第28話 勉強ですよ

「いらっしゃい、シラハちゃん」

「お邪魔します。ミューゼルおばあちゃん」


 今日は久々に冒険者ギルドの書庫にやってきた。

 目的は私が取り込んだ魔石の中にある、ソードドラゴンとパラライズサーペントを調べる為だ。


 それとソードドラゴンの進化前のドラゴンパピーも調べたいと思っている。


 書庫の蔵書量は前世の学校にある図書室よりは少ないけれど、そこから目的の本を探すとなると中々に大変だ。


 なので、困った時はミューゼルおばあちゃんだ。


 私はミューゼルおばあちゃんに探している魔物の名前を告げて、その魔物が載っている図鑑なり資料が欲しいと伝える。

 するとミューゼルおばあちゃんは首を傾げながら頬に手を当てる。


「ドラゴンパピーは聞いた事がないわねぇ……。パラライズサーペントなら図鑑があったはずよ」

「本当ですか?! その図鑑見たいです!」

「はいはい。ちょっと待っててねぇ」


 いくらでも待ちますとも。

 ミューゼルおばあちゃんは腰を曲げたまま本棚へと向かうので、私もそれについて行く。


「あったわ。はい、シラハちゃん」

「ありがとうございます! ミューゼルおばあちゃん!」

「よしよし……」


 私がお礼を云うとミューゼルおばあちゃんが、嬉しそうに頭を撫でてくれる。えへへ……

 私って、おばあちゃんっ子なのかな?


「もう一つのソードドラゴンは確か何十年も前に、どこかの街を襲ったと聞いた事があるけれど、討伐したとは聞かなかったわねぇ……」

「そんなに強いんですか?」

「私は話で聞いただけだし、ちょっと分からないわねぇ」

「そうですか……」


 ふむ、詳しい情報がないのなら仕方ないね。

 とりあえずは、分かるところから調べていくしかないか。


 パラライズサーペントの情報が載っている図鑑を広げて、お目当のページを見つけだす。


(なになに……、大人さえも一飲みにする大蛇。その大きな体に巻きつかれれば締め殺され、噛まれればそのまま飲み込まれて、まず助からない……と。ホントよく私助かったよね)


 私の場合は噛まれる事もなく丸呑みにされたのも幸運だったし、魔石を取り込む事ができなければ確実に死んでいた。

 

 カトレアさんの話を聞く限りでは、その力がなければもしかすると生贄にされる事もなかったかもしれないのが、素直に喜べないところだね。


(えーと。さらに噛まれた場合は強力な麻痺毒が流し込まれ、最悪の場合はそのまま死亡する、と……なにそれ怖い!)


 他にもパラライズサーペントは嗅覚にも優れており、隠れた獲物を探し出す事ができるって書いてあるけど、パラライズサーペントには匂い関係のスキルはなかったはずだよね。


(ああ、もしかすると【熱源感知】で獲物を探し出しているのを、匂いで探しているって勘違いしたのかな? 図鑑も完璧じゃないのかもしれないね。あとで成長してスキルを覚えるのかもしれないけど)


 私は自分の力の事をキチンと理解できているわけじゃないし、以前の進化のように倒れる危険性もあるので少しでも情報を集めたかったが、パラライズサーペントに関しては私が知っている以上の情報は得られなかった。


(ドラゴンパピーの事は分からないって言ってたし、次は何を調べようかなぁ、ってAランク?!)


 私が図鑑を閉じようとしたところで、パラライズサーペントの危険度が載っている項目が目に入った。


(え、あの大蛇がAランクなの? やっぱり私の倒し方が特殊なんだよね。図鑑だと大蛇の外皮は相当硬いらしいから、真正面からじゃ難しいよね)


 いつの間にか、Aランクの魔物を倒していた事にビックリだよね。 


 私が図鑑と睨めっこしていると、書庫にレギオラさんが入ってきた。

 書庫に私とミューゼルおばあちゃん以外の人が入ってくるなんて珍しいね。


「レギオラさん書庫に用事ですか?」

「ん? おお、嬢ちゃんか。実は昨日、森まで行ったら木々が薙ぎ倒されていた場所があった。他に魔物がいた痕跡はなかったから、その情報だけでどこまで調べられるか分からんが何かないかと思ってな……。それよりミューゼルのばーさんはいないのか?」

「ミューゼルおばあちゃんなら、あっちの棚の方にいますよ」


 私が指差した方へレギオラさんが歩いていく。

 レギオラさんとミューゼルおばあちゃんの話が終わるまで、図鑑をパラパラとめくって時間を潰していると、二人がいくつかの本を持ってやって来た。


 本は全部レギオラさんが運んでるけどね。


 レギオラさんが本をテーブルの上に置いて、一番上の本から読み始めた。

 ここで読むんですね。


 私がレギオラさんを見ていたら、ミューゼルおばあちゃんが私に古い紙の束を差し出してきた。


「はい、シラハちゃん。これはソードドラゴンの被害報告書ね。これくらいしかなかったの、ごめんなさいねぇ……」

「いえ! ありがとうございます、ミューゼルおばあちゃん」


 まさか、ソードドラゴンの資料を探してくれていたとは思わなかった。さすがミューゼルおばあちゃん優しい……


「ソードドラゴン? なんでそんな古い魔物の情報なんて調べてるんだ?」

「深い意味はないですよ。以前に聞いたことのある名前の魔物を調べようと思っただけです。ただの好奇心ですね」

「…………そうか」


 レギオラさんが思案顔で私の顔をじっと見詰める。

 あれ、バレたかな……?


「なんですか?」


 恐る恐る私が尋ねてみると、レギオラさんが首を横に振る。


「いんや。嬢ちゃんが普通に俺の質問に答えてくれたから、少し驚いただけだ。もしかして、まだ本調子じゃないのか?」


 焦って損したよ! そして失礼だよ!


「レギオラさんは冷たく対応される方が好みだと……。なるほど、これからは気を付けますね」

「いや、そういう意味じゃねえよ!」


 ちょっと申し訳なさがあったり、心配かけてたから優しく接してあげようと思っただけなのに……。もう絆されて優しくしてあげるなんてしてあげないんだからね!

 

 と、まあ。レギオラさん被虐嗜好の人は置いておいて私はソードドラゴンの資料にでも目を通しますかね。


(えっと、なになに。今から約50年前にダーウィンという街の近くに竜種を発見。調査の結果、新種の竜種としてソードドラゴンは報告された)


 ソードドラゴンって新種なんだ。でも目撃例はその一匹のみ。新種というよりは珍種だね。


(そして、ダーウィン領の領主が近隣の領からの増援を受け、さらに冒険者を雇って討伐を試みたものの、討伐部隊の6割が死亡って、被害が凄いね……。うわっ冒険者の参加数が二百人超えてるし……。領兵の人数は分からないけど冒険者より少ないって事はないだろうし、相当な死者が出たんだろうね)


 冒険者だけでも百二十人近くの死者が出ている事になる。このダーウィン領は相当な痛手を被っただろうね……。


(え……。この討伐作戦に怒ったソードドラゴンがダーウィンの街に飛来して攻撃を行った、って最悪じゃん。しかも当時の領主もその攻撃で死亡してるし……。それによって事態を重く観た国が兵を動員するが、到着した頃には街は半壊、死者多数でソードドラゴンの危険度はSランクと認定された……か、滅茶苦茶だね)


 当時の調査報告書だとソードドラゴンは亜種のドラゴンと考えられていて、人数を揃えれば良いと思われていたらしい。


 ドラゴンは属性竜と云われる火、水、土、風の四属性のドラゴンがSランクとして記録されているらしい。それ以外の竜種は亜種の竜、亜竜と呼ばれている。


 一番知られているのが翼竜と言われるワイバーンだね。図鑑に載ってた。


 属性持ちではない竜種が亜竜ならソードドラゴンは、亜竜に当て嵌まるけれど、戦闘力は属性竜並みで戦力と戦略を誤った結果がダーウィンの街の惨状という事だ。


(しかも王国軍が到着した時にはソードドラゴンの姿はなく、他に襲われたという報告も無かったから何年も警戒態勢が取られていたとか……。いやー、他人事じゃないね)


 今まさにレギオラさんが警戒態勢な訳だし、そんな立場の人は辛いよね……。


(ソードドラゴンの攻撃は息吹ブレスによって前方を吹き飛ばす。これは私がやっちゃったやつだね、規模は全然違うと思うけど……。そして剣のような鱗を飛ばして、建物や人を貫き着弾点で弾け飛び周囲に破片を撒き散らす? 危なすぎない? しかも、その鱗は人間の攻撃を防ぐ鎧にもなるって攻防一体すぎるね)


 私にそんな使い方ができるかは分からないけど、そこは練習あるのみだね。

  

 あまり期待はしていなかったけど【竜鱗(剣)】の使い方の参考になったから、良かったよ。

 ミューゼルおばあちゃんのおかげだね。


「あら、もう読み終わったのかい?」


 私が報告書の束を纏め直していると、ミューゼルおばあちゃんが、お茶を差し入れてくれる。おいしいなぁ……


「おい、ばーさん。ここは飲食禁止だぞ」

「それじゃ、その報告書を元の場所に戻してくるからね」

「ありがとうございます」


 ミューゼルおばあちゃんが報告書を持って本棚の方へと移動する。

 私はその間、ゆっくりとお茶をいただく。沁みるわー


「お前ら、当たり前のように無視するなよな……」

「まぁまぁ。レギオラさんも一杯どうですか?」

「当然のように、お茶を勧めるなよ。俺はギルマスなんだから決まりを破るわけにはいかないだろ」


 私がミューゼルおばあちゃんが用意してくれていた、お茶をレギオラさんに淹れてあげたが拒否される。

 言いたい事は分かるけど、レギオラさんには言われたくないね。


「当時Fランクだった私を森に連れ込もうとした人が何を言ってるんですかね」

「うぐっ」


 レギオラさんが痛い所を突かれた、といった反応をする。

 もう一押しだね。


「規則は守らなければいけない物ですけど、どちらの規則が大事かと言えば命に関わるような、森への進入制限の方が守らなければいけないかとおも―――」

「わかった! 飲むから、その件は俺が悪かった!」

「では、どうぞ」


 レギオラさんは私の言葉を遮って、快くお茶を受け取ってくれた。

 そして、お茶に口を付けたところで私はもう一言付け加える。


「これで共犯ですね」

「ブハッ」


 私の言葉にレギオラさんが噴き出した。もし目の前に座っていたら、お茶が私にかかってたよ。


「汚いですよ……」

「お前のせいだろ!」


 レギオラさんが咳込みながらも私を責める。咽せちゃったのかな? ちょっと苦しそうだね。


「レギオラさんは、こういう扱いの方がお好きなのかと思いまして」

「さっき否定しただろ……」

「そうでしたっけ?」


 まぁ、勿論覚えているんだけどね。ちょっとした意趣返しみたいなものですよ。ふふふ……


「あらあら、書庫では静かにしてくださいな」

「レギオラさんが怒鳴るんですー。怖いよー」

「おいぃ! そういう冗談はやめてくれ!」


 レギオラさんが必死になって止めてくる。顔が少し厳ついから子供に怖がられるのかな?


「そんな事より、それらしい情報はあったんですか?」

「いや、全然だ……」

「そうですか。では頑張ってくださいね」

「ええ……。今のは手伝ってくれるみたいな流れじゃなかったのか?」

「お金にならない仕事はしませんよ。人手が欲しいなら職員を呼んでください」


 原因は私なんだけどね! だから、これについては私が調べる訳にはいかないよ。

 

「じゃあ、ばーさん手伝ってくれ」

「資料は見つけたじゃないか。それにもう定時だし私は帰るよ」

「少し居残ってくんないか?」

「ばばあに残業させるとか酷い男だねぇ……」

「ほんと鬼畜ですね」

「一人で頑張るんで、先あがっていいっス……」

「悪いわねぇ……。資料はそこに置いておけば明日片付けるから、そのままでいいからねぇ」

「おぅ」


 ミューゼルおばあちゃんが、お茶を片付け始める。

 私がミューゼルおばあちゃんを待っていると、レギオラさんが視線を資料から私に移した。


「そうだ嬢ちゃん、昨日は夜食の差し入れ助かった。皆も喜んでたぞ」

「それ、オヤジさんから聞いたんですか?」


 特に口止めはしていなかったけど、恩着せがましくなりそうだから、オヤジさんは私の名前を出さないと思っていたんだけどなぁ。


「いんや、あんな事するやつは冒険者にはいないからな。嬢ちゃんかもしれない、と思ったんだが当たりみたいだな」

「つまり鎌をかけられた、と」

「睨むなよ。礼を伝えたかっただけだ」


 私が未熟だっただけだから、睨むだけで済ませてるんだからね! むきー!


「それに他にも、嬢ちゃんからの差し入れって気付いてるヤツはいると思うぞ」

「むぅ。そうですか」

「そんな子供っぽい顔もできるんだな」

「失礼ですね、ほんと」

 

 レギオラさんに笑われる。

 おのれ。この恨み、晴らさでおくべきか……


 そしてミューゼルおばあちゃんが帰り支度を済ませてきたので帰るとする。


 私は一階へと降りてくるとオヤジさんの所へと向かった。


「オヤジさんオヤジさん」

「嬢ちゃんか。ちょっと待ってな、昨日の代金の残り取ってくる」

「あ、それなんですけど。今日もまたレギオラさんに差し入れしてあげて欲しいです」


 オヤジさんがくるりと背を向けたけど、私の言葉に動きを止めて振り返る。


「なんだ、また残るのか? アイツは」

「みたいですね」

「そんなアイツに差し入れするなんて……嬢ちゃん相手は選んだ方がいいぞ。アイツは既婚者だ」

「そんな対象に見た事ないのでやめてください。鳥肌が立ちました」


 って、レギオラさん結婚してたんだね、驚いたよ。


「悪かったな。それで何を差し入れるんだ?」

「実はさっき失礼なことを言われたので、仕返しをしたいなーと思いまして。思わず咽せるくらいの香辛料を使ったサンドイッチとかどうですか?」


 私の提案にオヤジさんがニヤリと笑う。


「ふむ。俺も試したい香辛料を使ったメニューがあるから、それを作ってみるか」

「原材料費は私のお金使っていいので、お願いしますね」

「任せておけ」


 私はオヤジさんと握手を交わして冒険者ギルドを後にした。



 レギオラさんの悶える姿が見れないのが残念で仕方ないよ。




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