遠い貴方が綴るもの

流水

『運命』

 あの頃、まぶたを閉じると広がる景色があった。

 揺れるススキ、滲む夕焼け、穏やかに流れる川にひらひらと落ちる緑の葉。原稿用紙の上を走る鉛筆に、完成した原稿を鬼の形相で読んでくれた人。あまり好きではなかったが、流行りに置いていかれまいと辛抱して飲み込んだ、珈琲の苦みさえ思い出される。



 今、瞼を閉じると、どんな景色が広がっているのだろう。

 びゅうびゅうと吹く風はひどく熱く、全身をちりちりと焼いている。利き腕の右手は押し潰されんとばかりに挟まれ、締め付けられ、最早感覚など最初からなかったかのように動くことはなかった。四方八方から私を焼き殺さんとばかりに風が吹く。目の前の、黒い文字がびっしりと書き込まれた紙にもその魔の手が届こうとしていた。



 瞼を開く。



 目の前には現実が鎮座する。


 どうしようもない現実が、変えられない現実が、そこには座している。





 火傷を顔に負った私を、親は見捨てた。醜女しこめには、結婚のできぬ女には用はないといわんばかりに、この病室に現れる身内はただの一人もいなかった。この姿で、一人で生きていけと、そう聞こえた。

 

 右腕はない。今まで原稿の上を軽やかに走る鉛筆を支え続けた右腕は、あの日私のもとから去っていった。かろうじて動く左腕も、ふるふると震えながら動くのみ。




 喉を焼かれ、話すことはできない。腕はまともに動かず、書くことも出来ない。親の言いつけ通りに生きることも、自分の夢に生きることも出来ない。

 誰も悪くない、誰もこの事態を止めることはできなかったのだ。




「私は運命を呪う」










 窓の外は、風が少し心地よかった。

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