新月
新月の日は、雨だった。
わたしがサンザシの木の下に交換日記を置いてから、一週間経った。今日はそれが返ってくるかもしれない。そんな気がした。だって、ミッドナイトブルーのノートが交換日記として帰ってきたのは、一週間後だったから。
わたしはいつもより早く家を出た。
雨降りだからか、サンザシの木の下に、交換日記はなかった。
教室に着いたときには、まだ、だれもいなかった。
窓ガラスの向こうを、ミッドナイトブルーの傘がやって来る。差しているのは
月里くんが、教室に入って来る。心臓がこくんと大きな音を立てた。
「おはよう、夕日さん」
「おはよう、月里くん」
「今日は、新月だね」
「月里くんは、月の満ち欠けに興味があるの?」
「まあね。苗字に月が付くからかも」
「それなら、新月のおまじないって、知ってる?」
「おまじない?」
月里くんは、わたしの机までやってきた。
「そう。新月の日にね、願い事を書くの。『〜になりますように』じゃなくて、『〜になる』って書くの。それもね、新月のたびに、段階を追って書いていくんだよ」
「ふうん。例えばテストで『80点取る』って書いて80点取れたら、次の新月には『90点取る』って書くみたいに?」
「うん。いっぺんに100点じゃなくてね。そうすると、願いがだんだんに叶っていくんだって」
「夕日さんは、なんて書くの?」
「おまじないは、だれかに言うと叶わないんだよ」
クラスメートが次々に教室に入ってきて、月里くんとの会話は終わった。
わたしの話に興味を持ってもらえて嬉しかったけれど、少し悲しくもなった。
おまじないだけじゃなく、わたしにはだれにも言えない秘密があるんだ。
下校時間には、雨が上がっていた。
期待して、サンザシの木まで行ったけれど、どこにも交換日記のノートはなかった。
もしかしたら、二回目に書いたことのせいなのかな。
意味不明のわけの分からないことを書いていると、呆れ返られたのかもしれない。それとも、わたしの秘密に気付かれてしまったのだろうか。
小学校から中学校まで、ずっとうまくやってきたのに。ほんとのことを知られたら、だれも知らない遠いところに転校しなければならなくなる。最悪、家の人たちは、口封じのためにだれかを牙に掛けてしまうかもしれない。
そんなのいやだ。なんで、あんなことを書いちゃったんだろう。
夜になって、家のみんなが仕事に出て行くと、新月の願い事を書くノートを開いた。叶った願い事には、棒線が引いてある。
わたしはいつも、二つ書く。一つ目はずっと同じ願い事。二つ目がその時一番願っている事。
今夜も、二つだ。
だれにも、わたしの秘密を知られない。
月里くんは、わたしのことが好き。
いっぺんには「好き」って書いても無理だろうから、ほんとは「月里くんは、わたしをきらいにならない」って書きたかったんだ。
でも、人間の男の子と付き合うなんて、だんだんにだって、いっぺんにだって、わたしには無理。無理なものは無理だ。
どうせ、無理なら、書くだけ書いて、いっぺんに書いたから無理だったんだって、おまじないのせいにしたほうが、あきらめがつく。
なのに、明け方、二つめの願いが叶った夢を見た。
良い夢も、願い事といっしょで、だれにも話さないほうがいい。
これで、だれにも言えないことが、また増えた。
だけど、きっと、だれにも言わなくても二つ目の願いは叶わないし、夢も正夢にはならないだろう。
夢を見ていたときはとても楽しかったけれど、目が覚めたら、悲しくてたまらなくなった。
人間の男の子と付き合うなんて、わたしには無理難題なんだ。
サンザシのおかげで、なんとかやっと、わたしは通学できている。わたしの中の9つの欠けた木を、サンザシが眠らせているおかげ。
だけど、おとなになれば、サンザシは容赦なく、わたしを殺してしまうだろう。だって、わたしは1、10ではなくて、9つの欠けた木なんだから。
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