信子によって尿道に針を突き立てられ、この世にこんな痛みが存在するのかというほどの激痛を味わうことになった健吾だったが、やはりそれが「終わり」ではなかった。



 しばらくの間、健吾を見ながらずっと高笑いを続けていた真一と信子は、「いや~笑った笑った、涙出ちゃった」と、ようやくにして落ち着くと。そこから改めて、様々な方法で健吾をいたぶり始めた。



 まずは、尿道に刺したような長い針ではなく、裁縫に使う短い針を何本も用意し。その尖った先を、テーブルに打ち付けられている健吾の左手の指先、爪と肉の間に。ゆっくりと、そして確実に、「ズブリ」と突き刺していった。


 それは左手の親指から始まり、最後に小指を刺すまで、5本の指全部に行われた。突き刺されるたびに、指先から電流が流れるように、全身に激痛がほとばしった。それが、続けざまに5回、繰り返されたのだ。今度は針を抜くことなく、最後に小指を刺し終えた頃には、健吾の左手はまるで、5本の指先から針が生えているような状態になっていた。



 次に真一は、工作に使うような、細い金属製の棒が熱せられた、半田ごてを持って来ると。健吾の靴下を脱がし、裸足になった足の裏に、「じゅううう……」と容赦なく押しつけた。


 先ほど針を刺したのは左手だけだったが、今度は右足と左足の両方に、それぞれ2回ずつ押しつけられた。熱せられたこての先が、表面の皮膚を溶かすように、足の裏に食い込み。健吾はその度に、「ぎゃああああああ!!」と絶叫した。もう今日一日だけで、いや、この数時間だけで、何回叫び声をあげたのだろうと、健吾はテーブルにぐったりと倒れこみ、ぼんやりと考えていた。



 尿道を刺された後は、「殺せ、殺せよ!」と声をあげていた健吾だったが。更なる責めが続くうち、次第に口調は弱まり、そして言葉遣いも自然と丁寧になっていった。針を刺された後は、「頼む……殺してくれ……」とお願いするようになり。足の裏をこてで焼かれた後は自然と、「お願いです……殺して、下さい……」と、目の前の2人に許しを乞うような敬語を使い始めていた。


 いまやもう、この家に押し入って来た時の威勢の良さは、微塵もなく。両目はぼこんと落ちくぼみ、心なしか頬もゲッソリと痩せこけ。テーブルに顔をべたりと付け、うつろな目付きで、口から泡のようなよだれを吹きだしながら、「殺して……下さい……」と、呟き続ける健吾を見て。信子は「やれやれ」というように、ため息をついた。



「せっかくのイケメンが、もう見る影もないわね。そろそろ三ツ谷さんを呼んで、少し治療してもらった方がいいかしら?」


 これ以上続けても、先ほど尿道を刺した時のような「面白い反応」は、もう見られないだろうと信子は考えたのだが。真一は意味ありげに、「いや……」と首を横に振った。


「俺に、いい考えがある。ちょっと、耳を貸して」


 信子が「なになに?」とわくわくしながら、耳を真一に近づけると。真一もニャリと笑いながら、何事かを信子に囁いた。



 真一の「考え」を聞き終えて、信子の表情が「ぱあっ」と明るくなった。

「それ……いいわね! どうするのかな、彼は……?」


 目をらんらんと輝かせながら健吾を見降ろす信子に、真一は「それじゃ早速、三ツ谷さんを呼んで来てもらえるか?」と頼んだ。信子も、「はい、喜んで!」とおどけた返事を返し。そして地下室に入る前に、真一の方を振り返ると。


「あなたって……ほんとに、”最高に最低”ね」

 そう言い残し、スキップでも始めそうな足取りで、地下室へ降りて行った。



 信子が去って、テーブルを挟んで健吾と2人きりになり。真一はソファーに「どっか」と腰を下ろして、煙草に火を点けた。ふう……と白い煙を吐き出す真一を、健吾はもう、見上げる余裕もなかったのだが。



「まだ、意識はあるよね? そのままの体勢でいいから、私の話を聞いて欲しい。君が目を覚ました時に、私がした話を、まだ覚えているかな?」


 テーブルに顔を付けたまま、真一のその声を聞き。健吾はなんとか、その「話」を思い出そうしていた。……目を覚ました後に、聞いたこと……。なんだっけな……結構、長い話だったからな……。


 固まったように動かない健吾から、返事がないことを確認し。真一は、自分の方を向いている健吾の頭頂部に向かって、話を続けた。


「君ともう1人の彼は、私と妻、そして三ツ谷さんの欲求を満たすための対象物として、ここに捕らわれている。その欲求がどんなものかは、君にはもう身に染みて理解出来ていることと思う。


 そして私たちは、それぞれにある程度の欲求を満たしたあと。その対象物に、出来るだけ長くここにいてもらうため、医師の経験がある三ツ谷さんに、傷を治療してもらっている。君は先ほどから、自分を殺してくれと嘆願しているようだが、残念ながら、それは私たちの目的ではない。むしろ、簡単に死んでもらっては困ると考えている。


 だがやはり、三ツ谷さんの持つ限られた設備と薬品だけでは、対象物を生き永らえさせるのにも限界がある。君が見た、地下室の檻に監禁している者たちも、いずれその使命を終えることになると思う。君たちがこれから辿る運命も、彼らと同じだ。私たちの欲求を満たすため、最大限の要求に応えてもらい。なおかつ、やがて命が燃え尽きる、その最大限まで生き延びてもらう。私が言ったことが、決して嘘でも大袈裟でもないということも、君はすでに理解しているだろうね。


 そして、君たちがこの家に来てから辿って来た、これまでの経緯を踏まえて考えてもらえれば。私たちと君たちとの関係性、そして君たちがこれから辿る運命が、絶対的なものであり、決して覆るものではないことも、理解出来ていると思う。私たちは君たちを好きなように扱い、好きなように生かしておく。私たちは命令する側であり、君たちはそれに従う側ということだ。これから先、それぞれの立場が変化することは、100%起こり得ない。


 一応言っておくが、この絶対的な関係と運命に逆らおうと試み、それに成功した者は、1人もいない。逆らおうとした者には、君がすでに味わった以上の苦痛が待っている。そのサンプルの1人が今、地下室にいるのだが、君も見たかね? 両目と口を縫い付け、自分がしたことの愚かさと罪を体感してもらう。何も見えず、何も言えなくなったところで、手足の指を1本ずつ切断していく。次にどの指が切断されるか、それは切断されるまでわからない。『許してくれ』『いっそ殺してくれ』などと言うことも出来ない。そのもたらす恐怖は、恐らく通常の神経の持主では、正気を保つことは難しいだろう。これは、処罰のごく一例だがね。


 さて。改めて、いま君が置かれている立場を、十分に理解してもらったところで……」


 そこで信子が、地下室から浮き浮きした足取りで戻って来て、真一の隣に座り込んだ。

「三ツ谷さん、地下にいる彼の『処置』を終えて、準備が出来たら上がってくるって。三ツ谷さんもあなたの考えを聞いて、興奮してたわよ。早く見たいって、わくわくしてたわ」


「おお、それは良かった」

 真一も、信子の嬉しそうな報告に、笑顔で応え。それから再び、健吾の方に向き直った。



「さっきも行ったが、君たちがこれから辿る運命は、もう決まっている。後は、君たちの協力次第。それに、君たちの気力と体力がどれだけ持つかによって、『この家にいられる時間』が、長くなるか短くなるかの違いが出て来るということだ。だが、ね」


 真一は、吸っていた煙草を灰皿でもみ消し。これからが本題だというように、ソファーから身を乗り出した。



「私は君に、多大なる感謝をしているんだよ。ひとつは、これもすでに話したことだが、新しい対象を探していた私たちの前に、君たちの方から現れてくれたこと。こんな幸運には、そうそう巡り合えないだろう。君がどうして、『この家』を選んだのかはわからないが。恐らく、住居の周囲が壁沿いに立つ木立によって囲われ、家の中で起きたことが、近隣に悟られにくいという点が、選んだ理由のひとつになったんじゃないかな?


 今なら君にもわかると思うが、それは私たちが、意識して『そういう風に作った』ものでね。この家の中で起きたことは、出来るだけご近所には悟られたくない。そういった意味では、私と君は、同じ思考性を持つ『似た者同士』じゃないかと思えたんだよ。君に対し、親近感を抱いたと言えるかもしれないね。


 そして、もうひとつ。君が私に要求した、あのゲーム。あれはね、本当に久しぶりに、私をわくわくさせてくれたんだよ。ついさっき言ったように、私と君との関係性は絶対であり、覆ることはない。それももちろん、そうなるように意識して環境を整えたことで、成立しているものではあるが。いつの間にか私は、その立場に甘んじてしまっていたんだと、思い知らされたんだよ。


 ただ一方的に、相手を痛めつけるのではなく。同時に、自分も痛みを感じる可能性があるという、この上ないスリル。この家の環境が整ってから久しく、そんな感触をずっと忘れていた。それは本当に、至上の歓びをもたらすものであったはずなのに。身の安全を図ることを優先し、好きなように欲求を満たしているうちに、すっかり忘れてしまってたんだねえ。


 だから私は、この先確保する『新しい対象』に、あんなゲームをやらせてみようと思っている。まあ私には君のような『特技』はないから、どういうゲームにするかは、これからの課題だけどね。例えば、私と相手が交互に、自分の指を刃物で刺して。どちらが、切断するギリギリまで耐えることが出来るか。先に指を落としてしまった方が負け、みたいなね」



 すると、隣で真一の話を聞いていた信子が、可笑しそうにケラケラと笑った。

「やだ、もしそれで、あなたの方が先に指を落としちゃったら、どうするの? 三ツ谷さんもさすがに、切れた指を繋ぎ直すことは出来ないでしょ?」

 真一も信子につられたように、「ああ、そうか」と屈託なく笑いだした。

「やっぱりその場の思いつきじゃなく、もう少し念入りに考えないと駄目だな。まあ、それはともかく」



「そんな、『楽しい未来』を提供してくれた君には特別に、何かしらのお礼をしなきゃいけないだろうと思ってね。多大なる感謝の印として。君には……」


 そこで真一は、勿体ぶるかのように、わざと一呼吸置き。健吾に、「話の本題」を伝えた。



「君には、『恩赦』を与えてもいいかなと思ったんだ。君を、今の状況から解放しようと思う。この家を出て行く、『自由』を与えようと」


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