自分たちの欲望を満たすための「対象」を探す計画に関しては、会社員として世間の事情に一番通じている真一が、アイデアを出した。長引く不景気で、大学を出ても就職先が見つからない若者や、生活をやりくりするために多額の借金を抱えてしまった社会人が、大勢いる。裏サイトのデーターベースでは、そういった「個人情報」も密かにやり取りされている。その中から候補を精査し、この家に「招待」する。高級住宅街に建つ一軒家に招かれれば、就職先を紹介するとか、金を工面するという話にも、現実味を感じるだろう。



 まずはデーターベースの中から、何人かの候補を絞って……と、真一が提案した時。信子が、「あたしに、ちょっと考えがあるんだけど……」と申し出た。信子の話を聞き、真一も三ツ谷も、「それはいいね」と、俄然乗り気になった。真一はデータベースを検索し、信子が提案した「2人の候補」の、現住所を探し当てた。信子が「一生忘れない、一生許さない」と誓った、やさぐれ女子と、信子の父親の現住所を。



 やさぐれ女子は、信子が復讐を「中断」したものの、それまでに家庭が背負ったダメージが大きく、結局高校を中退し、キャバクラで働き始めた。そして、より賃金のいい働き先として、風俗の世界に身を染めていた。結局やさぐれ女子の両親は離婚し、自殺を図った妹は後遺症が残って、車いすで生活していた。やさぐれ女子自身も、二十歳の頃に出会った男との子供がいて、シングルマザーとして風俗店に出勤していた。そんな現状で、もし「お金を工面してくれる相手」がいるのなら、「土下座してでもお願いしたい」という心境だった。



 それゆえに、信子からの連絡があった時には、背中に「ゾワリ」とした恐怖にも似た感触を覚えたが、「ダメ元で」と、星野家のある住宅街へ向かった。「久し振りね。元気そうじゃない」そう言って笑う信子に対し、派手な色使いではあるものの、いかにも「安物」の服を身に付けていたやさぐれ女子は、自分が「粗末で、ちっぽけな存在」に思えて、広い邸宅の中で身を縮こませていた。


「初めまして。高校生の頃に、信子が大変お世話になったそうで」

 そう挨拶する真一も、この邸宅に相応しい身なりと人柄を備えていると思え、やさぐれ女子は「場違いな自分」を自覚し、ただただ恐縮するばかりだった。


「ほんとに、あなたにはお世話になったから。もし今、お金に困ってるようなことがあるのなら、何か助けてあげられるかな、と思って……」


 その、「金に困るようになったそもそもの発端」は、たった今そう言った信子本人だったのだが。やさぐれ女子はグッとこらえ、少しでも家計の足しになればと、今の自分の状況を説明した。そして、ある程度話し終えたところで、喉を潤そうと、出された飲み物に口を付け。その中に入っていた睡眠薬により、そのまま深い眠りに陥った。やさぐれ女子が目覚めた時には、あの「地下室」に囚われていた。彼女がこの「城」の、「対象者第一号」になったのである。



 信子の父親は、妻と娘を自分から引き離されても、改心するようなことはなく。自暴自棄に近い生活を送り、仕事も住む場所も無くして、しばらくホームレスの生活を続けたあと、今は生活保護を受けて、なんとか生き延びていた。信子の母親は、もう何年も前に他界しており、信子は「いつか、お父さんにそれを伝えたくて」と、「いじらしい1人娘」を装って、父親に連絡を取った。



 星野家に招かれた父親は、「高級住宅街の一軒家に住む、我が娘」を目の前にして、しばし茫然としていた。生活保護を受けながらハローワークに通い、それでもなかなか仕事にありつけない毎日を送っている父親は、自分と娘との間に出来た「とてつもない格差」に、言葉も出なかった。


 それでも、数年前に母親が亡くなったという話を「我が娘」から聞いて、父親は少しだけ胸を痛めた。


「そうか……お母さんと信子には、ほんとに悪いことをしたな……。今さら何を言っても、許されるなどと思ってはいないが。今の自分の姿が、自分がしてきたことの報いなんだろうなって、そう思うよ……」



 父親のその「独白」を聞いて、信子は本当に、その場で父親を殴りつけてやりたかった。地下室に監禁するのももどかしく、キッチンにある包丁やナイフをありったけ持ってきて、今ここでめった刺しにしたかった。だが、これは自分だけでなく、真一や三ツ谷も含めた「計画の一部」なのだと、自分を諫め。「あたしこそ、今まで連絡も取らずにいたのに、今さらだけど。何か、お父さんにしてあげられることがあればと思って……」と、神妙に語りかけた。


 父親は目に涙を溜めて、「そうか、ありがとう。ありがとう」と言いながら、出された睡眠薬入りの飲み物を飲み干した。そして父親は計画通り、やさぐれ女子に続く「対象者第二号」となった。



 やさぐれ女子と父親は、監禁された日からすぐに、真一たちの「大歓迎」を受けることになり。体中を痛めつけられては、三ツ谷の治療で生き延びるという毎日を繰り返し。それから約一年ほど生き延びたが、ある日地下室の檻の中で、目と口を縫い合わされたまま、誰にも看取られることなく、静かに息を引き取った。




 こうして、自分達の城に於ける、計画の完遂という大きな成果を成し遂げた真一たちは。早速、次なる実践に取り掛かった。今度は誰かの知り合いではなく、全くの「他人」を選抜する作業になる。初めての作業に真一たちは緊張を覚えたが、やさぐれ女子と信子の父親で、シュミレーションは十分に出来ている。自分たちには出来るはずだと、前向きな姿勢で計画に取り組んだ。


 候補としてリストアップした中から、数名の「最終候補」にまで絞りこみ、その中から更に調査を進めて、対象に相応しいと思われる人物をセレクトする。そういった過程も、真一たちにはわくわくするような時間だった。その先に訪れる、夢のような日々のことを思えば、尚更だった。



 真一たちは、慎重に慎重を重ねて選んだ候補者を、星野家に招き。計画通りに、地下室に監禁して行った。自分たちの造り上げた城は、今や完全に、自分達の欲求を満たす宮殿となっていた。だが、計画の成功に酔うあまり、真一たちが対象者に施す「行為」は、次第にエスカレートしていった。やさぐれ女子や信子の父親のように一年持つことなく、死に至る者が次々に現れた。いま地下室に残っている数名も、もう永くはもたないだろうと思われた。


 やってしまったことは、もう取り返しがつかない。「次の候補者」からは、施す行為にも慎重を期そうと、3人で取り決めをして。真一たちは、新たな候補者の選別に取り掛かった。これまでにリストアップした一覧に、新規で発掘した者も含め、新たな候補者を絞り込む。その過程が最終段階に差し掛かり、真一は三ツ谷に、次の日曜は家で選抜作業に専念するよと伝えた。

 

 じゃあ日曜の夜にでも、その結果を聞きに行くよと、三ツ谷は隣家に帰って行き。迎えた日曜日、真一と信子は三ツ谷に言った通り、2人で書斎にこもって、パソコンの画面とプリントしたデータを照らし合わせて、選抜作業の詰めに入っていた。すると、そこで。



 ぴん、ぽーーーん……


 何か、「わざとゆっくり押している」ような、呼び鈴の音が鳴った。誰かしら、と信子が玄関に向かい。そして、信子の唸るような声の後に、「お邪魔しますよ」という若い男の声が聞えて来た。



 ……なんと。まさか、この家、俺たちの「城」に、押し入って来たっていうのか……??


 真一は、なんと無鉄砲な奴らだと、笑いを噛み殺しながら。同時に、これは「願ってもないチャンス」だと思い直した。そうだ、俺たちは今、次の候補の選抜をしていたんじゃないか。こちらから選んで来てもらうどころか、向こうの方から「舞い込んで来る」とは……!


 真一は、玄関から入って来た「男たち」を返り討ちにしようと、ゴルフセットからクラブを取り出そうとしたが。そこでふと思いついて、クラブを元に戻した。



 ……いや。随分長いこと、忘れてしまっていたが。これは、ほんとに「願ってもないチャンス」だ。そう、「自分の身を危険に晒すことにより、より大きな成果を得られる」という。あの、これ以上ないスリルを味わえる、最高の機会が巡って来たんだ……!



 そう考えた真一は、わざと「うろたえた振り」をして、健吾たちを出迎えた。健吾の持っていた警棒で脛を打たれ、真一は痛烈な痛みを味わった。更に、顔面を思いきり殴られ。潰された鼻から、血がポタポタと滴り落ちた。


 ……そうだ、これだよ。自分自身も痛みを感じるという、この感覚。これこそが、ずっと俺が望んでいたものだったんだ……!



 信子は、健吾たちが押し入って来た直後こそ、真一に「どうするの?」という視線を送っていたものの。真一が無抵抗に殴られるのを見て、「はは~~ん……」と感づいたようだった。さすが、信子だ。何も言わずとも、わかってくれたようだ。そして、手足を縛られ、テーブルを挟んで健吾と向かい合い。真一は、密かに考えていた。



 ……さあ、始めようじゃないか。飛び切りのスリルに満ちた、「遊びの時間」をね……!


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