上弦の月

 交換日記は、中断したままだ。

 たった二回続いただけ。

 でも、これでいいんだ。


 青い空には、雲に紛れて半分の白いお月さまが掛かっている。

 今日のお月さまは上弦の月。お昼に上って、真夜中に沈む。真夜中に上って、お昼に沈む下弦の月とは反対だ。


「小夜、このごろ、元気ないけど、失恋でもした?」有希ちゃんが、ポンとわたしの肩を叩いた。

「まさか! 変なこと言わないで」

「アハハ。冗談だよ。そんなムキになって、こわい顔しなくても」


 有希ちゃんの向こうで、月里芽狼くんが、こちらを見ていた。わたしは、すっと顔をそらした。





 帰り道、サンザシの木まで来ると、ミッドナイトブルーのノートが置いてあった。

 飛びつくようにノートを開いた。

 わたしが書いた次のページが、やぶいてある。その次の紙に一行だけ、

 


  ぼくは、黒いこうもり傘を持っていない。



 と、書いてあった。

 

「ぼく」って、やっぱり、これを書いたのは男子なんだ。ううん、女子でも「ぼく」って言う子はいる。わたしのクラスなら、島崎美恵さんだ。でも、違う気がする。



 

 どういう意味なんだろう。

 家に帰っても、ずっと、考えていた。

 真夜中にお月さまが沈んでから、わたしはやっとその下に書いた。



  黒いこうもり傘なら、貸してあげる。



 書きながら、こんなこと書いていいのかなって、思った。

 だれだかわからないけれど、相手は人間の男子だ。でも、書きたい気持ちを抑えられなかった。




 翌朝、いつも通りに、ノートをサンザシの木の下に置いた。



 学校が終わって、サンザシの木の前まで来ると、ノートがそのままになっていた。

 ううん、よく見ると、わたしが置いたときと向きが変わっていた。金色の「交換日記」の文字がこちらを向いている。いつも金色の文字のほうを木に立て掛けておくんだ。

 だれかがノートを見つけて中を見てから、置き直したのだろうか。

 ノートをこのまま置きっ放しにして、これ以上、他の人に見られたくない。わたしはノートを持って足早に歩き出した。

  

 しばらく歩いて周りにだれもいないのを確認してから、ノートを開くと、いつもの見慣れた文字が新たに書き加えられていた。



  満月が上るころ、サンザシの木の下で。




 次の満月は、一週間後だ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る