第16話そうぐう!

「良かったなー、ペンギンショー! 小っちゃい動物がぴょんぴょん動いているの見ると癒される!」

「ああ、お前芸が成功した時とかペンギンみたいにぴょこぴょこ跳ねて喜んでたもんな」

「ちょ、恥ずかしいところ見るなって! ペンギン見てろよ!」

「見てたわ! でも視界の端でお前が跳ね回ってたから気になってしょうがなかったんだよ」

「それは……すまん……」

「いやまあ別にいいけどな」


 少し、はしゃぎ過ぎただろうか。これだからボクは妹に『高校生には見えない』とか言われるのだろう。反省。


「それで、次の予定はなにかあるのか?」

「ああ、夕食までは軽くショッピングだな」

「なにか買いたいものでも?」

「うーん、服はこの間栗山さんと一緒に買ったからな。まあ、適当に。できれば写真映えするようなもの」

「適当だなあ」

「そんなもんでしょ。高校生なんて」


 意味もない会話をして、並んで歩く。いつの間にか、俊樹の歩く速度は、ボクの小さな歩幅に合わされていた。夕空の下、二人並んで歩く。


「逆に、お前はなんか欲しいものないの?」

「うーん、なんか部屋に彩りが欲しい」

「抽象的だなあ。雑貨屋でも行くか?」

「ああ、お前がそれでいいなら」

「よし、行くか」


 行くべきところも決まって、ボクらの足取りは自然と軽くなっていった。




 

 雑貨屋を冷やかして、二人で色んな置物についてあーだこーだと好き勝手に言う。やれ、豚の貯金箱とは古すぎないか、とか、猫の置物はあざとすぎないか、とかそんな他愛もないことだ。店員の目が若干冷たかった気もするが、まあ気にしすぎることもないだろう。

 結局ボクも俊樹も、なにも買うことはなかった。商品を物色するというよりも、どういうものがあるのか見ているだけ、という感じだった。

 報告用の写真も撮れたし、ボクとしては満足だ。



 それから、前から行きたかったラーメン屋に二人で行った。

 最後の最後で、全くデートらしくないところだが、ボク的にはこれは息抜きのつもりだった。デートだ、と思って肩肘張って一日過ごしたら疲れるかもしれない。そう推測したボクは、日程の最後にいつものボクららしい場所を予定に入れていた。結局のところ、それは杞憂に終わったのだが。


「いやー、さすがにここにいると目立つなあ」

「まあ、女っけのないところだからな」


 脂ぎったラーメンを出すことで評判のこの店は、客の9割が男だ。ボクのいかにも女の子らしい服装は場違い感が凄まじく、やけに目立っていた。


 夜も少し遅いので、席にはスムーズに着くことができた。目の前に置かれた、湯気の立つどんぶりを前に手を合わせる。


「その綺麗な服に汁こぼすなよ?」

「え? ボクが綺麗だって?」

「言ってねえ。あ、髪今のうちにどうにかしとけよ。中に入るぞ」


 ボクの長い髪がどんぶりの中に入ることを懸念してくれたらしい。素直に聞き入れ、片岡さんのアドバイスでポケットに入れていたヘアゴムを取り出し、後ろで一纏めにした。


「……」


 おお、片岡さんのアドバイス通り、俊樹がボクの変化に驚いたように目を見開いている。どうだ、ボクのポニーテールの破壊力は!


「あれー、俊樹、ボクの髪を見つめて、ひょっとして見惚れてた?」

「……ああ、可愛すぎてビビったな。一瞬誰かと思った」

「エッ」


 彼の狼狽える様子を期待したボクは、しかし思わぬ反撃に動揺した。ボクの顔が、自然と暑くなっていく。


「なんだ? 散々俺を揶揄っておいて、期待通りの反応が帰ってきたら黙り込むのか?」

「くっ……くっそおおおおお!」


 やけになったボクは、勢いよく麺を啜り始めた。俊樹はそんなボクの様子を見ながら、意地悪そうに笑っていた。





「くっそおお……ボクの計算では俊樹がポニーテール美少女にタジタジになるはずだったのに……どうしてこうなった……」


 先ほどの件の反省をしながら、ボクは俊樹を待っていた。ラーメンが食べ終わり、駅の近くまで来たところで俊樹がトイレに行きたいと言い出し、近くのコンビニへと走っていった。ボクは一足先に駅へと向かっているところだ。


「というか……ボクの記憶の中ではあいつに女子との接点はないはず……なんであんな余裕なんだ」


 あんな顔しといて、じつは内心動揺していたりするのだろうか。……分からない。結構接してきた時間は長いはずだが、表情が読めないことも珍しくないのだ。


「それにしても……いつの間にかこんなに暗くなってたのかー」


 ふと空を見上げると、お月様がぽつりと空に浮かんでいた。楽しい時間だったから、今日はあっという間に夜になったような気がする。


 繫華街から一足離れたここは、明かりが少なく、道の先すら見えない。冷たい風が腕を撫で、ボクは少しだけ身震いした。


 そんな静かな夜の道を一人で歩いていると、遠くから話し声が聞こえてきた。低い、男の声が複数。何やら陽気な語調は、軽薄で、粗野な印象を受けた。

 やがて、ボクの目にも話し声の主が見えてきた。派手な色の髪をした、二十代に見える男たち。ボクは道の端によると、目を伏せた。


「おおおー、見ろよ、可愛い子がいる!」


 しかし、彼らはボクの姿を認めると、興奮したような声をあげた。

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