第7話べんかい!
その後もくだらない冗談を交わし合いながら、ボクたちは一緒に歩いた。校門をくぐり、教室へ。
できるだけ仲睦まじく、二人一緒にクラスに入った。俊樹曰く、これがボクたちが付き合っていると周りに信じ込ませるために重要なことなんだそうだ。
俊樹の狙い通りとでも言うべきか、クラスに入ってすぐ、ボクたちは男子生徒たちに囲まれてしまった。
「秋山! 鈴木に聞いたぞ。お前、稲葉と付き合ってたんだって!?」
早速、男たちは気になる本題への切り込んできた。そんな彼らに、俊樹は落ち着いて受け答えをした。
「ああ、今まで隠していて悪かったな」
「本当だよ! 付き合ってるなら付き合ってるって言えって! 何人の男たちが血の涙を流したと思ってるんだよ!」
「いや、言ったらこうやって問い詰められて面倒なことになると思ったからな。コイツのためにも」
「いやいや、それでも――」
俊樹はなんでもないように嘘を吐いた。その白々しい態度に、ボクは少し呆れる。相変わらず、顔を見ているだけでは何考えているのか分からない奴だ。
そんなことを思いながら彼らの会話を他人事のように眺める。男同士らしく、気安く、冗談を交えながら会話をする彼らに、少し胸の内がモヤモヤする。それはきっと、ボクが失ってしまった男友達同士の距離感という奴だったのだろう。
急に矛先がボクの方に向いた。
「――稲葉、本当なんだな!? 秋山に脅されてたりしないよな!?」
「ああ、うん。だいぶ前から付き合っていたんだ。ごめんね、今まで伝えてなくて」
言ってから、自分の言葉への違和感に鳥肌が立った。なんというか、凄くむずがゆい。
「カーッ、そうだったのか、俺、稲葉の気安い態度にもう少しで勘違いするところだったわ。あぶねえあぶねえ」
「俺も、稲葉って実は俺のこと好きなのかと思ってたわ。危うく大やけどするところだったわ」
「いつからだよー。ずっと距離近いなあと思ってたけど、そんな色っぽい雰囲気全然なかったじゃねえかよ」
「色っぽいって……そんな大層なものじゃねえよ」
「え? じゃあキスとかはまだなのか?」
とんでもない単語が聞こえてきて、ボクは思わず噴き出した。
「なんでボクが俊樹とキスするんだよ! そんなのあり得ないって!」
「え? 二人は付き合ってるんだよな?」
あ、まずい。ボクは自分の失言に気づき、冷や汗を垂らした。俊樹が一瞬、こちらを鬼のような目で睨んできていた。
「あ、ああー、そうそう! こいつ小学生並みにうぶでさー。『そういうのはまだ早い』とか時代錯誤なこと言ってるんだよー」
「えええ、まじか。秋山かわいそー」
二人の関係を問いただしてやろう! と意気込んでいた男子の目が、急に優しくなった。俊樹のことを、妬ましくて許せない奴、と睨んでいた目が、可哀想なやつを見る目に変わっていた。
「稲葉、あんま厳しいこと言ってやんなよ。秋山も男なんだからさ、ちょっと事情をくみ取ってやれって」
「わ、わかったわかった。考えておくから」
タジタジになったボクは、なんとか誤魔化しの言葉を口にした。男なんだからさ、なんて言われるまでもなく分かっている。だってボクは、ちょっと前まで男だったのだから。
まあ、それでもボクと俊樹がキスをするとか考えたくもないことだが。付き合ったことのないあいつに疑似恋愛体験させてやろうとは思ったが、流石にキスは段階飛ばしすぎというかなんというか。
「じゃあ、もしかして手を繋いたこともないとか? 少女漫画みたいなピュアな付き合いしてる?」
「いやいや、そこまでじゃないって。な、ゆうき」
俊樹は滅多に呼ばないボクの名前を呼ぶと、ボクにだけ伝わるようにアイコンタクトを送ってきた。
「あ……うん、そうだな……手は、繋いだな」
「フゥーッ!」
嘘ではないが、もう少し言い方とかあったのではないだろうか。しかしボクの言葉を聞いた教室は、まるで特大ホームランを放ったプロ野球選手を見たみたいに湧き上がった。
「なんだよ、ちょっとずつ進展してんじゃん! そうならそうと言えって!」
俊樹は無遠慮に肩をバンバン叩かれていた。ああ、こういうのは彼の苦手なノリだ。暑苦しいそうだ。
「いや、あんまり言いふらすことでもないだろ。こういうのは、大事に、二人だけの秘密にしておくものだろ」
「フゥーッ!」
……また、俊樹が歯の浮くようなセリフを吐いている。なんだかこちらが気恥ずかしくなってしまうので、やめてほしいのだが。
「とにかく、もういいだろ。ホームルームも始まる。さっさと席につくぞ」
「おいおい、照れるなら稲葉の方にしてくれよ。お前じゃ可愛げがない」
「うるさい」
まだ色々と聞きたそうな顔をしていたが、時間がないことも分かっていたのだろう。男子たちはあっさりと諦めると、自分の席へと戻っていった。
(上手くいったな)
俊樹が、言葉には出さずに唇だけでボクに言葉を伝えてきた。ボクはそれに、ウインク一つだけ返して答える。
しかしそんなボクの返答に、俊樹は『うええ……』とでも言いたげに顔をゆがめた。どうやら、ボクのややあざとい返答はお気に召さなかったようだ。サービスのつもりだったのに。
新たに覚えた知識を一つ頭に格納して、ボクはクラスメイトに倣って席に着いた。
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