第34話 先手必勝
「このままじゃ追いつかれるね」
私は後ろに迫る音を聞いて、そう判断した。
できる事なら撒いてしまいたかったが、やはり
なら、追いつかれてから戦う事になるよりは、待ち構えて応戦した方が良いだろうと思い、立ち止まる。
さっきまでの戦いから考えても、私の攻撃が通用するとも考えにくい。
試してみるにしても、それで攻撃が通用しなかったら捕まってしまうかもしれない。
そうなったら……。
死ぬより悲惨な目に遭うかもしれない。そんなのゴメン被る。
それなら先手必勝だよね。
私は両手を前に出す。
近付いている匂いはハイオークのみ。
これで隊長さん達が追いかけて来ていたら困ったけど、誰も来ていないなら見られる心配もない。
両手一杯に竜鱗を出してみる。
これなら打ち払われても、何個かは刺さるでしょ。
木々の隙間からハイオークが現れる。
凄く怒っているような形相をしている。
戦ってる最中に後ろからチマチマ攻撃されれば誰でも怒るよね。
ハイオークは私の姿を視認すると、雄叫びをあげて向かってくる。
「ブオォォォ!」
「これでもくらえ!」
私は両手に溜めた竜鱗を撃ち放つ。
それを棍棒で打ち払いながら突進してくるハイオーク。
「ダメージもお構いなしとかっ」
いくつかの竜鱗に刺されながらも、私の目の前までやってくるハイオークが棍棒を振り下ろす。
その攻撃を飛び退いて避けると、私は竜鱗を弾けさせた。
「ギィィィ!」
ハイオークが体を何箇所も抉られて悲鳴をあげる。
竜鱗は棍棒にも刺さっていたのか、もはや原形を留めていなかった。
私から見えるハイオークの前面は肉が抉れて、血塗れになっている。
これなら、あと何発か竜鱗を撃ち込めば倒せそうだね。
私はそう判断すると再び両手を前に出した。
私がハイオークから竜鱗を出す為に、両手へと意識を向けた時だった。
呻いていたハイオークが距離をつめ、私は両手を掴まれてしまった。
「え、いつの間――にっ?!」
ハイオークは私の両手掴んだまま、近くにあった木に叩きつける。
「かはっ」
木にぶつかった衝撃で肺の中にあった空気が全て押し出される。
(このままじゃ嬲り殺しだ……)
私は周囲にある木々や地面に叩きつけられて、されるがままだった。
何もしなければ殺される。たとえ殺されなかったとしても、その先は考えたくない。
ハイオークに掴まれてからすぐに【麻痺付与】を使ってはいるのだけれど、相手が動けなくなる様子はない。
(それならっ!)
私は腕に力を入れて全身を捻り、私の両手を掴んでいるハイオークの腕目掛けて蹴りを入れる。
(【鎌切】!)
私の蹴りが当たる寸前で【鎌切】を発動させると、ハイオークの腕を切り裂いた。
「ブモ?!」
ハイオークはいきなりの痛みに手を離す。
【竜気】を使った蹴りだけでは相手が手を離してくれるか分からなかったから、【鎌切】も一緒に使ったけど上手くいって良かった。
手を離された事で地面に投げ出された私は、掴まれて痛む両手を前に出してスキルを使う。
「吹き飛べ【竜咆哮】!!」
私の両手からズルリと力が抜ける感覚に襲われる。
目の前にある物を吹き飛ばす衝撃と、爆音が響き渡る。
体にいつもより力が入らないのは、先に【竜鱗(剣)】を何度も使っていたからだろうか。
そのまま地面に倒れたくなるのを堪えて前を見る。
ハイオークは上半身の左半分を失っていた。
だけど生きている。
「くそっ……」
思わず悪態を吐く。
地面も木々も抉り、薙ぎ倒すような攻撃を受けて死なないなんて、デタラメすぎる。
こっちは叩きつけられて全身が痛むし、スキルのせいで力が入らないっていうのに。
ハイオークは放っておけば、たぶん死ぬ。
けど、その前に私を殺すくらいはできるだろう。
ハイオークが近づいて来て、その大きな手で私を掴み上げる。
「この…まま、握り…潰すつ……もり?」
私が言葉を絞り出すがハイオークは答えない。もはや私を殺す事しか頭にないようだった。
当然、私がこのまま殺されてやる訳がない。
(【竜気】【竜鱗(剣)】【麻痺付与】【吸血】!)
私はいくつかのスキルを発動させる。
【竜気】で私の体を頑丈にさせる。
【竜鱗(剣)】を全身に針山のように突き立てて少しでも力が弱まるのを期待する。
そして【麻痺付与】で相手の動きを阻害させて、
【吸血】でハイオークの
ハイオークが怒り狂ったように力を込め、パキベキと砕けたような音がする竜鱗。
掴まれた私はもう動けない。あとはスキル頼りだ。
私はハイオークと目線を合わせて不敵に笑ってみせる。
「さぁ、どっちが先に倒れるか。勝負といきましょうか」
◆国境警備隊隊長ガレウス視点
「怪我のない者は被害状況を報告しろ! 怪我人は
俺は部下に指示を出しながら、体力回復薬を口にする。
正直なところ、さっきの戦闘は危なかった。
途中からハイオークの注意力が散漫だったおかげで重傷を負った者はいたが、死者が出ることはなかった。
ヤツが他の事に気を取られていなければ、モノのついでに踏み殺された者も出ていただろう。
しかもハイオークは突如として、森の中へと走って行ってしまった。
何度かヤツの棍棒を真正面から受けたから、両腕が限界だったので命拾いした。
しかし、ヤツはどこに向かったのだろうか。
最後に見たヤツの背中や左腕には、何かの攻撃を受けた痕があった。
俺にも気付かせないで、あれほどの攻撃を一体誰が……。
もしや、そんな魔物がまだ森の中に……?
俺は先が見えない、真っ暗な森を見やる。
この先そんな魔物が蠢く魔境のような森の近くにある国境門を俺は守り抜けるのだろうか……?
いやいや、そんな弱気になってどうする。ここの隊長として任務を全うするまでだ。
それより、まずは目の前の事を片付けなければな。
部下達が篝火を持ってくる。魔物は全てではないが火を避ける傾向がある。
なので周囲に明かりを灯しておけば、多少なりとも魔物除けになるだろう。
オークは普通にやって来たがな。
そう言えば、あの白髪の少女は匂いで魔物の接近に気付けていたな。
予算は潤沢とは言えないから、俺の給料の一部を報酬として警戒に当たってもらうか?
それで部下の危険が減らせるなら安い物だ。
ああ、それとアルクーレ領の領主ルーク殿にもハイオークの出現は連絡しておかなければいけないな。
Bランクの魔物が相手なら冒険者ギルドのギルドマスターのレギオラにも出張って貰わなければならないだろうしな。
「ガレウス隊長、篝火の設置完了しました!」
部下の一人ラッツが作業の終わりを報告しに来た。
そうしたら、これから警戒態勢を敷かなければならない。
やはり、あの白髪の少女に協力を要請してみよう。
せめて一晩だけでも、居て貰えるとありがたい。
「ラッツ、さっきここにいた白髪の―――っ、なんだ?!」
俺がラッツに頼み事をしようと思ったら突如、森の方から轟音が響く。
一体なにがあった?!
周りにいる部下達も驚き戸惑っている。
俺が取り乱していては駄目だな。
「何事だ!?」
とりあえず俺は皆に何が起きたのか確認してみるが、状況を把握している者はいない。当然か。
「も、森の中を調べますか?」
近くにいたラッツが顔を青くして森を調べるか聞いてくる。
「調査するにしても、夜が明けてからだ」
というか、こんな暗闇の中で調査なんてさせられない。危険過ぎる。
未だに落ち着きを取り戻していない部下達を宥めつつ、
ラッツに先程言いかけた指示を出した。
この状況では当分、旅人達を駐屯地へと受け入れなければいけないな。
時折、素行の悪い冒険者が問題を起こすので、通行時以外では入れたくないのだが仕方ない。
俺は頭の中で、どの辺りを解放するか考える。
考えに耽っているとラッツに呼びかけられる。考え込んでしまっていたか。
しかし、戻って来たのは申し訳なさそうな顔をしたラッツだけだった。
協力は断られてしまったか……。
「駄目だったか?」
「は、はい……申し訳ありません!」
ラッツが頭を下げるが、相手は冒険者だ。緊急でもなければ、こちらの都合に合わせてくれるはずもない。
だが彼女の力は少しでもいいから借りたいものだ。
ルーク殿に届ける報告書の事もあるから詰所に戻らなければいけないし、ついでに話をしてみるか。
俺はラッツに白髪の少女の所へと案内してもらう事にした。
周囲はまだ騒ついているが、魔物が去った事は通達してあるので、すぐに落ち着きを取り戻すだろう。
そして国境門の近くに停めてある馬車を目指して歩くラッツについて行く。
彼女がいたからこそ、早期に移動して門の近くに避難できたんだろうな。
俺に気が付いた男三人がこちらを向く。
一人は知らないが、二人はたしか彼女の側にいた者達だな。まだ若いな。
もう一人は依頼人といったところか。
歳の近い者が集まってパーティーを組むのはよくある事だ。となると全員が同じ村か街の出身なんだろうな。
なら彼女は、この中の誰かの妹か。
「すまない。君達の仲間に白髪の娘がいるだろ? これから魔物の襲撃に備えて警戒態勢を敷くんだが、彼女に協力してもらう事はできないだろうか?」
冒険者と思われる若い二人が顔を見合わせる。
「さっきもそこの人に言われたんだけど、シラハは今、馬車ん中で休んでるんだ。悪いけど協力できないっスよ」
なるほど、あの白髪の少女はシラハというのか。しかし、今の状況でよく休めるな。
「もちろん、ずっとと言う訳ではない。夜が明けるまででいいんだが……」
部下達も疲労しているのだ。少しでもいいから協力してもらいたい。
「って言われてもなー」
「シラハも無理って言ってるしね」
二人が困った表情になる。どうしたものか……。
どうやって説き伏せようかと悩んでいると、荷台の幌から白髪の少女が顔を出してきた。
ここで頼み込むしかない!
白髪の少女、シラハと言ったか。彼女の顔を見て俺は出かかった言葉を飲み込んだ。
シラハの顔は血の気が失せたような土気色をしていたのだ。
こんな短時間になにがあったんだ……?
「わざわざ来てもらって申し訳ないんですが、今は体調が優れないので、お手伝いできません」
「そ、そうか。それは済まなかった」
俺が謝るとシラハはすぐに馬車の中へと引っ込んでしまった。
ラッツの顔を見ると、ラッツも驚いた顔をしていたので知らなかったのだろう。
悪い事をしてしまったな。
「仲間が不調なのに手間をとらせて済まなかった。失礼する」
俺はその場から立ち去る事にした。
シラハの協力を得られなかったのは残念だったが仕方がない。
俺は執務室へと向かうとルーク殿に送る報告書を書き始める。
ああ……。こういう貴族としての仕事より、部下と剣を振るってる方が楽なんだけどなぁ……。
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