第3話 目覚めたら吸血鬼でした

 気が付くと私は、天蓋のついた豪華なベッドに寝ていた。お姫様が使うようなそのベッドに何故自身が寝ているのか、全く検討もつかない。

 祝いの宴の最中に吸血鬼に襲われて、それからの記憶がない。自分が生きているのか死んでいるのかそれさえも分からなかった。

 試しに頬をつねってみると痛みを感じる。そこで初めて、どうやら自分は生きているらしいと気付いた。


 それにしても、いつの間にこんなに髪が伸びたのかしら……


 緩くカールしている胸の辺りまで伸びたプラチナブロンドの髪に触れていると、給仕服に身を包んだモカブラウンの長髪の綺麗な女性に話しかけられた。


「お目覚めになられたのですね! 気分はいかがですか?」

「助けて頂きありがとうございます。もう大丈夫で……っ」


 身体の怠さは抜けないけれど、起きれない程でもないはず。そう思い身体を起こそうとするも、力が入らない。


「あぁ、姫様! 無理をなさらないで下さいまし! 若様! 姫様がお目覚めになられました」


 ゆっくりと、女性が身体を起こすのを手伝ってくれた。その時、勢いよく扉を開ける音が聞こえる。


「それは本当か?!」

「若様、ほらご覧下さい!」


 若様と呼ばれた端正な顔立ちの青年が、漆黒の髪を揺らしながら私の座る寝台へと駆け寄ってきた。アメジストを思わせる美しい紫色の瞳が、心配そうにこちらに向けられる。


「よかった。この一年、ずっと心配していたのだ。どこか痛むところはないか?」

「あの、えっと……ボーッとして力が入らないぐらいで、痛みなどはありません」

「まだ血が足りてないのだな。ほら、飲むがいい」


 青年は私に、袖をまくった自身の腕を差し出した。


「あの……何を飲むのですか?」


 意味が分からず尋ねる私に、青年は考えながら「そうか、まだ自覚がないのか」と呟いた。


「自覚?」

「どこまで自身の記憶を覚えている?」

「お水を汲みにきた井戸で、吸血鬼に……」


 ハッとして嚙まれた首筋に手をやるが、そこに異常はない。けれど私はしっかり覚えていた。

 自身の血が吸われ、それを飲み込む気持ち悪い嚥下音を。やはり、あれは夢でも何でも無くて現実だったのだと悟る。


 吸血鬼に襲われた人間の末路は二つ。


 致死量の血を失いそのまま息絶えるか、血を求めて人を襲う吸血鬼と化すか。


「私は、吸血鬼になってしまったのでしょうか?」

「残念ながら……その通りだ。安全のためにその身柄を保護させてもらった。ここは、ハイグランド帝国。紅の吸血鬼の住まう国だ」

「ハイグランド帝国……」


 聞いたことのない地名に頭を捻る。


「とりあえず話は後だ。まだ顔色が悪い。身体がだるいだろう? まずは食事を済ませてから、後のことは説明しよう」


 再び、私の前に青年の腕が差し出される。これを飲めという事なのだろうが、どうしていいか分からない。

 血を吸うという事は、その皮膚を傷付けなければならない。痛い思いをさせるのが分かっていて、噛みつくなど……


「そうか、まだ牙が生えそろえてなかったな。すまない、これならどうだ?」


 青年は差し出していない方の手で、もう片方の腕の皮膚を鋭い爪で一の字に引き裂いた。赤い血が青年の腕から滴り落ちる。


 美味しそう……


 今まで抱いたことのない感情が湧き出てくる。以前の私なら、血を見た瞬間サーッと青ざめただろう。しかし今は、青年の腕についた血がご馳走に見えてならなかった。


 戸惑う私に、「遠慮することはない」と青年は優しく微笑みかける。


「い、いただきます」


 恐る恐る青年の腕に口をつけ、その滴り落ちる血を舌でなめとる。その瞬間、甘美な血の味に酔いしれた。

 綺麗に腕の血を舐めとった私は、新たな血を求めて傷口を啜った。身体の気だるさが消え、ボーッとしていた頭も正常に働き出す。


 そこで、慌てて青年の腕から口を離した。自分がどれほど血を啜っていたのか分からない。

 慌てて青年の様子を窺うと、彼は嬉しそうに頬を緩めてこちらを見つめていた。


「美味かったか?」

「はい、とても……ありがとうございました」


 血が美味しいと感じるなど、本当に自分が吸血鬼になってしまったのだと実感した。この先、生きるためには誰かの血を奪わなければ生きていけない。大好きだった家族を、自分が襲うかもしれない。そんな危険な存在になってしまった事が、心に重くのしかかる。


「私は、助かってよかったのでしょうか」

「少なくとも俺は、君が無事で本当に良かったと思っている。人としてのことわりから外れてしまったのは、とても残念な事だろうが……折角助かった命を、出来れば大切にして欲しい」

「そう、ですよね……」


 バチがあたったのかもしれない。大好きな義姉の結婚を、心から祝福出来なかった事に。死の淵に立って始めて、都合よく二人の幸せを願ってしまった自分勝手さに。


「今はただ、無理せずゆっくり休むといい。困った事があれば何でも言ってくれ。必ず力になろう」

「はい、ありがとうございます」


 目を閉じると、再び眠りについた。

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