竜の棲む山
大ローザリア島北部には、竜骨山脈と呼ばれる険しい山岳地帯がある。
レジェ、フローゼス、ウィンティアの三つの伯爵領にまたがる山脈がそう呼ばれるようになったのは、飛竜の
飛竜の骨が埋まる場所、船の竜骨のように山岳地帯に住む民の生活の基礎を支える場所――二つの意味が竜骨山脈という名前には込められていると言われている。
この山岳地帯は、大ローザリア島でも有数の豪雪地帯で、毎年十二月から翌年の三月あたりまで山々は白い雪で閉ざされる。
しかし今年は例年に比べると気温が高く、雪が少ない方だ。
オードはスノーシューを取り付けた長靴で雪を踏みしめると、額から流れる汗を拭って一息ついた。
(この辺りで膝下ってとこか……)
雪の量を測り、オードは眉をひそめる。
今年は確かに雪が少ない。
例年だと一メートル以上は降り積もる事を考えると、今年は竜の目覚めが早そうだ。
この山に生息する飛竜は言わば超大型の爬虫類だ。
大抵の爬虫類が冬には土の下で眠りに就くように、飛竜も気温が下がると巣穴の奥で冬眠する。
竜骨山脈の全土で晩冬から初春にかけて大々的に行われる竜伐は、その冬眠する習性を利用して行われている。
要は冬眠中の竜の巣穴に潜り込み、寝込みを襲って狩るのである。竜穴猟と呼ばれるこの狩り方は、飛竜を比較的安全に間引く方法として知られていた。
オードはウィンティア伯爵家に仕える銃士だ。
先天的に高いマナを持って生まれた事から必然的にそうなった。
竜伐は危険だが実入りも大きい。飛竜の体はそれ自体が金塊に例えられるほど高値で取引されるからだ。
強靭な皮や骨は兵器や魔導具の材料に、肉は高級食材に、内臓は薬種として高値で取り引きされている。
(くそが、ふざけやがって)
オードは心の中で悪態をつくと、再び雪を踏みしめて歩き出した。
彼がたった一人でこっそりと山に入ったのは、大切な娘の為だった。
今年七歳になるオードの娘カエナは、今誘拐犯のもとで監禁されている。それを思い出す度にはらわたが煮えくり返った。
(カエナ……絶対にお父さんが助けてやるからな)
誘拐犯の要求は一つだった。
竜を使った魔導具の実験への協力。
具体的には、魔導具の部品を、特殊な銃を使って冬眠中の飛竜の眉間に撃ち込む事だ。
眉間は飛竜の弱点であり、バイタルゾーンと呼ばれる生命の維持に関わる部分である。
竜のバイタルゾーンは眉間の他にも心臓があるが、心臓はピンポイントで狙うのは難しい。少しでも逸れると致命傷にはならず、手負いになった場合、逆上した飛竜に襲われる危険もある。飛竜の飛行速度は魔導機関車を超えると言われているので、襲われたら人間などひとたまりもない。
また、竜の骸から採取できる素材を余すところなく活用する為には、眉間を狙うのがベストだった。
だから竜伐銃の使い手は、竜の身体構造を学んだ上で、確実に眉間が狙えるよう訓練する。眠れる竜が無事見つかれば、確実に撃ち込むだけの自信はあった。
問題は、誘拐犯に渡されたこの銃で、竜の眉間に魔導具の部品を撃ち込めるかどうかがわからないということである。竜の外皮は硬い。竜伐には竜伐銃と呼ばれる高威力の銃が使われるのはそのためだ。
(畜生、こんなもののためによくもカエナを――)
オードは手の中にある、魔導具の部品を仕込んだ銃を睨みつけた。
自分が悪党の標的になったのは、竜の巣穴を探り当てる嗅覚が誰よりも優れていたからだろう。これは、ウィンティア伯爵領の銃士隊では有名な話だった。
不安しかない。しかし、やるしかない。
オードは必死に竜の痕跡を求め、山の中を歩き回る。
全ては大切な愛娘を救出する為に――
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