第36話 この一杯の為に!

 私達は何事もなく帝国領のクエンサという街に向かって馬車を走らせる。


 リィナさんが馬の手綱を引いて、私はその隣に座りリィナさんの話し相手と見張りをしている。


 ずっと私が荷台を占領してしまっていたので、今は交代して私達が御者台に座っているのだ。


 いや、まぁ、ちょっと荷台の方がね……。臭いがしまして、リィナさんは「なんか臭う?」くらいで首を傾げる程度だったけど、私が耐えられなかったんです。


 なので交代すると申し出た次第なのです、はい。



 日が傾いて辺りが暗くなってくると、馬車を道から少し逸れた所へと停めて夜営の準備を始める。


 食事を済ませて順番で見張りを行う時間になると、漸くスキルの確認が行えるようになる。


 私が普段から見ているスキルが表示されるウィンドウ画面が、他の人に見えるとは思えないけど、確認している最中に話しかけられたりするのは嫌だったので、この時を待っていたのだ。

 ふふふ……


名前:シラハ

領域:〈ソードドラゴン+パラライズサーペント〉

   〈フォレストドッグ+フォレストホーク〉

    サハギン フォレストマンティス

    レッドプラント ハイオーク(2)

スキル:【体力自動回復(中)】【牙撃】【爪撃】

    【竜気】【竜鱗(剣)】【竜咆哮】

    【麻痺付与】【毒食】【解毒液】

    【熱源感知】【獣の嗅覚】【跳躍】

    【夜目】【有翼(鳥)】【潜水】【側線】

    【鎌切】【擬態】【吸血】【誘引】

    【剛体】【誘体】



(今回は沢山のスキルが増えたね。こんなに沢山使いこなせるかな……)


 戦っている最中に、いくつもあるスキルの中から有用な物を選択する事ができるのか分からずに不安を覚える。


 困った時に手段が多いのは喜ばしいんだけどね。

 私は今回、新しく覚えたスキルを確認していく。


【跳躍】飛び跳ねる。


【有翼(鳥)】背に鳥類の証を得る。


【側線】周囲の音や振動に反応する。


【擬態】周囲の環境に紛れる。


【誘引】周囲の者を惹きつける。


【剛体】肉体を強化する。


【誘体】異性を欲情させ強く惹きつける。


(相変わらずな説明だね。…………それよりも【誘引】と【誘体】ってなに?! スキルを獲得した時は普通に流してたけど【誘体】の欲情って……)


 もしかして男性陣の様子がおかしくなったのって、これが原因? でもハイオークと戦ってる時、私は変な気分になったりしなかった。


 分からない。分からない事だらけだけど、これはスキルを常に使っているのかな?

 説明を見る限りだと、アレだけじゃ済まなそうなんだけどな……。


 と言うか、私が皆と一緒にいると不味いんじゃ……。

 いや魔石を外せば良いんだろうけど、【剛体】は有用そうなんだよね……。


 【誘引】も常に、という感じではないと思う。

 馬車で少し様子がおかしかったリィナさんも、あれから普通だしね。

 

 つまり、私の行動か何かでスキルの効果が多少なりとも出てしまうという事なんだろうね。迷惑な話だよ……。って迷惑なのは私だね!

 人の多い所では気を付けないとね。


 他にも気になるスキルはあるけど、さすがにここで検証はできない。

 【有翼(鳥)】には、すっごく興味あるんだけどね!

 鳥類の証って事は翼かな?! 私、飛べちゃうのかな! 

 今すぐ羽ばたいてみたいよ!


 でも今は見張り中だし、寝ているとはいえ皆の近くで使うわけにはいかない。

 今回手に入れたスキルを考えれば、今後私は単独で動いていた方がいいかもね。


(あ、そうだ。領域に空きがあるなら魔石も取り込んじゃおう)


 ハイオークを倒した事によって空きが三つも出来ていたらしく、ハイオークの魔石を取り込んだ今でも空き枠が二つある。

 使いこなせるかは別として、戦力増強できるのは嬉しいし、新しいスキルを手に入れるのは楽しいからね。


(ただ……領域の空きは一つは残しておこうかな。良さげな魔石を手に入れたら取り込みたいし、それに――)


 そこで私はドラゴンパピーの魔石が、ソードドラゴンの魔石へと進化した時のことを思い出す。


(あの時、領域に負荷がかかるって言っていた。もし他の魔石に同じ事が起こっても空きがあれば、もしかするかもしれない……)


 あの時はアルフリードさんが私を運んでくれたと聞いたけど、もし周りに助けてくれる人が居なかったら最悪死ぬだろう。


 そうならない為にも一つくらい空きは確保しておきたかった。意味があるか分からないけどね。


 それなら取り込める魔石は一つになる。


(どうしたものか……)


 うーん。Fランクの魔物は小動物みたいなものだったし、スキルは期待できないかな……?


 そうなると残りの魔石は、フォレストゴブリンかエアーハントの二択になる。


(ならエアーハントかなぁ。フォレストゴブリンって他の魔物にやられているのを良く見かけたから、良いイメージないんだよね……)


 私は誰にも見られていないのを確認するとエアーハントの魔石に触れた。


『エアーハントの魔石を確認しました。

 領域を確認、魔石を取り込みます。


 エアーハントの魔石の取り込みが完了しました。

 スキル【有翼(鳥)】【風壁】が

 使用可能になりました。

 【有翼(鳥)】は重複するため表示されません』


【風壁】自身が受けている風を壁とする。


(むむ? 受けている風……。つまり、どういう事だろう。無風だった場合は使えないという事なのかな? エアーハントは滑空していたし、飛んでいるから常に風をその身に受けていることになる。それを壁にしてフィッツさんの矢を防いでいた、ってとこかな)


 本当は、私を吹き飛ばした技が使えたらいいなーとか思ってたんだけど、それは今後に期待だね。


 スキルの確認と習得が終わったので、時間まで見張りをしたあとデュークさんと交代して眠る。


 帝国領は魔物が出やすいって聞いてたけど、その日は何事もなく夜が明けた。




 


 昼頃になると前方に村が見えてくる。

 リィナさんの話ではセン村と言うらしい。この村を出て二日程でクエンサの街に着くのだとか。


 そして今日は、このセン村に泊まるらしい。

 王国側にあるタブル村では補給だけだったのに何故かと聞いてみる。


「王国の中にある村で王国の物を売っても、売れないんだって。それなら帝国に持って行った方が需要があるって、おじさんが言ってたよ」

「そうなんですね」


 それでも街に持って行った方が売れそうな気もするけど、何かしらの付き合いがあるのかもね。


 セン村は柵で村の周りを囲ってあった。

 柵の良し悪しは分からないけど、しっかりとした作りをしているように見える。


「柵がそんなに珍しい?」


 私が柵を見ているとリィナさんが不思議そうな顔をして聞いてくる。

 この前に通ったタブル村には柵がなかった気がする。


「タブル村にも私のいた村にも柵とかなかったので」

「シラハの故郷は分からないけど、タブル村は国境に向かうのに必ず通るから、周りの魔物は間引かれているんだよ」

「じゃあ、ここは間引きが追いつかないから、防備をしっかりしているんですね」

「そういうことだね」


 やっぱり、その国によって事情も異なるんだね。


 私達が村に着くとカルロさんが、入口で見張りをしている人と少し話をした後、私達は身分証の提示を求められ確認が済むと村に入れてもらえた。


 カルロさんは見張りの人に手を振りながら馬車を進めると、見張りさんも手を振り返してくる。

 知り合いなのかな?


 

 村の中を進んで行くと何人かがカルロさんに挨拶をしてくる。

 顔馴染みなんだろうね。

 

 最初に向かったのは宿屋で、綺麗とは言い難いが年季の入った建物は不潔というわけでもなく、老舗という言葉が合う宿屋だった。


 カルロさんがリィナさん達を残して、私に付いてくるように言ってくる。

 言われるがままに付いて行くと宿屋のおじさんに紹介される。


「よぉダンケン、今日はここに泊まって行くぜ。それと、こっちは今回、臨時で護衛に付いたシラハだ」

「おぅ、部屋は空いてるから大丈夫だ。んで、よろしくな嬢ちゃん」

「よろしくお願いします。お世話になります」


 とりあえず今は顔見せだけらしく、宿を取るとカルロさんと馬車に戻って村の広場へと向かった。


 広場に着くと私を除く四人がテキパキと商品を広げはじめる。

 私はどうすればいいのさ。


「あ、シラハは何したらいいか分からないよね。これは、ただのお手伝いだけど、どうする? 村を見て廻っててもいいけど」

「いえ、手伝います。ちょっと仲間外れみたいで寂しいので……」


 リィナさんが私の言葉を聞いてニヤリと笑う。


「なになにー? シラハ寂しかったの? それじゃ私と一緒に準備しよっか」

「…………お願いします」


 リィナさんがニヤニヤしながら私の顔を覗いてきて少し恥ずかしくなったけど、ここはポーカーフェイスで通しますよ。顔赤くなってそうだけど。むぅ……


 準備が終わると、待ってましたと言わんばかりに人集りができる。

 商品の値段とかが分からないので、私は商品の補充をする裏方に徹した。

 

 辺りが薄暗くなってくると人もまばらになり、この村で売る為に用意してあった商品は粗方無くなっていた。


 馬車で宿屋へと向かい馬も宿屋の人に任せる。厩が裏にあるんだって。


 宿屋は一階が食堂になっていて宿泊客以外も利用できる。

 お酒を飲んで騒いでいる人もいるよ。


 どこの世界でも、こういう雰囲気は同じなんだね。


 私達も席に着いて食事を頼み、代金を支払う。


「ああ、シラハのお嬢ちゃん。今日の宿と食事は俺が払うからな」

「え、でも……」

「今日、手伝って貰ったからな。賃金代わりってことで」


 良いのかな……。私がやったのはホントにお手伝い程度で戦力になったとは言い難い。

 それでも皆は気にした様子もない。本当にこの人達は……



 断るのも良くないと考えて、私はお礼を云って食事を始める。

 しかし皆は食事に手を付けないで、木製のジョッキを片手に持っていた。

 それに気付いた私は慌てて、飲み物が入ったコップを持って乾杯をした。こっちでも乾杯はあるんだね。


 そして四人はグイっとジョッキに入ったお酒を一気に呷る。

 

「プハー! やっぱ仕事終わりの酒はいいなぁ!」

「まだ途中だけどね」

「外じゃ酒も飲めねえし、いいじゃねえかよ!」

「そうそう。たまにはいいよねー」

「おやじ! エールおかわり!」


 みんな美味しそうに飲むね。


 私が皆の飲んでいる様子を見ているとデュークさんと目が合った。

 デュークさんは私とジョッキを交互に見て声を上げる。


「おっちゃん! シラハにもエール!」

「えっ?!」

「え? 飲みたいんだろ?」

「見てただけです! それに私まだ12歳で未成年……」

「未成年? 12歳だろーが冒険者やってて、一人で稼いでるんなら成人だろ?」

「えぇ……」


 私が困惑しながら助けを求めようと周りを見てみれば、皆がデュークさんに賛同するように頷いていた。

 どうやら異世界こっちには、お酒に対する年齢制限がないらしい。


 そうこうしている間に私の目の前に、なみなみとエールが注がれたジョッキが運ばれてくる。

 こっちで問題がないのなら飲んでやりますとも。


 郷に入っては郷に従えってね!


「い、いただきます」


 私がジョッキに口を付けると、独特なアルコール臭が鼻を抜ける。

 しかし、それはすぐに果物のような風味へと変わりスッキリとした喉越しで、いくらでも飲めそうだった。


「美味しい……」

「だろぉ? この味を知らないなんて勿体ないって!」


 私が飲めると分かると、皆はどんどんお酒の追加を頼んでいく。

 そんなに飲んで明日大丈夫なの?


 私も皆に釣られて同じペースで飲み続けていると、大柄な男が私達の席に近付いてくる。


「よぉカルロ。飲んでるか?」

「バッカスか。見ての通りよ」


 カルロさんがジョッキに口を付けながら答える。

 バッカスと呼ばれた人の視線を追うと、デュークさんとフィッツさんが眠りこけていた。いつの間に……。

 リィナさんは水飲んでるし。


 そして私と目が合う。


「可愛い顔してやるじゃねえか。俺と飲み比べるか?」

「おい、バッカス……」


 バッカスさんは挑発的な態度で私に勝負を持ちかける。

 カルロさんも止めようとしているが、お酒が入っているせいか止まる気配はない。ふむ。


 私は自分のジョッキを見てから、中身を飲み干す。


「私が勝ったら、何か良い事でもあるんですか?」


 バッカスさんは一瞬キョトンとした顔になる。厳つい顔してるけど可愛い反応だね。

 一拍おいてバッカスさんが笑いだす。


「ガハハ! いいぜ、嬢ちゃんが勝ったらここの代金は俺が持ってやるよ」

「そちらが勝ったら?」

「こっちから持ち掛けたんだから、要らねえよ」

「そうですか……。お酒は、もっと強いのあります?」

「ちょっとシラハ!」


 リィナさんが止めに入るけど、バッカスさんが先にお酒を頼む。


「ダンケンの造った酒は利くぜ? 一発で倒れるなよ?」

「それは楽しみですね」

「なぁ、シラハのお嬢ちゃん。さすがにアレは止めた方がいい……。ぶっ倒れるぞ?」


 私はニコリとカルロさんに笑みを返す。

 お酒なのか、この場の雰囲気なのかは分からないけど楽しいのだ。

 途中で止めるつもりはない。


 そしてダンケンさんが小さな樽を脇に抱えてやってきて、私とバッカスさんの目の前に、お猪口を置く。


「この酒を出すのは久しぶりだが、嬢ちゃんが飲むのか?」

「ダンケンさんが造ったというお酒、楽しみです」

「なら味わって飲んでくれ」


 そう言うとダンケンさんが私達のお猪口にお酒を注いでいく。

 琥珀色をしたお酒からは芳醇な香りが漂い鼻腔をくすぐる。私はワクワクしながら口を付けると身体がカッと熱くなる。

 でも、ただアルコールが強いという訳ではなく、口に含んだ瞬間、果実とは違う絡みつくような、それでいてしつこくない甘みと風味が広がった。

 私はお酒には詳しくないけど、個人で造るお酒ではない気がする。


 私は味わって一杯を飲み終えて、ペロリと唇を舐める。

 それを皆が赤い顔をしてこっちを見ていた。あ、スキルの影響かな……。


「嬢ちゃん、まだいけるのか?」

「とても美味しいです。まだまだ全然いけます」

「マジか……」


 ダンケンさんが私に確認をとると、カルロさんが驚きを隠せないでいた。

 リィナさんも絶句している感じだ。


 その調子で次もその次も飲み干すが、チビチビと飲んでいるのが億劫になってきた。

 なので、私は空になっていたジョッキをダンケンさんに差し出す。


「ダンケンさん、こっちにお願いします」

「…………どうなっても知らねえぞ?」


 ダンケンさんが呆れた様子でジョッキに注いでくれる。


 私はそれを笑顔で受け取る。


「ありがとうございますっ。それでは――」


 ゴクリゴクリと喉を鳴らしてジョッキの中身を一気に飲み干した。


「あー! 本当に美味しいです!」


 私が勢いよくジョッキをテーブルに置くと皆が呆然としていた。


「ガハハ! 負けたぜっ……!」


 バッカスさんが笑ったあとに負けを宣言した。

 すると周囲から驚きの声があがり、騒然となる。


「おいおい、バッカスが負けるとか、あの嬢ちゃん化け物かよ!」

「何者だ、アイツ!」

「しかも、あれだけ飲んだのにケロっとしてるぞ?!」

「ダンケンの酒飲むと一口でぶっ倒れて、二日酔い確定なのに、どうなってんだ?!」


 やっぱり相当強いお酒なんだね。私も身体が熱くなった時は正直焦ったよ。

 どうも私はお酒、というかアルコールも無毒化しちゃうみたいなんだよね。

 

 だからエールでは全く酔いを感じなかったけど、ダンケンさんのお酒は少しクラっときたんだ。

 私の【毒食】で完全に防ぎ切れないとか、一体なにで造ったお酒なんだろうね。

 そもそも人に出していい代物じゃない気がするよ。


 でも酔いを体験できたのは面白かった。



 その後は、ダンケンさんのお酒で弱ったと考えた人達が私に飲み比べを挑んできたから、全員酔い潰してあげた。



 スキルの恩恵で強いだけだから、ズルイ気もするけど私も皆も楽しめたからいいと思うんだ。



 あと、酔い潰れた人をダンケンさんが介抱しているのを見て思った事がある。



 お酒は飲んでも飲まれるな。だね!





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