第8話じょしかい!?
退屈な授業が終わり、昼食の時間になった。ボクはいつものように俊樹の席へと向かおうとする。けれど、そんなボクの目の前に立ちはだかる影があった。
「稲葉さん、ちょっといい?」
「え? うん」
話しかけてきたのは、クラスの女子、栗山さんだった。ぱっちりした目に、優しい笑みの唇。ボクが男だった頃には、ああ、栗山さんは今日も可愛いな、なんて見つめていた存在だ。
男だった頃は女子と話すことなんて全然なかったから、突然話しかけられてビックリしてしまった。栗山さんは可愛らしい顔をかしげて、提案してきた。
「お昼、一緒に食べない?」
一見好意的な視線と言葉。けれどその瞳の奥には、何か獰猛な感情が潜んでいるように見えた。
俊樹に昼食を別の人と取るという断りをいれてから、女子の集まっている机の方へと向かう。彼女たちは、教室の前方のあたりの机を占領して、一緒に昼食を取っていた。
「し、失礼しまーす」
「あれ、稲葉さん緊張してる? そんな肩に力いれなくて大丈夫だよ」
そうは言うが、しかしボクはこのシチュエーションに覚えがあった。俊樹と付き合っていることを公表した翌日に、女子から呼び出し。これはまさか、あれじゃないか。
「秋山君を取らないでよ、この泥棒猫!」とか言われて水とかひっかけられる奴じゃないか!?
まさか、漫画のだけで見るシチュエーションをボク自身が体験できるとは。ちょっとだけワクワクしている自分がいる。不安半分、好奇心半分で、ボクは勧められた席に着いた。
「じゃあ稲葉さん」
どこか気迫のある顔で、栗山さんがぐいと近づいてくる。
これはやはり、栗山さんは俊樹のことが好きだからボクに文句を言いに来ただろうか!? ボクは思わず俊樹の方を見た。一瞬彼と視線が合う。
ああ、アイツめ、こんな可愛い子に好かれているなんてずるいやつだ。アイツの顔のかっこよさの半分でもボクに分けてくれたらよかったのに。いや、頭の良さの半分でも……。
「稲葉さん、稲葉さーん。聞いてる?」
「あ、ごめんごめん。なに?」
注意が逸れてしまっていた。ボクの悪いくせだ。
「やっぱり……好きなんだねえ」
「え? なにが?」
「え、自覚なかったの!? 今秋山君の方じっと見つめてたじゃん。片時も目を離すまいっていう態度、やっぱり恋する乙女だねえ」
「え? あれ? どうしてそんな話を」
「だって、今日は稲葉さんの恋バナを聞くために呼んだんだもん。でも、聞く前にもうお腹いっぱいって感じだよ。熱っぽい視線一つで全部気持ちが伝わってくるっていうかさー。ねえ?」
栗山さんが周りの女子に問いかけると、皆深々と頷いていた。そんなにボクの目線は凄かっただろうか。ただ見ていただけだっていうのに。
「ね、ね。どっちから告ったの?」
「うえ!? そ、それは秘密というか……ちょっと言えないっていうか……」
「いいねえ! 告白は二人だけの秘密! カーッ、乙女の純情って感じですよ。どうですか、解説の片岡さん」
「これは乙女度120%ですねえ。見る者を卒倒させる殺人兵器ですよ」
なにやら芝居がかった変な口調で片岡さんが話し出す。ボクは彼女たちのハイテンションに付いていけず、おずおずと尋ねた。
「えーっと、結局ボクは俊樹との話をするためにここに呼ばれたの? なんで?」
女子はボクと俊樹の関係なんかに興味があるのか? しかしボクの言葉にも彼女らの熱は全く冷めていないようだ。
片岡さんがさっきの変な口調で説明しだす。
「いやいや、このクラスで『付き合うまでRTA』優勝候補のお二人の動向は、我々ずっと見守ってまいりましたよ。昼食の交換に、一緒に下校。四六時中一緒にいる二人の関係性に、私たちは常に目を光らせ尊い瞬間を見逃さないようにしておりました」
それは……多分、彼女らの中ではボクがずっと女だったことになってるから、記憶が捏造されているだけだろう。そのはずだ。……そうじゃなかったら、ちょっと怖い。
「その二人がなんとこの度ご婚約を発表されたということで、我々記者陣は会見の場を今か今かと待ち構えておりました」
「いや、婚約してないし」
というか片岡さんは解説なのか記者なのかどっちなんだ。
「それで、ズバリ初デートの場所は?」
「うえっ!? そ、そうだなあ……」
遠足から付き合ったとしたら、最初に出掛けた場所といえば……。
「ゲーセンだね」
あの頃は確か、ボクがはまっているゲームがあったので、毎日のように通っていた。俊樹もそんなボクに連れられてゲーセン通いしていた。
「ふむふむ。片岡さん、採点のほどは?」
「ズバリ、30点です。お二人の気安い関係を考えればそういうことになるのは自然かもしれませんが、初デートの場所としてはナンセンス。私が彼女だったら、入口で帰ります。やっぱり最初のデートは特別なものでないと。せめておしゃれなカフェ。できれば夜景の綺麗なレストランが必須でしょう」
「なるほど、流石片岡さん。乙女ですね」
高校生にそれは求めすぎじゃないかな……。片岡さんは初デートに高い理想があるようだ。
「ていうか、ゲーセンはやっぱりないって。稲葉さん、不満はちゃんと彼氏に言わないとダメだよ? ていうか普段の様子だと心配だよ。稲葉さん、好きな人とちゃんとイチャイチャできてる? 気安い関係に甘えてない?」
「い、イチャイチャ!?」
ボクが思わず大声をあげると、女子たちが怪訝な顔でこちらを見てきた。その様子は、何かを疑っているようだった。
まずい。ボクがあんまりにも女の子していないせいで、ボクと俊樹の関係が疑われている。
なにか、なにか説得力のある材料はないだろうか。そう思って思考を巡らしていると、やがて一つの考えに辿り着いた。
「ぷ、プリクラ! ゲーセンでプリクラ撮ったんだ! だからボクはそれで満足だよ!」
「へえ、彼氏とプリクラか……いいね! ところでプリは持ってる? 見せて見せて!」
「うん、ちょっと待って。……あ」
「どうしたの?」
写真って、ボクが男だった頃が写ってるんじゃないか!? ボクは学生証を見つけ出すと、中に挟んでいた写真を確認した。
するとそこには、しかめっ面をした俊樹と、美しい顔が補正によっていっそう美しくなった女のボクが写っていた。どうやら、あの悪魔の力は過去に撮った写真にすら及んでいたらしい。安堵するとともに、ボクは少し怖くなる。
それでは、ボクが男だった証拠はもう俊樹の頭の中にしか存在しないのではないか。
「あー、これこれ」
気を取り直して、プリクラを目をキラキラさせて待っていた女子たちに見せる。
「うわー、稲葉さんめちゃくちゃ可愛く映ってるじゃん」
「おおー、予想以上に距離が近いですね。どうですか、解説の片岡さん」
「二人の気安い関係が端的に現れていますね。肩に回された手と、肩肘張らない姿から二人がどんな風に付き合っているのかが分かります。goodです」
「ていうか秋山君の顔なにこれ、めちゃくちゃ渋い顔してんじゃーん。おもしろ」
「ああ、それは無理やりプリクラ撮らせたから……」
男同士でプリクラなんて行くか! と抵抗する彼を無理やり引きずりこんでプリクラを撮るのは大変だった。まあ、ボク的には嫌がる俊樹の表情を取ってそれを揶揄えれば満足だったので、別にプリクラが好きだったわけでもない。未だに事あるごとに学生証から写真を取り出しては彼の表情を揶揄っている。
「でも安心したなー。稲葉さんにも積極的なところあるじゃん!」
「あっはは。まあね」
まさか俊樹の嫌がる表情を見たかっただけとは言えなかった。こうして、ボクはなんとか女子に関係を疑われることなく昼を終えることができた。
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