傷癒えて 02

 庭のベンチで色々と話し合った結果、婚約指輪は職人を天秤宮に呼んで作り直す事になった。

 壊れた婚約指輪はアークレインがこちらには黙って準備をしていて、内定が出たときに突然渡されたものだったので、デザインを決めるところから参加できるのは少し嬉しい。


 そこまで決めて庭の散策から天秤宮の建物内へと戻ると、リーディスからエステル宛に花が届いており、ちょっとした騒ぎになっていた。


「一応こちらでお調べして、刃物や毒の類は仕掛けられていない事は確認したのですが……いかがなさいますか?」


 大きな花束を手にエステルに話しかけてきたのはメイだ。

 薄いピンクのガーベラと白の薔薇でまとめられた花束はとても可愛らしかったが、贈り主を考えると素直に受け取っていいものかわからない。困惑して隣のアークレインの顔を見ると、マナを陰らせて難しい顔をしていた。


「面会の申請を断ったから花だけ送ってきたんだと思う」

「そんな申請があったんですか?」

「……勝手に断ってごめん。あいつをここに入れたくなくて」

「いえ、そのお気持ちはわかりますのでそれは構わないんですけれど……このお花はどうしましょうか?」

「……花に罪はないからエステルの好きにするといいよ」


 わずかな間とマナからはアークレインの不快感が読み取れた。仲の悪い異母弟からの花だからアークレインの感情はもっともなものだ。受け取るにしてもエステルの部屋に飾るのはどうかと思った。


「立派なお花ですから廊下に飾ってもいいですか?」

「部屋じゃなくていいの?」

「部屋に飾ってもいいんですか?」

「……嫌だ」


 むすっとした表情での拒否に吹き出しそうになった。


「リーディス殿下からのお花だからお嫌なんですよね。わかっていますから」


 エステルはクスクスと笑いながらメイに廊下に飾るように指示を出した。


「エステル様、実は花束にはお手紙がついておりまして……お読みになりますか?」


 メイはそう言って白い封筒を差し出してきた。封筒の裏側には、リーディスの印章である黒豹の封蝋が押されている。


「リーディス殿下からのお手紙ですからさすがに中をあらためるのははばかられまして……」

「エステル、見ても構わない? 何も仕掛けてはないとは思うけど念の為」

「ええ、どうぞ」


 エステルは快く了承した。政敵からの手紙なのだ。アークレインも中身が気になるのだろう。


「とりあえず居間に行こうか。座って話そう」


 アークレインに誘われ、一旦場所を変えることになった。




   ◆ ◆ ◆




 居間に移動すると、アークレイン付きの女官がお茶を淹れてくれた。

 一息ついてからアークレインはペーパーナイフを使い手紙を開封する。


 中から出てきた便箋に流麗な文字で書かれていたのは、時候の挨拶にお見舞いの文言が添えられた当たり障りのない内容だったが、アークレインは難しい顔をする。


「どうかされましたか?」

「王族に伝わる特殊な紙とインクが使われているんだ。私が見る事を前提に書いたんだなと思って」


 アークレインは渋い表情のまま便箋にマナを流した。

 すると便箋の色が濃い青色に変色し、銀色の文字が光のように浮かび上がった。


「マナを流すと隠された文字が出てくるようになってるんだ」

「あぶり出しみたいですね」


 子供の頃、乾いたら色が消える林檎の搾り汁で手紙を書き、火であぶって遊んだ事を思い出した。

 エステルはアークレインの隣に移動し手紙を覗き込む。




   ◆ ◆ ◆




親愛なるエステル嬢


 飛竜のとどめを刺して頂いたおかげで命拾いを致しました。左手を負傷されたと聞き心を痛めております。一日も早くお怪我が治る事を心よりお祈り申し上げます。


 また、第一功労者としてエステル嬢のお名前が挙がっておりますが、どうか私の事は気にせず叙勲をお受け下さい。

 私は、最終的に飛竜を仕留めたあなたこそがその栄誉に相応しいと思っております。


 最後に、既に兄上が対策等されているかとは存じますが、身辺にはくれぐれもお気を付け下さい。


         リーディス・カインロード・ローザリア




   ◆ ◆ ◆




「これがリーディス殿下の本心でしょうか」


 浮かび上がった文字を読み終え、エステルはぽつりとつぶやいた。


「わざわざこんな手段で手紙を書くという事はそうだと思う。このような形にしたのはマールヴィック公爵の手の者に見られたくなかったんだろうけど……」


 アークレインは難しい顔をしている。エステルもどんな顔をしていいのかわからない。


 リーディスの事を考えると、どうしてもメイを傷付けようとした事が脳裏に浮かぶ。

 あの時の事は許せないけれど、彼の本質はそう悪い人間ではないのかもしれない。エステルは手紙の文字を見つめた。

 アークレインほど達筆ではないけれど綺麗な文字だ。丁寧に綴られた文字からは真面目そうな印象を受ける。


「あいつがわざわざこんな手紙を送ってくるなんて……」

「マールヴィック公爵や王妃陛下が何か企んでいるのを知ってしまったんでしょうか?」

「わざわざ言われるまでもなく警戒はしている」


 アークレインは舌打ちせんばかりの表情で手紙を睨みつけた。


「……アーク様、色々と思うところはあるかとは思いますが、私からもリーディス殿下にお見舞いをお贈りしてもよろしいでしょうか? リーディス殿下が助けて下さらなかったら、私は今ここにいないので」


 おずおずと尋ねると、アークレインははあっと息をついた。


「エステルのしたいようにしていい。あいつも飛竜と戦った事で少しは成長したのかもしれない」


 アークレインの言葉にエステルはほっと胸を撫で下ろした。


「お送りするならお花が無難でしょうか」

「そうだね、後で一緒に温室に行こう」


 そう提案したアークレインの表情は、いつもの穏やかなものに戻っていた。

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