第2話 姉不幸の代償
私とレイラお姉ちゃんに血の繋がりはなく、本当の姉妹ではない。
六歳の頃、裏山で倒れているお姉ちゃんを発見した。自身の名前しか覚えていないというお姉ちゃんに、
「おもいだせるまでここにいなよ!」
と誘って共に暮らし始めたのが、家族になるきっかけだった。
幼い頃、王国騎士だったお父さんが殉職して、王都を離れてお母さんの故郷ベリーヒルズ村に引っ越した。
女手一つで私を育ててくれていたお母さんは忙しく、帰りが遅い日も多かった。そんなお母さんの代わりに、寂しがる私の遊び相手をしながら世話をしてくれたのがレイラお姉ちゃんだった。
時には母のように、時には姉のように、時には友達のように、自分を可愛がってくれるお姉ちゃんは私にとって、かけがえのない大切な家族となっていた。
大好きなお姉ちゃんを悲しませたくない。
だから私は、必死に声を張り上げて、明るく努めて、大袈裟に喜ぶフリをして、祝福の言葉をかけ続けた。心の奥底にくすぶる嫉妬心を決して悟られないように。
そうして心の底からおめでとうと言えないまま、月日はあっという間に流れて、お姉ちゃんとフレディお兄ちゃんの結婚式の日がやってきた。
二人で並んでいると、美男美女で本当にお似合いのカップルだった。そこに自分の入り込む隙なんて初めからなかったんだと、思い知らされる。
「それでは、誓いのキスを」
笑え、笑うんだ。今日は大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんの門出の日なのだから。祝福しないと罰が当たってしまう。
そう必死に自分に言い聞かせても、長年抱き続けたフレディお兄ちゃんへの恋心をそう簡単に捨てることなど出来るはずもなく、心が軋む。
「無理すんなよ。きついなら俺の後ろに隠れてろ」
隣に居た幼馴染みのジルが、自身の体で私の視線を遮るようにそっと前を隠してくれた。
ジルはフレディお兄ちゃんの弟で、私と同い年だ。優しいフレディお兄ちゃんと違って、かなりやんちゃで意地悪だった。
私が苦手なのを知っていて、山で捕まえてきた蛇をわざと見せてきたりと、昔からよくからかわれてきたものだ。
しかし本当に私が辛い時は、こうやって庇ってくれる。だから根は優しいのだろう。
「ジル……ありがとう。でも大丈夫。最後まで見届けたいの。この目でしっかりと……」
この恋心にけじめをつけるために。
心から素直に、二人におめでとうって言えるようになりたい。その一心で、最後まで私は式を見届けた。
滞りなく結婚式は行われ、夕方から行われる祝いの宴のために、料理の準備や配膳と慌ただしく私は身体を動かしていた。
何かやっている方が気が紛れて助かる。それに、今日ばかりは主役のお姉ちゃんを頼るわけにはいかない。来賓への挨拶を済ませた後は、始終裏方に徹していた。
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになってきた頃、私は用意していた水がこのままでは足りなくなる事に気付いた。
「どこに行くんだ? アリシアもそろそろ座れよ」
配膳を終えて会場を抜けようとしたら、ジルに声をかけられた。
「水が少なくなってきてるから、汲んでおこうと思って」
予想以上にお祝いの宴に参加してくれる人が多かった事と、盛り上がった会場の熱気で料理や飲み物の消費も早い。このペースだと、用意していた水の量では後半足りなくなる。
「一人じゃ大変だろう? 俺も手伝うよ」
ベロンベロンに酔った雑貨屋のラルドさんを肩に担ぎながらそう言われても、お願いなんて言えるはずがない。
「ジルはラルドさんの介抱してあげて。悪酔いするといけないし」
「ジルー! 次はお前の番だぞ! 可愛い嫁さん捕まえて、お前も幸せにならんといかんぞ! いいか、良い女を捕まえるコツは……」
酔ったラルドさんは、ジルに自分の武勇伝を語りだした。
「もう既に手遅れの気がするんだが……」
「そんな事ないよ、きっと。そのまま相手してあげてて」
「分かった、気を付けて行けよ」
「うん、ありがとう」
バケツを持って、裏庭にある井戸へ歩く。
ランプで辺りを照らしながら、水を汲んでいると不意に視線を感じた。赤い光が二つこちらに近付いてくる。
不気味だと感じた瞬間、私は何者かによって身体を拘束されていた。
「美味しそうだね、お嬢ちゃん。女帝を狩る前の腹ごしらえにちょうどいい」
ガブリと首筋に牙を立てられ、血が啜られる。相手が吸血鬼だと気付いた頃には、もう手遅れだった。
「だ……れか……」
助けを呼ぼうにも恐怖で喉が震え、声がうまく出てこない。
今日は、お姉ちゃんの大事な門出の日なのに……
私のせいで折角の祝いの宴が台無しになってしまう事が、悔しかった。優しいお姉ちゃんの事だ、今日結婚式を挙げてしまった事をずっと悔いるかもしれない。
最後まで姉不幸な妹でごめんね。私の代わりに、幸せになってね……
お姉ちゃんの隣にフレディお兄ちゃんが居てくれてよかったと安心しながら、遠のいていく意識の中で、ただ二人の幸せを願っていた。
「貴様、その子から離れろ!」
その時、底冷えするような男性の怒り声が聞こえた後、首筋に立てられていた牙が抜かれた。吸血鬼はその場から逃げ出し、大量の血を吸われた私は、自力で立っている事が出来ずに倒れ込んだ。
地面に付く寸前、誰かに抱きとめられる感覚がした。しかし私は、もう自分が助からないというのはよくわかっていた。
「一生、俺を恨んでくれて構わない! それでも俺は、君を死なせるわけにはいかないのだ……っ」
誰かが、泣いているような気がした。その声の正体も分からないまま、私は意識を手放した。
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