃん可愛いですしね」

「そうですよ……シラハちゃんは可愛いから攫われちゃったんです……ギルマス! どうかシラハちゃんを助けてください!」

「助けるったって、場所も離れてるのに簡単に行ける訳ないだろ。それに近くにいたヤツらでも探せなかったのなら、今更動いてもどうにもならん」

「そんな……」


 酷な話かもしれんが冒険者なんだから、自分の身に降りかかる災難は自分でどうにかするしかない。

 自分の意思で旅に出る、と言ったのなら嬢ちゃんも覚悟はできていただろ。まだ若すぎるがな……。


 それに俺は、あの嬢ちゃんが簡単にくたばるとも思ってないからな。

 攫われても自力で逃げ出していそうだ。


 もしかすると今は身を隠しているだけかもしれん。


「あの嬢ちゃんは、ここでも何度も危険な目に遭っていたがピンピンしていた。だから今回だって、そのうちヒョッコリ帰ってくるだろ」


 無責任な言い方に聞こえるかもしれないが、俺は不思議とそう思っている。


「そう…ですね。シラハちゃんは、ちゃんと帰ってくるって言ってました。だから今は信じて待ちます!」


 どうやらエレナも立ち直れたようだな。

 空元気かもしれんが、塞ぎ込み続けるよりはマシだろう。


 本当に無事に帰ってこいよ嬢ちゃん。

 でないとエレナやアゼリア、さらにはルークの嫁さんが暴走しかねんからな。



 俺は嬢ちゃんの無事と、俺の平穏を真剣に祈るのだった。




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