第15話 謎

「…さん、…かりさん」


 遠くで誰かが呼ぶ声がする。

 朦朧もうろうとする意識の中で、微かに感じる声。


「ひかり、起きて。」


− 秋・・子?


 今度ははっきりと聞こえた。


「ひかり、起きるの。」


「っ。 秋子!? うっ…まぶしい。」

「よかった、死んでるんじゃないかと思ったよ。」


− え? なになに??

− 誰? 何??


 ひかりの目の前に、心配そうな顔の男性が。


「連絡したのに、既読にもならないし、電話をしても出ないし…。」


「あ、、えっと。大丈夫です。ごめんなさい…。眠ってしまったみたいで。」


 体を起こそうとすると、身体中がバキバキしている。そして激しい頭痛に襲われた。


− き、気持ち悪い…・


 つかさず男はペットボトルを差し出す。


「何があったの?大丈夫?」


 ひかりは差し出された水を飲み干した。混乱がおさまらない。

 顔を上げてみる、見慣れた景色、自分の部屋だ。そこに、部屋に馴染みのない人物が心配そうな顔でこちらを見つめている。


「さ、悟さん?? どうしてここに??」


「よかった。心配になって来てみたら、鍵は開いてるし、机の上に倒れてるし、息をしてないんじゃないかと思ったよ。」


「あ、ありがとうございます。。」


− 鍵が空いてた?


「どうしてここがわかったの?とか聞かないんだね。」


 悟が初めて微笑んだように見えた。


「えっと、ちょっと混乱してて・・ごめんなさい。」

「謝ることなんてないんだよ。何でもなかったらそれでいいんだ。俺の方こそいきなり押しかけて、すまない。」


 悟はバツが悪そうに鼻の頭をかいている。


「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと着替えたいので、キッチンの方で座って待っていていただけますか??」


 寝巻きがわりの白いダボTに、短パン。髪はボサボサ、しかもすっぴん。20代の女性にとって、一番みられたくない姿だ。

 まして白いTシャツのみ…ということは…。自信のない胸が透けて見えていた可能性も否めない。


 ひかりは慌ててタオルを首から掛け直し、バスルームへ向かった。幸運なことに、昨日着ていた服は、そこにある。


「気にしないで。」


 悟の声が後ろから聞こえてくる。気にするのは大抵女子の方だ。ということを悟は知らないのだろうか…。


* * *


 少し遅めの朝ごはんを、近くのファミレスでとることにした。今日が休日でよかった…。


 熱めのアメリカンが気持ちを落ち着かせてくれたようだ。冷静に悟のことを見ている自分がいる。


 悟は窓の外を眺めている。…気まずい。

 悟の髪はボサボサだった。無精髭も生えている。横顔が少し懐かしく感じるのは、秋子と似ているからだろうか。


「あの。。」


 ひかりが重苦しい空気に耐えかねて話しかける。


「心配していただいて…。ありがとうございます。」


 何から話そう。ひかりはカップに目を落とした。今度は言葉が出てこない。


− 絶対私の胸、見えましたよね。いやいや、そんなことを聞く場面じゃないし、大人げなさすぎる。


 ますます悟の顔を正面から見られなくなっている自分に気づく。


 悟の優しい声がする。


「いや、無事でよかった。心配する癖がついてるのかもしれないな。ごめん。」


 カツンと、コーヒーカップが器に触れる音が聞こえた。


「…。で昨日何があったの?」


 俺の目を見て、というような言葉が紡がれた気がして、ひかりは初めて悟の目を見つめた。


「昨日…。そう、昨日、秋子の荷物を受け取って…。何か秋子のことがわかるかな?と思ったので、悟さんにも見てもらおうと…。」


 悟に連絡をしたけど、既読にならないので諦めて家に帰ってきたら、突然眠くなって眠ってしまったことを伝えた。その間、悟の優しい目がひかりを包んでいた。


「そうか…。急に眠く…。何か飲んだり食べたりした?」真剣な眼差し。

「えぇ。喉が渇いていたので、お風呂上がりに麦茶を飲みました。それだけ…。」


「何だか嫌な感じだな。。鍵はかけた記憶ある?」

「確かめたわけじゃないですけど…。掛けたと思います。」


 また重たい空気が流れ始めた気がする。今度は悟がその空気を跳ね除けひかりに尋ねた。


「何かなくなっているものはない? または、何か気づいたこと…。」


 ひかりは考える。…沈黙。


− いきなり悟さんが目の前に現れたことぐらいで、変わったことは…。


「戻って確認してみよう。何かなくなったものがあるのかもしれない。そして秋子の荷物を見せてほしい。」


 と言うと、悟は伝票を持ってサッと立ち上がり、スタスタとファミリーレストランの入り口に歩いて行ってしまった。気になることは、すぐに調べたい性分なのかもしれない。


『女心なんて、これっぽっちもわからない、兄貴でごめんね。』

 

 秋子の苦笑いが浮かんできた。


−確かに‥。3人で笑いあえたらよかったね。


 ひかりも慌てて悟を追いかけた。鍵を持っているのは自分だ。


−鍵? オートロックの入り口、どうやって入ったんだろう…。


 小骨が喉に引っかかる程度の疑問。それでもひかりは、悟を追って席を立った。入口では支払いに手間取っている悟がいる。


「Suicaで。」


 ひかりが携帯をかざす。


 ディスプレイが光る。

 母、悟、悟、悟、悟…。 着信とメッセージが数多く残っていた。


「ごめん、後で払うから。」


 悟は申し訳なさそうに謝りながら、二人は店をあとにした。



* * *


− 作戦変更だ。


 男は心の中で呟いた。

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