シュガーバスター★あんこ

中原恵一

第1話 女子力の高さとGI値は比例する?

「いっけない、遅刻しちゃうっ!」

 私、佐藤さとう杏子あんこ。ごく普通のジョシコーセー。

 みんなにはアンコって呼ばれてるわ。

 今朝私はパンをくわえて通学路を全力疾走していたんだけど———

「大変だぁ~、あんこぉ~!」

 私の目の前に突然、空からちっちゃくてカワイイ生き物が舞い降りてきた。

「どうしたの、グルっち? そんなに慌てて」

 この子はグルっち。血糖の妖精よ。

「どこかの中年男性の体内で、膵臓が泣き叫んでる声が聞こえるよぉ~」

 この子ったら今にも遅刻しそうな私に目をウルウルさせて泣きついてきたの。

「なんですって! こんな朝っぱらから、ラーメン餃子定食の半炒飯セットにご飯お代わり自由をサブでつけでもしたの?」

「それが……、どうも違うみたい」

「とにかく現場へ直行よ!」

「はいなっ!」

 私は急ターンして、今日のターゲットを教育しに向かった。


 町の一角、とあるうどん屋にて———

「オマエ一体誰なんだよ?」

 私が到着したときにはもう遅かった。

「私は佐藤杏子よ。そんなことよりアナタ、なんてものを食べてるの……!」

 そこには一人の肥満体型のサラリーマンが、典型的なダイアベティック・ダイエットをしているのが見えたの。

「なんてもの、って……。ずいぶんと健康的じゃないか、ただのサラダうどんだぞ?」

 私が声を掛けるも、彼は平然とした様子でにんじんのたっぷり入ったかき揚げをトマトサラダうどんと一緒にかき込む。

 その食事時間、たった三分。

「へっへっへっ、オレも昔はハンバーガーとフライドポテトをコーラで流し込んでたが、最近じゃ健康に気を使って代わりに百パーセントオレンジジュースを飲んでるんだぜ。

 これならビタミンCもたっぷりとれて、健康にいいだろ?」

 彼は得意げな顔で笑うと、あまつさえ店の前の自販機で買ったジュースを飲み始めたの。

 こんなの、黙って見過ごすわけにはいかない。

「くっ……、このままじゃ膵臓に負荷がかかりすぎる。グルっち、変身よ」

「そら来たっ!」

『インスリンパワー、変身トランスフォームッ!』

 他のどの魔法少女もそうであるように、私は謎の光に包まれながら公道のド真ん中で0.1秒ほど全裸になって変身した。

「シュガーバスターあんこ、アナタの膵臓に代わって成敗してあげる!」

 変身完了と同時に私はいつもの決め台詞を言った。私は魔法のステッキを取り出すと、変身中だけ倍増するインスリンを先端に凝縮した。

「食らいなさい、『シュガー・バスト』!」

 放たれた光弾により、残っていたオレンジジュースは跡形もなく消失した。

「なんてことするんだ、せっかくの食後の楽しみを……!」

 彼はひどくブーたれた顔で文句を言った。

「アナタこそ、自分の体になんてひどいことをするの?」

「何の話だよ?」

 まったく、オバカさんね。

 彼があまりにも反省しないので、私は奥の手に出た。

「いいわ、聞かせてあげる。アナタの内臓たちの叫び声を……」

 私はグルっちの力を借りて、彼の膵臓を萌擬人化してあげた。そこにはメイドコス姿の美少女が立っていた。

「『はっ、初めまして……。私、パンクリアス姫ですぅ……』」

 彼女は俯き気味に顔を赤らめて、もじもじしながら自己紹介した。

「なんだこの可愛いメイドさんは。まるで俺の妄想を完全に具現化したみたく完璧なんだが——」

「いいから黙って彼女の話を聞いて!」

 擬人化されたパンクリアス姫こと彼の膵臓はぽつりぽつりと語り出した。

「『うう……、ご主人様がいつも私を虐めるから……』」

「そんなにひどいの?」

「『でもいいの……。これも愛よね……』」

「大変だったわね……」

 私が彼女を抱きしめて同情してあげていると、彼がツッコミを入れた。

「なんだこりゃ、これじゃ俺がまるでDV彼氏みたいじゃないか」

「その通りよ、ご覧なさい」

 私は彼の脳内に、彼が飲み会の〆にラーメンを食べ、さらにデザートにアイスクリームを注文したときの記憶を流し込んであげた。

「『そ、そんなに急にたくさんインスリン出せないですって……!』」

「『やめて! これ以上血糖値が上がったら、私壊れちゃう!』」

「ほげぇ、こんなエ〇同人みたいなことが俺の体内で起きてたのか……」

 唖然とした様子の彼に、私はとどめを刺して上げた。

「ま、パンクリアス姫ちゃんのことを考えずにドカ食いするアナタを別のもので例えるなら、終業間際にどう考えてもやりきれない量の残業を押し付けてくる上司みたいなものよ!」

 うんうん、と頷くパンクリアス姫。

「なッ……!」

 思い当たる節があったみたいで、彼は逆上してきた。

「そ、そういうオマエはどうなんだ! オマエだってさっきパン食ってただろ。パンは糖質じゃないか。そもそも登校中にパンくわえてるジョシコーセーなんて実在するのかよ!?」

「よく見なさい」

 すると私は持っていたパンの袋を見せつけた。

「なになに、よく見るとこのパン黒いな」

「これは百パーセントライ麦でできたロッゲンブロート。ドイツ人の主食よ。パンはパンでも、ライ麦パンはGI値が玄米と同じぐらい低いわ」

「どういうことだ?」

「つまり、ライ麦パンでうどんやジュースと同じ量の糖質をとっても、ライ麦パンの方がずっと体にかかる負荷が少ないのよ!」

 ここでグルっちが片メガネ型の血糖測定器ス〇ウターを覗き込むと、その場で私の血糖値を測ってくれた。

血糖値ブラッドシュガー130、食後なら正常値だね!」

 私はさらに続けた。

「アナタが健康だと言ってたうどんやオレンジジュース、にんじんのかき揚げみたいなものは確かに栄養価は高いけど、血糖値を急激に上げやすいのよ。こういうのを『高GI食品』っていって、糖尿病予備軍の方は摂取量に気をつけないといけないわ」

 するとここでグルっちの目から空中に折れ線グラフが照射された。

「これはアナタ自身の食後の血糖値の変化よ」

「なん……だと……? まだ三十分ぐらいしか経ってないのに200オーバー……? こないだの健康診断でせめて180以下に保ちましょうって言われたばっかなのに……」

 彼は絶望した表情でうなだれた。

「私、普段は低GI系食品しか食べないことにしてるの。玄米やライ麦パン、大豆なんかが代表的ね。毎朝納豆でも食べたら少しは改善するはずよ」

 年下の女の子にくどくどとお説教されて嫌だったのか、彼は悔し紛れにこんなことを言ってきた。

「オマエ、そんなに偏食してたら、女子高生の大好きなお菓子は大概食えなくなるぞ。ケーキも、パフェも、アイスクリームも、名前に入ってるあんこだって!」

 これは痛いところをつかれたわね。

 でも、私は毅然とした態度で言い返した。

「確かに、女子力の高さとGI値の高さは比例するかもしれないわね。でも、心身ともに健全であることが一番美しいんだ、ってことをこの私が証明してみせるわ!」

「そうだそうだ! あんこはこの世で一番カワイイ低GI系美少女戦士なんだ!」

「ありがとう、グルっち!」

 私はグルっちにウインクした。息ピッタリの私たちに、彼は呆れ顔で苦笑した。

「この世から糖尿病を駆逐するまで、私の闘いは終わらないわっ!」

 私は高らかにそう宣言して、ハッハッハッと笑いながらその場を去った。

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