図書館での不思議な出来事

菓夢衣 千

本に書かれた文通

図書館は、本の森だ…その中から、自分の読みたい本を見つけるのは、宝探しの様だ。

いつも、そんな本と出逢う為に図書館へと通い続ける鈴音(すずね)は、小学部の六年生になったばかりだ。

「鈴音ちゃん、今日は、何処へ冒険に出掛けるの?」

そう声をかけたのは、図書館司書をしている田中だった。

田中は、鈴音がこの学校に入学するずっと前から、図書館司書をしている。

この図書館は、小学部、中学部と共同の図書館であるが、地域の人も使うことの出来て図書館でもあった。

「今日は、中学部の棚に行く予定。」

そう鈴音は、少し大人びた顔をして言う。

来年は、いよいよ中学部へと上がる鈴音は、背伸びしたい年頃なのだ。

「そう、でも気を付けてね。図書館の奥には、見えないお化けが住んで居るから。」

田中さんは、意地悪な顔をして言う。

「鈴音は、もう六年生だから、そんな話し怖くないもん。」

田中さんは「そうね」と、からかった事を謝った。



鈴音は、本の森を進んで行く…確かに、奥の方は薄暗く、少し怖さすら感じる。

引き返そうかと、鈴音は歩みを止めていた…すると、本棚から本が1冊落ちる。

鈴音は、驚き、一瞬跳び上がったか…落ちている本を見て、棚へ戻さなきゃと思った。

赤い本は、開いた状態で落ちていた…そして、開いたページには、落書きとまでは言わないが、メモするように端に言葉が書かれていた。

『ここから冒険は、はじまる。さぁ、本を手に取り冒険へ出発しよう。』

鈴音の目にはしっかり入ったはずだが…自分が読むには、まだ分厚く早い気がしたので、そっと棚に戻して帰ることにした。



帰宅し、食事やお風呂を済ませて、鈴音は自分の部屋のベッドで寝転がり本を読んでいた。

今日、落ちてきた本ではない…少し前に田中から薦められていた本だ。

半ばパラパラと、心ここに無しという感じでページを捲っている。

鈴音の頭には、今日のあの本に書かれた一文が浮かんでいたのだ。

『ここから冒険は、はじまる。さぁ、本を手に取り冒険へ出発しよう。』

イタズラ書きかもしれないが、興味を持つフレーズとしては充分だった。

明日、あの本を借りよう…そう思いながらも、鈴音は眠についた。



「こんにちは、田中さん。」

鈴音は元気よく、田中に挨拶をするが…急ぎ足で駆け抜けて行く。

田中は「あらあら…」とその後ろ姿を眺める事しか出来なかった。

鈴音は、あの本を仕舞った本棚へと来ていたが…昨日の本の題名が思い出せない。

赤い本だった事は確かだが…興味無く戻したので、曖昧にしか覚えてないのだ。

目に入った赤い本を、そっと手に取り広げて見る。

またメモの様に、一文書かれていたが…文書は違った。

『昨日の本は、旅立ってしまったよ。君と、あの本は縁が無かったんだよ。』

何故、昨日の事を知っているのか不思議に思ったが…一応、手に取った本もパラパラと眺めてみた。

何か違う…鈴音の求める内容ではない事を確認し、本を元の場所へと戻した。

旅立ってしまった本には、何が書かれていたのだろう?そう思うが…無いと言う本を探す事は出来ないと思い、諦めて帰ることにした。



家に帰ってからも…ずっと本に書かれた一文が気になった。

『昨日の本は、旅立ってしまったよ。君と、あの本は縁が無かったんだよ。』

何故、昨日の事を知っていたのか?それとも…誰かのイタズラで何冊かに、色々と書かれているのだろうか?

鈴音は、気になってベッドの上で何度も寝返る。

気付けば、かなり寝相の悪い状態で寝ていたみたいだ…次の日、体は寝違えた様に痛かった。



昼過ぎ授業が終わると、鈴音は走って図書館へ向った。

「田中さん、こんにちは。」

弾丸の様に駆け抜けていく鈴音に、「鈴音ちゃん、走っちゃダメよ。」と田中は声をかけるが…鈴音には届いていなかっただろう。

鈴音は、今日もあの本棚までやってきた…立ち並ぶ本棚をじっと睨み、自分の好みに合いそうな本を探す。

2日間、赤い本を手に取ったのだ…赤い本に気になる文を書くというイタズラかもしれないと考えた鈴音は、赤では無く、他の色の自分の好みに合いそうな本を探した。

ちょっと外装が可愛く、物語が書かれてそうな背表紙を見つける。

鈴音は、これだ!と思い手に取りページを開いた。

『今日は、良い本を選んだと思うよ。でも君には少し難しいかな?』

何と、挑戦的な一文が書かれている。

鈴音は目を丸くして驚くが…その挑発的な一文に対抗心が芽生える。

その本を持ち田中の元へと向かう。

「この本を借ります。」

鈴音が、その本を田中に見せると…

「少し難しいかもしれないわよ。習ってない漢字もあるし…」

田中は、少し困った顔をするが…鈴音の勢いに負けて、貸出しカードにハンコを押した。



鈴音は勝ち誇った顔で、本を抱え帰宅する。

急いで、食事やお風呂を済ませて、自分の部屋へと駆け上がった。

「さぁ、読むわよ。」

鈴音は意気込み本を開く、始めは面白く読んでいたが…処々、知らない漢字が出てくる。

出るたびに、漢字辞典を開き調べては読み勧めた。

途中で諦めるには勿体ないほど、内容はとても面白かった。

しかし…厚さもあり、漢字も調べながらとなると時間がかかる…

連日、遅くまで読んでしまい、半ば寝不足状態で学校へと通っていた。

結局、一週間をかけて読み終えた。



読み終えた満足感と、あの一文への対抗心を抱えて鈴音は、図書館を訪れた。

「返却お願いします。」

堂々とした顔で返却口に本を持って行くと

「鈴音ちゃん、一週間ぶりね。読み終えたの?凄いわね。」

田中さんは、驚いた顔をしたが…

鈴音が物語の内容を楽しげに聞かせると、喜んで聞いていた。

そして話し終えると、鈴音はまたあの本棚へと来ていた。

流石に、もうイタズラの文はないだろうと思いつつも…再び、自分の好みに合いそうな本を探し始める。

鮮やかな色の本に目が止まった。

もちろん、本を手に取りページを開くと…

『甘く見ていたよ、凄いな。この本は、お勧めだ。』

シンプルに褒めらてた一文…そして、本を勧めてくれている。

このイタズラの様な一文は、少し良い方はキツイが正直な気がして…この本は読むべきだと鈴音は察した。

「田中さん、この本を借ります。」

そう言い、田中の元へと行くと…

「あら、良い本を選んだわね。」

と褒められ、鈴音は何だか嬉しくなった。

ウキウキした気持ちで鈴音は本を抱きしめた。



帰宅し、本を読む。

読みやすく、面白い本だった…それから鈴音は、あの本棚へとよく通う様になった。

誰が書いているかわからない一文だが、鈴音はとても良い出逢いをしている気になっていた。

不思議と言えば、不思議だが…あの一文が薦める本はどれも面白かったし、夢中になって読めた。

しかし…そんな奇妙な事を、誰かに話す事は出来なかった。

本の内容は、田中に毎回報告していた。

田中は「その本、私も読んだわ。」とか「まだ読んでない本ね、今度読んでみるわ。」等と内容を共有してくれるが…

鈴音は、あの一文の相手と話をしてみたかった。

同じ本を読み、感想を共有したい…あの一文の相手は誰なのだろう?…そんな興味もあった。



ある日、鈴音は返却時に、バレない様に本に感想を書いたメモを挟んだ。

『とても面白かったです。あの主人公は、冒険を終えて何を思ったのかしら?そんな話を貴方としたいです。』

そんな、誰に宛てたかもしれないメモが届く訳もないが、鈴音は返事が来ることを待っていた。

本を返却し、その日には田中が本を本棚へと戻す。

それを知っていた鈴音は、翌日、あの本棚へ向かい本を探した。

メモが挟まった本ではなく…自分の好みに合いそうな本を…

何故相手は、鈴音が取る本がわかるのかは、解らなかったが…その本に挟まっている気がした。

少し気になる本を手に取ろうと、背表紙を引いた時にカタンとメモが落ちた。

『感想ありがとう。主人公の少年は…』

まさか本当に返事が来るとは思わず、鈴音は驚いたが…落ちたメモの字は、本に書かれた一文の文字と同じだった。

鈴音は、辺りを見回すが…誰の姿もない。

不思議な体験だが、鈴音にとっては胸躍る嬉しい出来事だった。

それから、秘密のやり取りは続いているが…鈴音は相手の姿を見ることはなかった。

ただ時々…図書館の何処からか、鉛筆を走らせる音が微かにすると、そっと耳を傾けるのだった。


「図書館って、本当にわくわくするわね。」

田中は、持っていた本を閉じ満足気に語る。

誰かに話しかける様に…しかし、その先には誰の姿もない。



見えない、私の読書仲間は今日も、誰かと本の話がしたくて待っている。

本の森には、まだ誰も知らないモノが隠れているのかもしれない。



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図書館での不思議な出来事 菓夢衣 千 @senyuki

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